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日本のメタバースが抱える課題とは? 弁護士と官僚、それぞれの視点からみた「メタバースにおける法整備の重要性」

2022年07月21日 16:01  リアルサウンド

リアルサウンド

SAKURA法律事務所・道下剣志郎弁護士(左)と、経産省コンテンツ産業課・上田泰成氏(右)。(撮影=石川真魚)

 KDDI、東急、みずほリサーチ&テクノロジーズ、渋谷未来デザインで組成している「バーチャルシティコンソーシアム」は、今年4月に都市連動型メタバースの利活用に向けた 「バーチャルシティガイドライン」を発表した。まさにWeb3の時代へ向けた官民一体の象徴的な本プロジェクトは日本中の注目を集めている。


 メタバース関連の法整備を一歩前に進めたであろう今回のプロジェクトではあるが、やはりまだまだ取り組むべき問題や検討すべき課題も多い。今回は、弁護士と官僚という立場でこの「バーチャルシティコンソーシアム」へ参画する、SAKURA法律事務所の弁護士である道下剣志郎氏と、経済産業省コンテンツ産業課の上田泰成氏に、それぞれの視点からみた「メタバースと法整備」について詳しく話を聞いた。(リアルサウンドテック編集部)


【写真】インタビューに答えるSAKURA法律事務所・道下剣志郎弁護士と経産省コンテンツ産業課・上田泰成氏


〈官民連携で見えたバーチャルコンソーシアムの強み〉


――まず、お二人はそれぞれ「バーチャルシティコンソーシアム」のメンバーですが、同プロジェクトに賛同し参画しようと思った理由を教えてください。


道下:私自身は、2010年代に一世を風靡したブロックチェーンや、Web3というものを背景としたメタバース、NFTが主流の技術になっていくのではないかとひっそり目を付けていました。そんなところ、KDDIの三浦(伊知郎/革新担当部長)さんにお会いして、この分野について興味を持って調べたり探求してるのであれば「バーチャルシティコンソーシアム」に知恵を貸してくれないかとオファーをいただいたことが参画のきっかけとなりました。


上田:私は6月で今のコンテンツ産業課に来て1年経つのですが、以前は経済産業局の総務課や、知的財産を担当する部署で主に不正競争防止法を所管している分野において、その法改正などに携わっておりました。経産省では令和2年度に仮想空間において事業者として参入する方々を対象に、ビジネス上の課題や法的論点を洗い出す調査事業を実施したのですが、そんな中でKDDIさんが主導する「バーチャル渋谷」に関して、三浦さんからお声がけいただき、行政の立場からオブザーバーという形でガイドラインの策定に参加させていただきました。


――官民連携かつ専門家を招き、具体的な議論を行った上で発表になったところが面白い取り組みだと思います。今回、一社のトップダウンではない中で議論を続けたことで気づいたことや、それぞれの視点になかったことなどがあれば教えてください。


道下:KDDIさんは「バーチャル渋谷」を持っていて、「バーチャルシティコンソーシアム」に対しての構え方も机上の空論ではなかった、ということが最も重要でした。それによって見えてきた論点が多くあったからです。


 たとえば『バーチャル渋谷 au 5G ハロウィーンフェス 2021』では、いわゆるメタバース痴漢などが発生しました。その際に、現行法や刑法に当たるのかと考えるとやはり該当しない。そうなった時、プラットフォーマーが利用規約を作るのか、それともガイドラインを示して法整備まで繋げるべきなのか、という問題点が見えてきたんです。実務で起きた問題に対して対応を示していくことが出来るのは「バーチャルシティコンソーシアム」の強みだと感じています。また、私見ですが、渋谷という場所が「東京に住む多くの人がパッとイメージのつく場所だった」というのが大きく、それが議論のしやすさにも繋がりました。


