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「どんな深刻な内容でも面白く」NHK長寿番組の"法律"漫才で一番伝えたかったこと

2022年07月30日 10:31  弁護士ドットコム

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1985年の第1回の放送から、昭和・平成・令和と3つの時代にわたり毎週土曜日のお昼に放送されてきたTV番組「バラエティー生活笑百科」(NHK)が、2022年4月9日で37年間の歴史に幕を閉じた。


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法律問題を考える構成作家として約34年間にわたり同番組に関わってきた筆者が、どのようにして番組が作られていたのか、インターネットが一般に普及していなかった時代の苦労なども含め振り返る。(放送作家・ライター/湯川真理子)



●最高裁判決は「へえ~」の連続

生命保険の受取人が離婚した「妻A子」名義のままになっていた場合、保険金を受け取るのは元妻か再婚相手か——。



生命保険の受取人を別れた元妻の名前にしたまま放置している人が結構いるようだ。離婚のドタバタでうっかり失念したということだろう。面白いと言っては何だが、番組が始まった当初、そのような事例を最高裁判決(1983年)で見つけ、いったいどうなるのか興味を持った。



判決では、生命保険の受取人は再婚相手ではなく元妻という結論だった。これは、かなり「へえ~」と思い、番組でも放送した。



「妻」と書いてある以上「現在の妻」を意味するので受取人は再婚相手という見解と、「妻A子」と名前まで書かれているのだから受取人は元妻という見解が真っ二つに分かれる事案だ。最高裁は、「妻A子」との表示は「氏名をもって特定された者を保険金受取人として指定した趣旨」と判断した。



「赤ペンで遺言書の文面全体に斜線が引かれた遺言書は無効」という最高裁判決が出たときも「へえ~」だった。2015年の判例で、ちょうど「終活」が認知され、急激に「終活」を意識する人が増え始めた頃だ。



赤色のボールペンで文面全体に斜線の引かれた遺言書が有効か無効か争われ、最高裁は2審判決を破棄、1審判決を取り消し、「故意に遺言書を破棄したときに該当」するとして、遺言書は「無効」と判断した。



遺言書は、赤ペンで斜線を引くものではなく、ちゃんと変更する個別の場所を指示し、変更内容を記載して、署名押印を行う必要がある。



それでも「無効」とされたのは、驚きだった。「形式だけでなく、遺言者の意思が尊重されるんや」「赤ペンでも文章読めるのに無効なんだ」と番組の会議でもこの話題で盛り上がった。



●携帯電話やネットの普及で「新時代のトラブル」続発

1995年当時、筆者はまだ携帯電話を持っていなかった。阪神大震災の時に公衆電話を必死で探したのでよく覚えている。テレビやラジオでもファックスやハガキでの募集が一般的だった。



しかし、パソコンが急速に普及し始め、メールで原稿を送って欲しいと言われだし、企業からはメールで資料を送ると言われ、慣れたワープロとさよならし、よくわからないままパソコンを使い出したのが1998年だった。



とはいえ、ネットで買い物をしたり、検索を頻繁にするというほどではなかった。2000年代に入るまでは世の中そんなものだった。



いつの間にか法律が身近になり、ネットが社会を大きく変えていく。携帯電話、メール、ネットショッピング、ユーチューブをめぐるトラブルなど、今までになかった事案が増加していった。



ネットで販売した商品が大ヒットしたり、ペットの猫の写真で猫のアイドルが生まれたりと、今までにない設定も数多く生まれた。「そんな人いてへん」が、「そんな人もいる」に変化した。



誰もがネットを通じて買い物やコミュニケーションをするようになり、「SNSは高齢者にはわからないから、番組で取り上げるのは見合わせよう」ということもいつしかなくなった。



コピペやSNSなどで巻き起こる著作権問題が身近になり、知らない間に著作権を侵害してしまうようなケースも増えていった。



著作権や商標権などを扱う中で意外だったのは、料理のレシピ自体は著作物でないとされてたことだ。SNS上でレシピがそっくりだと、指摘されて「炎上」していることはあるが、レシピを真似ることは基本的に著作権の侵害にならない。



ならば、「料理の先生に教えてもらったレシピをそっくりそのまま真似て料理教室を開いてもいいのだろうか?」なんてことも考えた。ただし、料理の写真やレシピ本は著作物になる可能性がある。



●コロナ禍で取り上げにくくなったトラブルも

新型コロナウイルスの蔓延によって、誰にとっても不自由な時代に突入した2020年の2月半ば、時代は否応なく変化していく。番組で行われる漫才は「密」以外の何物でもなくなり、収録は密を避けるために工夫せざるを得なくなった。



会社に行くのが当たり前ではなくなり、在宅勤務も急速に増えた。番組制作でもたびたびオンライン会議を行った。最初はとまどったが、いつの間にか慣れていく。



ついこの間までは、訪日外国人による戸惑いや誤解によるトラブル、海外旅行のトラブル、当たり前のように取り上げていた旅行、宴会、歓送迎会、ランチなどのトラブルは、今起こりそうな身近なトラブルではなくなった。「この間、友達と旅行に行くことになってね」とか「ママ友でランチにいったんだけど…」というような設定は皆無になった。



それに変わり、今まで考えもしなかった在宅勤務、オンライン会議、ネット配信のトラブルなどを取り上げた。



設定も在宅勤務になったが故に夫婦がもめたり、どこに住んでも仕事ができる状態になったために引っ越した夫婦に起こるトラブルなど、これまでにはなかった設定が登場した。



「家の中で仕事ができないので、庭に簡易な書斎を作らざるを得なかったが、この費用は会社から経費が出るのか」などという設定は、コロナ禍以前には考えもしなかった。



忘年会や歓送迎会、同窓会、ホームパーティーなどの設定も扱いづらくなってしまった。30年以上番組に関わってきたが、まさかの事態だった。



●「法律知識を少しでも身に着けてもらうことで役に立てれば」

昭和の終わりには遠い存在だった弁護士が、令和の今は身近な存在になってきた。ワイドショーでも弁護士がよく登場し、「法律的にはこうなります」と解説し、芸能ニュースでさえ、弁護士が解説する。



書店には遺産、相続、贈与に関する書籍が並んでいるし、番組が始まったころに比べれば、遺言書や慰謝料、相続放棄などの知識はずいぶん広まってきたような気がする。法律に関する疑問があれば、ネットである程度のことは調べられるし、質問もできる。



しかし、実際のトラブルは、番組のようにわずかな時間で解決することはなく、非がある方がはっきりしていてもなかなか解決に至らないことが多い。世の中、もめごとは尽きない。



どんな深刻な内容でも面白くできないだろうか、解答に意外性がある設定はないのだろうか、笑えて"ため"になることはないだろうか。そんな理屈に合わないことを考え続けてきた。



「よろずトラブルまぁ~るく収めまっせー」と、どこに訴えていいかわからないような、日頃は泣き寝入りしているようなトラブルの解決に向けて、法律知識を少しでも身に着けてもらうことで役に立てればいいなと思って、「バラエティー生活笑百科」に関わってきた。番組は幕を閉じたが、その思いは今も変わらない。



(本連載は今回が最終回です。これまでご愛読いただき、ありがとうございました)



【筆者プロフィール】湯川 真理子(ゆかわ まりこ):和歌山県田辺市出身。大阪府在住。放送作家・ライター。バラエティー、情報番組、音楽番組、ドキュメンタリー等、幅広いジャンルのテレビ番組に関わる。著書『宝は農村にあり 農業を繋ぐ人たち』(西日本出版社)。