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男声VOCALOID=KAITO、“民族調曲”や“プロジェクト系”で確立してきた独自の立ち位置 新たに輝けるジャンルの発掘へ

2022年08月01日 12:01  リアルサウンド

リアルサウンド

カイト V3(KAITO V3)

 2007年に発売された初音ミクを筆頭として、今や世に浸透している音声ボーカルソフト・VOCALOID。その認知としてはやはり初音ミクの存在が大きいが、ジャンル自体の根強い人気は彼女だけでなく、多彩なVOCALOIDたちによって支えられている。そもそもは初音ミクの登場以前にも同シリーズの音声ソフトはすでにリリースされており、クリプトン・フューチャー・メディアが手掛けた日本語版VOCALOIDで言えば、2004年リリースのMEIKO、そして2006年リリースのKAITOの存在を欠かすことはできないだろう。


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 特に、初の日本語対応男声VOCALOIDとして登場したKAITOは、発売から15年以上経つ今でも一定層から支持を得続けている。シリーズ内でも稀少な男声音声ソフトである点や、曲のテイストを選ばないやわらかで普遍的な声質が大きな魅力である一方で、KAITOを使用した人気の高い楽曲には、ユニークな傾向がある点もなかなかに興味深い。万人受けする特徴を兼ね備えつつ、ボカロ界隈においてはある意味非常に尖った楽曲傾向を持つ、オリジナリティの高い存在。それが長年彼の人気を支え続けているポイントでもあるのだろう。


 KAITO楽曲を語る上でまず触れておきたいのは、2008年発表のyanagiP「千年の独奏歌」。「KAITOというVOCALOIDの最適解を探した曲」と銘打たれた通り、細部まで作り込まれた民族調サウンドと、のびやかで自然な調声が高い評価を得た本曲。それまで初音ミクやMEIKOなど女声VOCALOIDとのデュエット的立ち位置の多かった彼が、単体でも魅力的なVOCALOIDであることを示したとして、今なお多くのファンに愛されている一曲だ。


 またこの楽曲の果たしたもうひとつの大きな役割に、「VOCALOID民族調曲」というジャンルの確立があるだろう。同曲の登場以降、様々な民族楽器を取り入れた楽曲が増え始め、2011年にはコンピレーションアルバム『VOCALOID民族調曲集』がリリースされるほどの人気ジャンルにもなった。本アルバムは、仕事してP「時忘人」(2009年)や新城P「Pane dhiria」(2010年)など、収録曲15曲中5曲がKAITOソロ曲。その数は単体曲、登場回数共に初音ミクを超えていることも特筆すべき点だ。またyuukiss「FLOWER TAIL」(2011年)においては、重厚感のあるコーラスや楽曲内の獣の遠吠えなどもすべてKAITOで表現されており、曲中で使用される彼の音声データは実に25種類。このような声質の多彩さは、ぶっちぎりPによる平沢進「白虎野の娘」カバー(2008年)でもすでに実証されており、その表現の幅広さを他にない形で生かした楽曲としても注目されている。


 「民族調曲を得意とするVOCALOID」という独自のポジションを築いたKAITO。それに次いで彼の新たなポジションとして確立されたのが、「プロジェクト系楽曲」での人気だ。2012年に大ブームとなったじん(自然の敵P)「カゲロウデイズ」を発端とし、アニメや小説、舞台など様々なメディアミックス展開を行った『カゲロウプロジェクト』。これを代表とする通称「プロジェクト系」の最盛期は2013年以降であるものの、ムーブメント自体は遡ると、2010年のmothy(悪ノP)による『七つの大罪シリーズ』が先駆けとなる。KAITOは、この「プロジェクト系」シリーズに名を連ねる楽曲が根強い人気を得ているのもひとつ大きな特徴だ。


 前述の『七つの大罪シリーズ』より、2011年発表のmothy(悪ノP)「悪徳のジャッジメント」、『鉛姫シリーズ』より2015年投稿のnyanyannya「ドクター=ファンクビート」、2016年投稿の「ハイパーゴアムササビスティックディサピアリジーニャス」。また『音楽劇 千本桜』より黒うさP「千本桜」の続編として位置づけられた「上弦の月」(2013年)も、便宜上この「プロジェクト系」の一環として扱っても問題はないだろう。これらの楽曲が支持される根本的な要因としては、様々な「プロジェクト系」コンテンツにおいて、KAITO扮するキャラクターが物語内の稀少な男性ポジションを担う場合が多い点ではないだろうか。


 このように、ある種他のVOCALOIDとは一線を画した立ち位置を確立させ、長年人気を得ているKAITO。とは言え、上記2ジャンルの音楽は、ピーク時に比べるとボカロ界隈ではやや衰退しているのも事実だ。しかし、その中でも依然として、KAITOを根強く支持し続ける人々やボカロPも存在する。ポップスやロック、あるいはEDMなど、ボカロ界隈で主流な音楽ジャンルにおける彼の輝かせ方が、今まさに模索されていると言っても過言ではないだろう。


 KAITOを用いた楽曲を頻繁に制作しているプロデューサーとして、「FLASH」(2021年)「ガーネットの涙」(2022年)などの香椎モイミ、「敗走」(2019年)「しわくちゃ」(2021年)を手掛ける傘村トータが挙げられる。


 また「リテラシー」(2021年)「ゼロサム」(2021年)、そして「シャンティ」(2021年)で本格的なEDM、トラップサウンドにKAITOを落とし込み、近年稀に見る彼のヒット曲を生み出したwotakuの存在も欠かすことはできない。


 加えて『プロジェクトセカイ カラフルステージ! feat. 初音ミク』(以下、『プロセカ』)にて定期開催されている楽曲公募企画『プロセカNEXT』にて採用を勝ち取った、すこやか大聖堂「ジウダス」(2021年)も、彼の評価に一役買った楽曲となっている。


 同時に、依然として女声VOCALOID、特に初音ミクとのデュエット相手として、KAITOがその存在感を揺るがすことがないのもまたひとつの事実だ。『プロセカ』に書き下ろされたデュエット曲、まらしぃ×堀江晶太(kemu)「88☆彡」(2022年)も、往年のファンから新規ファンまで幅広い層に支持される曲となっており、初音ミクと相並ぶ存在として、KAITOが確固たるポジションを築いている何よりの証拠とも言えるだろう。


 従来の立ち位置のみならず、新たに輝けるジャンルの発掘へ。最初期の時代からVOCALOIDという文化を担う彼が今後生み出すかもしれないムーブメントに、これからも期待し続けたい。(曽我美なつめ)