2022年07月23日 10:01 弁護士ドットコム
電車内での喫煙を注意してきた高校生を暴行して、大ケガを負わせたとして、傷害や強要、公務執行妨害の罪に問われた被告人の男性に対して、宇都宮地裁栃木支部は懲役2年(求刑・懲役3年)の実刑判決を言い渡した。執行猶予は付かなかった。
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報道によると、男性はことし1月、栃木県内を走行中のJR宇都宮線の車内で、電子たばこを喫煙。注意してきた高校生に腹を立て、土下座させたうえ、殴る蹴るの暴行を加え、大ケガを負わせた。さらに、取り調べ担当の検察官も「ボコボコにするぞ」と脅かしたという。
この事件は発生当時からネット上で注目を集めた。今回の判決についても「軽いのではないか」といった声が散見される。はたして、本当に「軽い」判決だったのだろうか。元東京地検検事の西山晴基弁護士に聞いた。
今回の事件で、刑事処罰の対象とされた傷害罪、強要罪、公務執行妨害罪は、一定の前科がなければ、執行猶予が付くことが多い犯罪類型です。つまり、執行猶予ではなく、実刑とされたことからすると、懲役2年とはいえ「軽い」とはいえないでしょう。
たとえば、傷害罪について見ると、過去の事例では、人の首を両手で強く絞め付けるなど事実上、殺人未遂とも思えるような危険な行為に及んだ事件であっても、執行猶予が付いたものがありました。
そのため、実刑判決が下された今回の事件は、過去の事例と比較して、重い刑事処罰を科す判断がなされたケースです。
一般的なケースと同様に考えると、今回の事件が実刑判決とされた理由には
(1)3つの犯罪行為がまとめて刑事処罰の対象とされたこと (2)傷害罪の量刑で最も重視される「傷害結果」が全治6カ月と重かったこと (3)電車内での喫煙を注意されたことに立腹しての犯行という「動機」の悪質性 (4)土下座させた高校生に暴行を続けるという「暴行態様」の執拗性
などが挙げられるかと思いますが、それでも今回の事件は、執行猶予が付く可能性があるケースだったと思われます。
では、なぜ実刑判決が下されたかというと、ポイントとしては、裁判官から見て、当初から一貫して被告人に反省の態度がうかがわれなかったことがあるかと思います。
今回の被告人は、捜査段階において、不合理な弁解に終始した挙句、検察官を脅迫する言動にまで及んでおり、裁判時には犯罪行為は認めたものの、その他の法廷での言動からも反省の態度はうかがえないと判断されたのでしょう。
そもそも、検察官が、被疑者から脅迫的な発言をされたことのみをもって公務執行妨害罪で起訴すること自体珍しい例といえ、今回の事件では、検察官が、被告人に対して、より重い刑事処罰を科すべきであると判断して、あえて公務執行妨害罪もあわせて起訴した経緯がうかがわれます。
裁判官は、そうした経緯も踏まえ、今回の被告人は刑務所に行くべきであると考え、実刑判決を下したのでしょう。
他方で、検察官の求刑が懲役3年であったところ、判決では懲役2年に減らされた理由については、上述のとおり、実刑判決にすること自体が重い判断であることに加え、被告人が被害弁償として100万円を準備していたことなどが考慮されたのでしょう。
なお、被害者が被害弁償を受け取っていないということは、それだけ被害感情が強いとも評価できます。
今後、被告人側は、控訴したうえで、さらなる被害弁償を試みるかもしれませんが、仮に被害弁償がなされて示談が成立した場合には、実刑判決から執行猶予付き判決に変更されることもあるかもしれません。
【取材協力弁護士】
西山 晴基(にしやま・はるき)弁護士
東京地検を退官後、レイ法律事務所に入所。検察官として、東京地検・さいたま地検・福岡地検といった大規模検察庁において、殺人・強盗致死・恐喝等の強行犯事件、強制性交等致死、強制わいせつ致傷、児童福祉法違反、公然わいせつ、盗撮、児童買春等の性犯罪事件、詐欺、業務上横領、特別背任等の経済犯罪事件等数多く経験し、捜査機関や刑事裁判官の考え方を熟知。現在は、弁護士として、刑事分野、芸能・エンターテインメント分野の案件を専門に数多くの事件を扱う。
事務所名:レイ法律事務所
事務所URL:http://rei-law.com/