上田:やはりメタバースはひとつの“フィールド”なので、中身に何を持ってくればユーザーを惹きつけられるのかが、今後一番重要なネックになってくるのだと思います。その点、今回の「バーチャル渋谷」は、日本だけでなく世界中みんなが知ってるコンテンツだったので、今後も様々な自治体で「バーチャル渋谷」を元に横展開していくような事例がいろいろ出ていくでしょうし、政府が掲げる「デジタル田園都市構想」全体の趣旨に沿うものでもあるので、省庁・政府全体で様々な検討を進めていく中で、議論の場を設けるきっかけになるのではないかなと思ってます。


〈日本の法制度と強いマーケットづくりに向けて〉


――今回大きなテーマとしてメタバースの法律や法整備についてお話を伺っていますが、メタバースも基本的にはプラットフォームが属する国の準拠法に従うという形になるのかと思います。そんな中、世界で初めてメタバースに関する法的なガイドラインを提言するなかで、大きなチェックポイントになったところや、詳細を詰めるのに時間がかかったところとは?


道下:おっしゃっていただいたように、準拠法の問題は大きな論点となりました。日本では法の適用に関する通則法がありますが、これをメタバースにそのまま適用するのは難しい。さらにメタバースの可能性はインターオペラビリティ(相互運用性)にあり、今後も様々なメタバース空間はどんどん繋がっていくわけですよね、分かりやすく言うと携帯電話のキャリアが違う時代になるかもしれません。それらが繋がった時、各プラットフォーム間である程度コンセンサスの取れた利用規約が世界中において作られていくのだと思います。具体的には、法の適用の前にまず利用規約である程度縛っていくことが想定されますね。


上田:道下先生がおっしゃったように、法律的にはプラットフォーマーの実務がどうなるか、というところも大きいでしょうね。これから経済がだんだんボーダレス化してくると思いますが、その時に日本語というインフラがどう影響するかと考えないといけないと思っています。たとえばグローバルなゲームでも、ふたを開けてみたら日本人だけ集まっているコミュニティしかない、という“負け筋”が既にあったりします。『フォートナイト』はアクティブユーザーが約3億5000万人ほどいて、すでに国がそこにあるというような状況ができているわけですから、日本が懸念するべきなのは「言語」と「人口」の問題ではないでしょうか。言語に関しては、数年で自動翻訳技術が発展すると言われていますが、会話的なコミュニケーションについてはまだ整備は先になるでしょう。


 人口に関する問題でいうと、日本の人口は約1億3000万人ですが、これがかなり絶妙な数字でして、その中だけで良くも悪くも経済が回ってしまいます。韓国などは経済危機を経て、グローバルに展開しなければいけないという状態から外向きの政策や施策を取るようになりました。メタバースに関しては、1億3000万人だと覇権を握るにはまだまだ少ないですし、1億3000万人すべてがトライしてくれる分野ではない。最終的には海外を巻き込んで10億人ぐらいを引き付けられるようなキラーコンテンツを、日本側としては整備していく必要があると思っています。


――なるほど。海外の人たちも含めて全世界に広められるようにしないと、そもそもクリエイターがエコノミーを作れないということですね。


上田:はい。アニメやゲーム業界もそうですが、日本で育成しても結果的に海外への人材流出が起こっていることは大きな問題として捉えており、政府としてもクリエイターにとって魅力的な市場を整え、環境整備を率先してやっていく必要があると思っています。


――実際に永田町のなかでは。メタバースや法律についてどのような受け止め方をされているんでしょうか。


上田:今年閣議決定された「骨太方針(経済財政運営と改革の基本方針2022)」でも、Web3やメタバースという文言がようやく入ってくるようになりましたし、自民党の方でもNFTの政策検討会でホワイトペーパーが出されました。国会でも多くの議員の方々がメタバース周りの質問をされるようになってきて、今年の1月、2月ぐらいからそういった機運というのもが醸成されているなと感じます。国会議員の先生方には年配の方もいらっしゃいますが、この分野については「何か知っておかないといけない」という危機感も感じられているようですので、そういった方々の「勉強しよう」という意欲に応えながら、お伝えできるところはしっかりとお伝えし、一緒に進めていければと思っています。


