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『初恋の悪魔』馬淵悠日と『最高の離婚』濱崎光生のリンク 坂元裕二が書く男の抱える屈折

2022年07月30日 06:21  リアルサウンド

リアルサウンド

『初恋の悪魔』(c)日本テレビ

 土10(日本テレビ系)で放送されている坂元裕二脚本のドラマ『初恋の悪魔』は、事件の捜査権を持たない馬淵悠日(仲野太賀)たち4人の警察関係者が、事件について考察するドラマだ。


【写真】別人格を持つ? 星砂(松岡茉優)


 第2話で考察されたのは、兄弟の紙切り芸人「ゆきおひでお」の兄・安生夕紀夫(内藤トモヤ)が団地で殺された刺殺事件。団地には大勢の人々がいたが、夕紀夫がハサミで刺された後、「人殺し~!」「殺される!」と叫んだ声を聞いた団地の住人が家の中に避難したため「犯人の目撃者がいない」という、密室状態が生まれていた。遺体を発見したのは兄の部屋を訪問しようとしていた弟の日出夫(六角精児)。兄に多額の借金があったことから、日出夫も事件の容疑者となっていたが、彼にはアリバイがあった。


 刑事ドラマとして『初恋の悪魔』が特異なのは、馬淵たち4人が、事件の容疑者とも被害者とも交流を持たないことだ。彼らの考察はすべて二次的な情報や専門家の分析を元にしたもので、関係者から直接、話を聞く場面は登場しない。他の刑事ドラマでこんな捜査をする場面が出てきたら、「お前は現場をわかってない」「人の心をわかってない」とベテラン刑事から説教されていただろうが、そのような刑事が現時点では登場していないことも、本作の大きな特徴だ。被害者とも加害者とも関わらないからこそ真実に辿りつけるというのが、このドラマが示そうとしている正義のあり方で、結果的に弟の日出夫が犯人だったことを4人は突き止める。


 構造だけ抜き出すと、なんて人間味のないドライな刑事ドラマなのかと思うのだが、観ている時の印象は真逆で、むしろとても人間味のある作品だと感じる。何より今回は「不出来な弟」という犯人と自分の境遇を重ねて同情する馬淵の姿が際立っていた。おそらく馬淵の心情と重ねるために、この事件を描いたのだろう。


 警察行政職員として働く馬淵は、自分の感情を押し殺して愛想笑いを浮かべる凡庸な男だ。しかし職場では思うような仕事ができず、恋人からは理不尽な仕打ちを受け、親からは馬鹿にされる日々を送っている馬淵の腹の底には、鬱屈が溜まっており、いつ爆発してもおかしくない危うさを抱えていた。


 だからこそ「ゆきおひでお」の弟に動機があったとしても、「うらやましいとか、ずるいとか、それくらいの動機、誰だって持ってます」「人を殺す動機があるくらい人間は普通です」「だからって、誰しもが罪を犯すわけじゃないでしょ」と言うのだが、優秀な刑事だった兄に対して鬱屈した気持ちを抱えている自分と重ねていたのだろう。


 自宅会議の後、真夜中の公園で摘木星砂(松岡茉優)から警察以外に「他になりたいものはあったのか?」と聞かれて「動物園の飼育係です」と答える馬淵。ここで、『最高の離婚』(フジテレビ系)の濱崎光生(永山瑛太)を思い出した方も多かったのではないかと思うが、馬淵のような男の抱える屈折を坂元裕二はずっと書いてきた。


 実は馬淵は、兄から何度も電話をもらっていた。しかし兄にコンプレックスを抱いていた馬淵は電話に出ようとせず、いつも留守電にしていた。殉職する直前にも兄から電話があり、最後の電話に出られなかったことをずっと悔いていた。そのことを星砂に話すと「電話、出な」と言われ、馬淵はスマホ越しに死んだ兄に語りかける。


 「届かない手紙」もまた、坂元裕二が繰り返し描いてきたモチーフだ。手紙に描かれた言葉は「言うことができなかった本当の気持ち」で、今回はスマ―トフォンを通して死んだ兄に語りかけるという形で描かれた。星砂に自分の心情を告白した後、兄への気持ちを馬淵が語る一人芝居は、仲野太賀の熱演もあり、実に感動的な場面となっている。


 星砂に背中を押されて、兄への気持ちを吐き出したことで、少し気持ちがラクになる馬淵。普通のドラマなら、仲間同士の結束が固まり、良かったと思える終わり方だ。しかし、エンドロールで星砂が、馬淵の兄のスマホを持っていたことが明らかとなるため、とても複雑な気持ちになる


 星砂は優しい人で、彼女が話を聞いてくれたからこそ、馬淵は救われた。しかし、彼女は“ヘビ女”という別人格を宿した解離性同一性障害(多重人格)の可能性が高く、馬淵の兄を殺したのは、星砂の別人格ではないかと想像させて、第2話は終わった。


 台詞の一つ一つが名言だと評される坂元裕二作品だが、星砂や馬淵の婚約者・結季(山谷花純)のように、もっともらしい台詞を言う人間が、必ずしも善人だとは限らないということが、この第2話では繰り返し描かれていた。むしろ、人間の無自覚な悪意を浮き彫りにする瞬間に、逆説的な形で名台詞が呟かれているようにも感じた。


 その意味で、坂元裕二の名台詞こそが、残酷な真実を覆う「マーヤーのヴェール」なのかもしれない。上辺だけの美しい言葉の裏に潜む、無自覚な悪意や鬱屈した感情を『初恋の悪魔』は暴こうとしている。


(成馬零一)