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『初恋の悪魔』で繰り広げられた“推理”ではない“考察” 背後には“恋”が大きく絡んでいる?

2022年07月23日 06:01  リアルサウンド

リアルサウンド

『初恋の悪魔』(c)日本テレビ

 日本テレビの土10(土曜22時枠)でスタートした『初恋の悪魔』は、捜査権を持たない4人の警察関係者が事件について考察する異色の刑事ドラマだ。


【写真】殉職した元刑事の馬淵朝陽


 ポスター配布や備品補充を担当する総務部職員の馬淵悠日(仲野太賀)、空想癖が強い会計課職員の小鳥琉夏(柄本佑)、凶悪事件と猟奇犯罪者に異常な関心を持つ停職処分中の刑事・鹿浜鈴之介(林遣都)、万引きなどを担当する生活安全課の刑事・摘木星砂(松岡茉優)。この4人が「事件を勝手に考察して真相を明らかにする」というのが、物語の流れで、第1話では4人の出会いと、病院で起きた少年の転落死事件が描かれた。


 脚本を担当するのは坂元裕二。チーフ演出は水田伸生。2人は2010年代に日本テレビ系の水曜ドラマ枠で『Mother』、『Woman』、『anone』といった女性を主人公にしたヒューマンドラマを手掛けている。


 坂元裕二は1980年代後半から活躍する脚本家だが、時代ごとに作風の変遷があり、2010年代に入ると独創的なテレビドラマを連発して、作家性の強いドラマ脚本家として広く認知されるようになった。


 一番の転機となったのが、2010年に水田と坂元が手掛けた、母親から虐待を受けていた幼女を誘拐して娘として育てようとする女性を主人公にした『Mother』である。


 『Mother』以降、坂元の作風は大きく変わった。刑事、医者、弁護士といったヒーローが活躍するテレビドラマの世界では脇に追いやられがちな社会的弱者を主人公にし、性差別や貧困を描く社会派文芸路線を強く打ち出すようになる。何より、結末を決めずに頭から脚本を書いていくため、作者ですら続きを読むことができない予測不能なストーリーと、台詞の一つ一つが名言と言われるような過剰な会話劇が、みるみる先鋭化されていった。


 今回の『初恋の悪魔』は、2018年の『anone』以来となる坂元×水田のドラマということもあり、どのようなドラマになるのかと注目していたのだが、まず意外だったのは、本作が『Mother』以降、坂元が禁じ手としてきた刑事ドラマだったことだ。刑事ドラマでは定番となっている1話完結の事件ものとなっているため、他の坂元裕二作品と比べると本作はとても見やすい。だが、よくある刑事ドラマとは、印象が大きく異なる。


 既存の刑事ドラマなら、主人公となるのは口木知基(味方良介)を中心とする刑事課の刑事たちだが、彼らは病院で起きた少年の転落死を自殺と断定し、捜査をしようとしない。そんな中、新人刑事の服部渚(佐久間由衣)だけは被害者のために事件と真剣に向き合い、その姿に感銘を受けた小鳥が馬淵に協力を求め、やがて4人が鹿浜の家に集まり、事件を考察するようになっていく。


 馬淵たちは既存の刑事ドラマなら主役になることのない脇役だ。そんな彼らが事件の真相を考察したメモを服部に匿名で送り、そのメモで真相を知った口木が事件を解決するという物語の二層構造が本作の大きな特徴だ。


 また、馬淵たち4人は、刑事ドラマを観ている我々「視聴者の分身」だとも言える。
興味深いのは、自宅捜査会議をおこなう際に、鹿浜が「推理」ではなく「考察」と言うこと。「加害者を裁かないこと。被害者に同情しないこと」というルールを決めたあと、4人の“考察”が始まるのだが、その姿はTwitterやYouTubeで視聴者が熱狂するテレビドラマの“考察”を、ドラマ内の登場人物がおこなっているかのようである。


 花火を見ようとしたことによる「転落死」という凡庸な考察を言う馬淵に対し、若者を置き去りにしたこの国の腐敗や組織ぐるみの隠蔽に繋げようとする小鳥は、鹿浜から「社会派君」と呆れられ、すぐに、シリアルキラーによる猟奇殺人に繋げようとする鹿浜は犯人になった方が生き生きとする「キラー属性」の持ち主と言って馬鹿にされる。


 小鳥と鹿浜の意見は極端だが、事件が起きた原因を「社会」に求めるのか、「個人の病理」に求めるのか、という考察のパターンを、二極化したものだと言える。


 最終的に3人の話を聴いた星砂が、少年の転落は恋する少女が手術で命を落としたことを悲しんでの「自殺」だったと考察。そこから、手術を担当した医師が、少女の手術を中断して、クイズ番組の大物司会者の手術を優先していたことを突き止める。事件の根幹にあったのは恋心で、だから「初恋の悪魔」というタイトルだったのかと納得した。恋愛ドラマを書き続けてきた坂元裕二らしい落としどころである。


 恋にまつわる要素は、4人の中にも見え隠れし、小鳥が服部を陰ながら支援する姿や、異常犯罪者にしか興味がなかった鹿浜が、星砂に興味を示す姿が劇中では描かれた。自分の兄を殺害したのではないかと疑われる馬淵が、署長の雪松鳴人(伊藤英明)に脅される場面の背後にも「恋」が大きく絡んでいるのかもしれない。そして、エンドロールで星砂が「『蛇女』という別の人格を宿しているのではないか?」と匂わせ、次回へと続く。刑事ドラマだけでなく考察要素も二層構造となっている巧みな脚本である。


(成馬零一)