2022年07月31日 09:41 弁護士ドットコム
リチャード・チェンバレンと三船敏郎の主演ドラマ・映画「将軍 SHŌGUN」(1980年)を観たことをきっかけに、信頼や忠誠心を大事にする日本に魅力を感じて、スイスから移り住んできたミハエル・ムロチェク弁護士。
【関連記事:お通し代「キャベツ1皿」3000円に驚き・・・お店に「説明義務」はないの?】
日本と海外との架け橋の役割を担う外国法事務弁護士として、来日10年目を迎えたムロチェク弁護士の目には、今の日本社会はどううつっているのでしょうか。
ムロチェク弁護士は、「日本はファンタスティックな国で、まだ変わっていける柔軟性があります」と語ります。日本の社会、司法が抱える課題も含めて、詳しく聞きました。(齊藤理木、新志有裕)
ーー日本の生活に慣れるのは大変でしたか
私はポーランドで生まれ、16歳の時にスイスに移住しました。ポーランドとスイスの二重国籍なのです。共産主義国から資本主義国に移るのは大きな変化でしたが、上手く馴染めたので、日本社会にも溶け込めるだろうと楽観していました。でも、住み始めると同じようにはいきませんでしたね。
特に感じたのは言語の壁で、最初は英語で会話してくれる人はほとんどいませんでした。スイスでも外国人が直面する言葉の壁はあります。ただ、間違いを恐れる日本人と違い、スイスの外国人は「多少間違えてもいいから、とにかく自分の意思を伝えよう」という考えを持っています。
ーー日本での仕事はすぐに見つかったのでしょうか
当初はスイス法の弁護士が日本で仕事する機会はないだろうと諦めていました。スイス法と日本法は異なりますし、私のような外国法を専門とする弁護士の需要はあまりないと思っていましたからね。
ほとんどのスイス法弁護士はアメリカやイギリス、オーストラリアに留学するのですが、私はたまたまテンプル大学の日本キャンパスを見つけたので、「ここで勉強すればその間は日本で暮らせる」と思い、日本に行くことにしました。
日本で勉強してスイスに帰国する計画でしたが、幸運なことに日本で仕事を始めてもう10年目になります。
ーー日本とスイスの国民性の違いを感じることはありますか
同じ小国として共同体意識をもっていることは似ているんです。コロナ禍の日本で問題になった「自粛警察」ほどではないですが、スイスでも、間違いを犯している人に対して周りが指摘することはよくあります。
一方、群集心理は、人口密度がより高い日本の方が強いかもしれません。そのせいで、日本人は集団から離れたり、いじめを受けて仲間はずれにされたりすると、「居場所がない自分=自分は弱い人間」だと思いがちかもしれません。
スイス人は個性を非常に大事にしています。集団の意見が大事ではなく、自分の考え方や生き方が何よりも大切ですし、集団に所属しなくても必ず家族や仲間がいます。
どちらが良いということではありません。日本人はスイス人を見習い、自分の長所や個性を大事にすべきですし、スイス人は日本人を見習い、他人と協力し合う姿勢を持ってもよいかと思います。
ーー現在、欧州ビジネス協会の会頭でもありますが、日本とスイスを含む欧州のビジネスカルチャーはどう違いますか
スイスは日本と同様、高品質・仕事の正確さ・速さを大事にする国だと想像する方が多いでしょう。その点はイメージ通りで、日本とかなり似ています。
しかし、日本の企業と仕事をすると、違いも見えてきました。
まず、仕事の姿勢が大きく異なります。日本企業はプロセス重視で、ミスをしないよう、慎重に既存の手順を積み重ねる印象です。一方、スイスや欧州企業は結果重視で、通常のやり方から外れたやり方になっても、最後に結果を出せればOKという姿勢です。
信用の築き方も違います。日本では他人からの紹介であることや、老舗ブランドに非常に強い信用があります。紹介をした人が一種の道義的な責任を負うことになるのも興味深いですね。
スイスでも人や企業の紹介というものはありますが、紹介者は責任は負いません。また、ブランド力があることも、信用できることと一致しているわけでないです。
