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『ベター・コール・ソウル』は『ブレイキング・バッド』後の時間軸を描く“未知の領域”に

2022年07月28日 10:01  リアルサウンド

リアルサウンド

『ベター・コール・ソウル』シーズン6(c)Joe Pugliese/AMC/Sony Pictures Television

※本稿には『ベター・コール・ソウル』シーズン6のネタバレを含みます。


【写真】『ベター・コール・ソウル』イベントの模様


 はやる気持ちを抑えてまずは『ベター・コール・ソウル』シーズン1の第1話冒頭に遡ろう(ついでにお近くのシナボン店舗を検索することもお勧めする)。シーズン6の第10話はネブラスカ州はオマハでジーン・タカヴィクとして潜伏するソウル・グッドマン(ボブ・オデンカーク)が描かれる。『ブレイキング・バッド』という結末へ向かって進んできた前日譚パートは終わり、いよいよここからは“『ブレイキング・バッド』後”の時間軸を描く未知の領域。シーズン1~5までの冒頭約5分で描かれてきたジーンのパートから物語が連続しているため、復習は必須だ。


 シーズン4の第1話、勤務中に倒れ病院へ搬送されたジミーは精密検査の結果、問題なしと診断され帰宅の途につく。存在を消された身として、病院に担ぎ込まれるような“目立つ”ことは命取りになりかねない。ところが乗り込んだタクシーの運転手がバックミラー越しに不可解な目線を向けてくる。この男はジーンの正体に気付いたのだろうか? それとも誰かが差し向けた殺し屋なのだろうか? 身の危険を感じたジミーは途中で降車するも、タクシーはなかなか立ち去ろうとしない。


 シーズン5の冒頭、ジミーがモールのベンチで休憩していると通りすがりの男が声をかけてきた。あの時のタクシー運転手だ。ジェフと名乗るその男は「あんたが誰だかお互いにわかっている」とジーンの正体を言い当て、ジミーはやむにやまれず「Better Call Saul」とソウル・グッドマンのキャッチコピーを再現してしまう。慌てて人消し屋エド(演じるロバート・フォスターは2019年に他界した)に再依頼をかけるも、何を思いついたのか「自分で何とかする」と取り消した。今回のシーズン6の第10話はこのすぐ後の話だ。


 最終回を直前にして重要なエピソードが全編モノクロで描かれるのは今やPeak TVの通例。『ベター・コール・ソウル』もまた、シーズンを追う毎にグレードを上げてきた美しい撮影で冬のオマハを捉えている。そんな冬道の吹き溜まりに、車椅子がつかえ困惑している老女マリオン(キャロル・バーネット)がいる。エピソードタイトルでもある迷い犬ニッピーを探す貼り紙を持って現れるのがジーンだ。彼は言葉巧みにマリオンに近付くと、彼女を自宅まで送り届ける。サンドパイパー案件でも老人ウケ抜群だった“滑りのジミー”の人心掌握術は健在。すっかり打ち解けて談笑していると、そこにマリオンの息子が帰ってくる。あのタクシー運転手、ジェフだ(シーズン4~5で演じていたドン・ハーヴェイがスケジュールの都合で降板しており、今回はパット・ヒーリーへ交代している)。


 アルバカーキサーガのグランドフィナーレまで残り3エピソードとしながら、この第10話はいったい何が進行しているのか見当がつかない、予想外の面白さだ。この語りの遅さと、しかしより熱い燃焼こそ『ベター・コール・ソウル』の醍醐味である。ジミーはジェフに“ゲーム”を持ちかける。自らが勤務するシナボンの入ったショッピングモールで、高級品を狙った窃盗を企てるのだ。犯行のタイムリミットはわずか3分。ジミーが差し入れたシナボンに警備員が気を取られ、モニターから目を逸らすほんの一時だ。図々しいジェフもさすがに「こんなのイカれてる」と音を上げる計画だが、ジミーは言う「本物のイカれた話をしてやる。50歳の高校の化学教師がいた。ローンの支払いにも困ってたが1年後、札束の山に埋もれてた。これが本物のイカれた話だ」。


 名もなき労働者に身を落としても、ジミーは“滑りのジミー”としての性(さが)もソウル・グッドマンとしての狡猾さも捨て切れなかった。シーズン1の第1話、代わり映えのしない労働を終え、自宅に戻ったジミーはソウル・グッドマン時代に撮影したTVコマーシャルを懐かしそうに見つめる(あの緊迫した局面でCMが録画されたVHSテープを持ち出していたのだ)。シーズン2の第1話、モールのゴミ捨て場に締め出されたジミーは壁に「SG(ソウル・グッドマン)ここにあり」と書き記し、シーズン3の始めでは目の前で逮捕された万引き犯に向かって思わず「弁護士を呼べ!」と叫ぶ。そしてこのシーズン6の第10話では姑息な企みと法の網をくぐるような知識で正体発覚の窮地を脱するのだ。それでも、既に親はおらず兄も亡ければ妻もいない自身の人生を誤魔化すことはできない。甘党で善良な警備員を前に、嘘から真実へと辿り着いてしまう哀れなジミーの姿は彼という人間の本質である。


 事を終えると、ジミーはソウル・グッドマン好みの派手派手しいシャツに指を触れる。過去の栄光にすがり、自分を変えられないジミーのエゴは彼をどこへと追いやるのか。やはり巨大なエゴから最後の奈落へと転落していったウォルター・ホワイト(ブライアン・クランストン)の影を、僕たちは意識せずにはいられないのである。


(長内那由多)