2022年08月02日 10:01 弁護士ドットコム
安倍元首相の銃撃事件で、容疑者は動機について、母親が「世界平和統一家庭連合(旧統一教会)」にのめり込み、家庭が崩壊したことなどを挙げている。
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事件を受け、親の宗教を理由に、幼少期から自由を奪われてきた「宗教2世」(以下、2世)と呼ばれる人たちが、これまで誰にも言えずに苦しんできた境遇や思いについて、次々に声を上げ始めている。
自らを「宗教2世」と公表するひとりがインターネット上で7月9日から始めた、子どもの信教の自由を守るための法制定を求める署名には、28日時点で賛同数が3万6000人を超えた。
「2世」の現状や、社会的支援はどうあるべきか。長らくカルト宗教の研究をしてきた立正大学心理学部の西田公昭教授に聞いた。
――事件をきっかけにして、2世の方が声を上げ始めている動きや、子ども自らが署名活動で「信教の自由」を訴える思いについて、どのように受け止めていますか?
SNSの普及など、さまざまな条件が重なって、ようやく声が届くチャンスがきたのだなという変化があります。同時にそれは、2世の問題は長年存在していたのに、それだけ声をあげることがこれまで難しかったということの裏返しでもあります。
子ども自らが「信教の自由」を訴えることについては、親権者の「信教の自由」が優先され、子どもから自由を奪う親の行為が児童虐待だと認識されないことが背景にあります。
「信教の自由」というものを民法上での「親権」にもしばられることによって、子どもは無理やり、あるいは判断能力が育たないうちに、それを信じ込まされているということが問題です。
――なぜ2世の問題は児童虐待として取り扱われてこなかったのでしょうか?
ひとつに、児童相談所に助けを求めても、こんな問題についての知識がないでしょう。生命身体が脅かされるような緊急的に保護が必要なケースとは異なるほか、仮に一時保護されたとしても、家庭に戻ったあとの生活や教育の支援をすることができないという、児童福祉のシステムとの乖離があります。
さらに、親にたいする子の愛情は深いものがあるわけで、ただでさえ絶縁するのも過酷であるうえ、そうした無力な場所に訴えたとして、結局は家庭に戻されて、さらに悪い環境になるのではと考えると、公的機関に訴えることなど考えられません。
――児童虐待の概念を変えるにはどうすればよいのでしょうか?
なかなか言いにくい話ではありますが、行政の人たちからすると、宗教団体の教義とぶつかっていくのは、下手をすれば信教の自由の問題もあるし、避けられるものなら避けて通りたいはずだというのは、間違いなく言える現実です。
なんとしても決別したいという強い意思を持ち、家出をした子どもがいたとしても、それをかくまうと誘拐罪となってしまい、こちらも家に帰りなさいと言わざるを得ません。
児童虐待の概念のなかに、宗教性とは異質のカルト性を検討し、「スピリチュアルな虐待」「信仰による虐待」を新たに盛り込み、成人年齢は18歳でも大学を卒業できる22歳くらいまでは保護し、高等教育が受けられる仕組みが求められます。虐待の概念が発展的に変わらない限りにおいては救われません。
――2世に置かれた状況が深刻である一方で、十分に議論が深まってこなかった背景にはなにがありますか?
宗教的な心の問題に対応できる知識と技能を持っている専門家が、我が国にはあまり存在していないという深刻な問題があります。
2世は、親と関係を切ることや、そうした自分がちゃんと社会でやっていけるのかという不安、さらにはカミングアウト後も、受け入れてもらえるかといった不安を持っています。
日本は同質性が高い集団なので、ちょっとでもちがっていると、引かれたり、距離を感じたり差別を受けたりする場合が少なくありません。そもそも宗教についても偏見が多いので、変わっている人といったかんじで、同じ地平線に立ってくれない人も多いです。
経済や教育的な支援ももちろん大事なのですが、心の問題というのはとても根深く、臨床心理士などのセラピストの存在が非常に重要になってきます。
にもかかわらず、カルト宗教が及ぼす心への研究そのものが足りていません。2世がそもそもどんな問題をかかえていて、どうしたらいいのかという聞き取りなど、そうした基本的な情報収集さえ十分ではありません。そこから始めなければいけないという現状です。
日本では、臨床心理士や公認心理師のような専門家養成コースで、カルトやマインド・コントロールを学べるところはほとんどないのです。児童虐待については習っても、2世の生き辛さの問題については習っていないから適切な対応ができないというのでは問題です。学ぶ機会を早急に提供しなければいけません。
――支援のヒントになりそうな諸外国の事例はありますか?
フランスには、子どもにカルトの思想を教育したり、マインド・コントロールの影響下に置くだけで罪とみなす「無知・脆弱性不法利用罪」という法律もあります。
それをもとに、国の補助を受けてカルトの被害者を守る全国組織があり、精神面のケアや社会復帰への支援をしています。日本でも、こうした仕組みづくりや、自分で判断するのが難しい子どもに宗教の教えをすることについての慎重さについての議論が求められます。
――事件を機に、メディアなどで「専門家」と称する方の無責任な容疑者像の分析が相次ぐなど、2世への偏見の助長が危ぶまれています。声を上げる2世が増える一方で、不安に感じる状況は変わらないなか、社会に求められるものはどんなことだとお考えですか?
今回の事件で声を上げる2世が増えたといっても、それは氷山の一角で、自らの家庭事情を隠していたり、学費さえも残さず献金に回されたため、自分でお金をためて、働きながら通信教育を受けて大学卒業まで持ち込んだりといった苦しい努力をされている方もいます。
それから教団によっては高等教育や正規の就職を否定することもあるのです。こうした境遇にある方が現実には圧倒的に多いと思います。
事件を受けて、SNSでアカウントを作って発信をし、つらい思いは自分だけではないという気持ちをシェアできた反面、『いい年して甘えるな』『親のせいにするな』などというバッシングにもさらされたことで、不安定になってしまった人も多いと聞いています。
それを機に、もう一般の誰にも知られずにこっそり生きていこうという選択をする人も当然増えてきます。諸刃の剣です。
わたしたちにできるのは、まずは豊富な知識を持つことです。文献も出ているし、漫画もありますし、ネットではSNSで発信したり、ブログを書いたりしている方もいるし、さまざまな場所で情報に接することができます。そういうところから聞き耳をたてていただくことから始めて、何が起きているのか考えてほしいです。