ーー弁護士の仕事についても同様の違いがあるのでしょうか
そうですね。日本企業は弁護士と長期的な信頼関係と忠誠心を好みます。これは本当に「将軍 SHŌGUN」を観て描いたイメージ通りで、私と企業の間に信頼関係が生まれると、継続的に仕事を依頼してくれます。
スイス企業は問題が起きた時だけ弁護士に依頼し、より優秀な弁護士に依頼する機会があれば迷わず弁護士を変えます。ですので、スイスの弁護士はクライアントが離れないよう、日頃から連絡を取って関係維持を試みます。
日本で弁護士活動を始めてみてまず気づいたのが、業務の中でいかに協調性を大事にしているかです。同僚だけではなく、紛争の相手方弁護士とも調和を重要にしている点が興味深いですね。
スイスの法曹は競争社会といっていいでしょう。相手の弁護士との協調はそこまで重要ではないし、法律事務所内は競争が盛んです。若手弁護士は上の期の弁護士に質問や反論して、自分の方がより知識やアイデアがあることを積極的にアピールします。
日本の若手弁護士はそのようなアピールをせず、夜遅くまで仕事して勤勉さをアピールしています。この背景には、プロセス重視の象徴ともいえる根強い年功序列も関係しているでしょう。
ーー日本には「2割司法」という、法律トラブルを抱えた国民のうち2割しか弁護士に相談しないという現状があります。この原因は何だと思いますか
昔読んだ本の、「日本では、弁護士に相談することは一種の社会的な敗北を指す」という一節が特に印象的です。現代でこのような分析が妥当なのかどうか分かりませんが、法律トラブルを抱えている人は弁護士に相談することに引け目を感じているかもしれません。
また、日本では弁護士は敷居が高く、相談しにくいと言われていますが、世間の弁護士業に対する見方も大きく影響しているのではないでしょうか。
海外と比べれば、日本の弁護士数は人口比で少ないですし、司法試験の合格率も低い。「センセイ」と呼ばないといけないエリート集団と見られ、神様のように崇められている印象があります。
スイスでは、弁護士に対して「大工よりちょっとだけ長く学校に通った人」ぐらいのイメージしかありません。「センセイ」のような呼び方もしません。
ーーどうすれば、日本の法曹はもっとよくなりますか
まず、弁護士数を増やすことです。弁護士が増えればアクセスしやすくなりますし、弁護士同士の競争が生まれます。競争が生まれれば、弁護士は今まで以上に高いサービスを提供しようとしますので、困った人はより高品質なサービスを受けられるようになります。
弁護士に対するイメージを低くすることも必要です。弁護士は道端で歩いている人と変わりなく、特別な存在ではないことを忘れてはなりません。
ーー今後も日本で弁護士活動を続ける予定ですか
もちろんです。日本は面白い国ですし、特に国際仲裁の分野で日本を盛り上げたいと考えています。
日本はアジアにおける国際仲裁の中心地になれるポテンシャルは十分あると思います。日本は安定した経済の仕組みを持ち、政治の腐敗も少ないので、企業の紛争を解決する中立地として理想です。
将来の担い手を育てるべく、ロースクールでの国際仲裁の講義も続けたいと思います。
ーー日本社会はどんな変化を遂げると思いますか
どの国にもあるように、日本は多くのチャレンジを抱えています。言語の壁を例にすると、50年では解消されないでしょう。英語に抵抗感がない世代が国を背負うまで、1、2世代はかかるかもしれません。
ただ、日本は常に変化を受け入れ、柔軟性をもって発展してきた国です。ますます影響力が増す外国からの投資やビジネスを上手く利用して、これからも国際社会で活躍できるでしょうし、日本の司法も変わっていくでしょう。
日本は今も昔も、そしてこれからもファンタスティックな国です。
【取材協力弁護士】 ミハエル・ムロチェク弁護士
1975年生まれ。奧野総合法律事務所・外国法共同事業所属。スイス・欧州連合登録弁護士。2014年より外国法事務弁護士登録。欧州ビジネス協会会頭。国際仲裁、会社法、商取引を取り扱いながら、東京大学ロースクールにて国際仲裁の講義を担当。