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新型「クラウン」は成功する? 大胆に見えて実は堅実なトヨタの戦略

2022年07月22日 11:31  マイナビニュース

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画像提供:マイナビニュース
トヨタ自動車「クラウン」の新型は、まさに様変わりといった雰囲気だ。発表会に登壇した豊田章男社長が「明治維新」に例えたのも納得できる。過去15代にわたり4ドアセダンを基本としてきたクラウンだが、新型ではクロスオーバーを皮切りにSUVを含む全4タイプを用意するという。前例のない手法だが、成功するのだろうか。


○姿も駆動方式も変わる「クラウン」



トヨタは新型クラウンの「クロスオーバー」を最初に発売し、それから1年半ほどの間に「セダン」、「エステート」(ステーションワゴン)、「スポーツ」(SUV)をラインアップに加えるという。過去15代の歴史では、4ドアセダンを基本にハードトップやエステートを派生させてきたが、セダンをなくしこそしないものの、セダンとSUVを融合させたクロスオーバーから投入していくのは初の試みだ。


初代から後輪駆動(RWD)車として存在し続けたクラウンが、ついに前輪駆動(FWD)を基本とする4輪駆動(4WD、クロスオーバーの諸元)になることもニュースだ。さらに、少なくともクロスオーバーに関してはハイブリッド車(HV)のみでの販売になる。



駆動方式やパワートレインがこの先、セダンやエステート、スポーツでどんな仕様になるのかは今のところわからない。脱二酸化炭素(CO2)について豊田社長は、これまでどおり「その国や地域の事情に合わせていく」との見解である。



もうひとつ、これまで基本的には国内専用車に位置付けてきたクラウンを、グローバルカーとして約40の国や地域で販売することも新しい。クロスオーバーから投入するのは、こうした市場展開も視野に入れての戦略なのかもしれない。



SUVが売れ筋という市場動向は世界的に共通だ。また、運転手付き乗用車としての人気という意味では、国内では大型ミニバン「アルファード」にお株を奪われているような格好なので、こちらも様変わりといえる。



一方で、海外の自動車メーカーは4ドアセダンを最上級車種としてラインアップする形を残している。例えばドイツのメルセデス・ベンツなら「Sクラス」、英国のジャガーなら「XJ」といった具合だ。そのあたりを意識したのか、トヨタもクロスオーバーの次は4ドアセダンを投入するつもりらしい。



とはいえ、新型クラウンの第1弾がクロスオーバーであることは、SUV人気という現実を見過ごせない時代であることを明らかにする。2021年4月から2022年3月までの国内販売を見ると、アルファードが8万台近いのに対し、クラウンはその1/4の2万台弱にとどまる。「いつかはクラウン」と憧れられてきた国内有数の4ドアセダンといえども、セダン中心で勝負をかけるのは難しいのだろう。


○乗ってみると「やっぱりクラウン」



新型クラウンのクロスオーバーは2022年秋ごろの発売ということで、まだ試乗の機会はない。だが、発表会場に展示されたクルマに座ってみると、室内空間にはクラウンらしいと思わせる雰囲気があった。それを言葉で表すのは難しいのだが、歴代クラウンを乗り継いできた消費者も、別のクルマになったとは思わないのではないか。そうした不思議な継続性を感じることができた。


大径タイヤ(ホイール径21インチ)を装着した姿は車高が高く見え、年配には乗降性がどうなるか気掛かりだった。しかし、サイドシル(ドア下端の構造部)の高さはセダンと変わらないというのが説明員の解説で、実際に後席からの乗降を試してみても、セダンに通じる容易さがあった。


乗り込んでみた感想としては、クラウンらしさを伝える感触とクロスオーバーでありながら乗降性を損なわない仕上がりに驚いた。クロスオーバーといっても、SUVよりもセダンに近い融合なのではないだろうか。それでも、クラウンの4ドアセダンを乗り継いできた人がクロスオーバーの佇まいを気に入るかどうかは好みによるだろう。



ただ、クルマを乗り換える時期は新車発表時とは限らない。自分のクルマの車検が近づくなど、所有車の都合に応じ、それぞれのタイミングで代替えを考えるのが普通だ。そう思えば、この先1年半のうちにセダン、エステート、スポーツが順次発売される予定とのことなので、セダンを希望する人は、車検などの都合で代替えしたい時期に発売が間に合う可能性もある。



それまでの間は、セダンにこだわらず新しいクラウンに乗ってみたいという好奇心にあふれた人が、クロスオーバーを注文するのではないか。同時にまた、これまでクラウンに食指を動かされなかった消費者が、次はクラウンのクロスオーバーに乗ってみようと検討するケースが出てくるかもしれない。そうこうしているうちに、1年はあっという間に過ぎるだろう。そこから、セダンなどを含めた多彩なクラウンの販売が本格化するのではないか。



そのような道筋を想像すると、クロスオーバーから市場導入をはかる新型クラウンの販売戦略は、それほど途方もない取り組みではないと思えてくる。逆に、クラウンの価値をより広い消費者へ訴えかけ、なおかつ従来からの優良顧客も手放さない手堅い戦略とも考えられるのである。したたか、とさえいえるかもしれない。

○新型「クラウン」開発にTNGAが威力を発揮?



駆動方式を変え、FWDを基本とする4WDでクロスオーバーを発売する点からも、新型の販売動向が見えない現時点において、大きな失敗に至らない選択をしたトヨタの堅実さが垣間見える。



新型クラウンのプラットフォームはFWDの「カムリ」でも使っているもので、これにリアサスペンションなどの改良を加えている。カムリは米国で高い人気を誇る4ドアセダンであり、その技術や部品を活用できる利点は大きいはずだ。また、米国でカムリを抜いて販売台数1位の「RAV4」は、カムリのプラットフォームを使ったSUVだ。RAV4にはガソリンエンジン車に加えHVの4輪駆動もある。



これらの要素をそのまま新型クラウンのクロスオーバーに流用しているわけではないはずだが、それにしても、多大な販売台数の実績を持つ車種の技術や部品を活用できる利点が、アルファードに比べ販売台数で落ち込んだクラウン存続の後ろ盾となることは間違いない。


そのようなことができるのは、「TNGA」(トヨタ・ニュー・グローバル・アーキテクチャー)による新車開発の手法があるためだ。



TNGAとは基礎技術を共通化し、車種ごとの特徴付けに投資を回す開発手法である。その成果は現行「プリウス」を発端に「C-HR」「カローラ」などへと発展。後続の車種になるほど性能を高めてきた。新型クラウンのクロスオーバーも、カムリやRAV4以上に進化しているのではないかと期待してしまう。



新型クラウンは驚きの革新や新展開を取り入れながら、クラウンらしさも継承するという荒業を、初代から67年、15世代の歴史を踏まえつつ、見事に成し遂げたのではないだろうか。



御堀直嗣 みほりなおつぐ 1955年東京都出身。玉川大学工学部機械工学科を卒業後、「FL500」「FJ1600」などのレース参戦を経て、モータージャーナリストに。自動車の技術面から社会との関わりまで、幅広く執筆している。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。電気自動車の普及を考える市民団体「日本EVクラブ」副代表を務める。著書に「スバル デザイン」「マツダスカイアクティブエンジンの開発」など。 この著者の記事一覧はこちら(御堀直嗣)