――なるほど。一過性のものというよりは、しっかり文化として向き合っていかなければいけない課題だということが個人単位で認識できているんですね。現段階で大きな壁になりそうなのはどのような要素なんでしょうか。


道下:いくつも思い浮かんでいますが、ひとつ挙げるとするならば、データの所有権の部分でしょうか。僕自身、これからはリアルよりメタバースに入っている時間のほうが長い人もどんどん増えてくると思っているんです。3、40年前の人からすれば、僕らが朝から晩まで携帯電話を見ている時代が来るとは考えていなかったでしょうが、現実として1日の中で、スマートフォンを見ている時間と見ていない時間を比べたら、見ている時間の方が長いという人が多いわけです。


 そうなったときに、スマートフォンの中って、みんな自分の家より見られたくないものになっていると思うんです。私のスマホにはファイナンス情報だけでなく、仕事上での顧客の守秘義務情報も入っていますが、メタバースにいる時間が長くなればなるほど、メタバース空間における自分のアカウントには、もっと色々な情報が入るようになると思います。そんな膨大な情報が集まることが予想されるメタバース空間において、アバターひとつとってもその価値は計り知れません。5万円で作成したアバターがイコール5万円の価値だと本当に言えるのか、多分それ以上の価値があるはずです。日本の所有権や損害論というのは基本的に損害を受けた分を補填するという考え方ですが、その考え方では難しくなってくるでしょう。ですので、プラットフォーマーが倒産して、アバターがなくなりました、情報もなくなりましたといったときに「なくなった分の財産を補填します」というだけで本当にいいのかということについて、「バーチャル・プロパティ」(現行法において法的に保護される知的財産権の対象とならないデジタルアセットの所有権やアバターの肖像権など)の議論は間違いなく必要だと思います。


――「バーチャル・プロパティ」に関しては、著作権や肖像権など色々な法律が複雑に絡む問題ですよね、それを変える、法律を定めるとなっても色々な現行法を絡めて変えなければならないのは大きな壁だと思います。


上田:法律に関して、民主主義のルールにのっとって立法するというのは、かなり難しいことなのです。だからこそ、いきなり法律を変えるのではなく、まず立法事実がいくつも出てくるまで、ある程度はプラットフォームや官民連携の団体を経由したガイドラインを作って整備していくことが最近の主流といえます。「所有権」に関しても、そもそも「所有権」という概念はいったい何なのか、という根本的なところを法律で捉えきれない時代になっているのだと行政も認識すべきであって、ブロックチェーン上に自分のトランザクションとして記録されているものをきちんと「所有権」と言えるようにしないといけないタイミングに差し掛かっているかとは思いますが、根本的なところまで遡らないとこの分野で法律を制定するのはおそらく難しいでしょう。基本はソフトローの方向で対応していくのが主流かなと思います。


〈Web3は所有の時代? NFTが秘める本当の価値とは〉


ーー法律だけではなく、経産省も絡むことによって「Web3の時代における経済活動」にまで話が及んでガイドラインが作られていく、というのは非常に面白いです。


上田:インターネットが普及して30年ほど経ちますが、これまではリアルのお金に換金する、もしくはリアルのお金を動かすという前提だったので、この30年間で流行ったビジネスは「広告」と「コマース」にとどまったのかなと思います。ただ、バーチャル空間上での経済圏が醸成されていくと、バーチャル空間内にだけ適用されるモノの価値も高まってきて、α世代と呼ばれるバーチャルネイティブな世代にとってはその経済圏のなかで生まれるものを保護してくれる法律がより必要になってくるはずです。


 バーチャル上の経済圏をどうやって法的に保護するかというと、メタバース内におけるそれぞれの「バーチャル・プロパティ」がそれぞれデジタル資産としてアカウントに紐づいて、ブロックチェーンで関連付けされながら、受け渡しの際には所有者が履歴として残る、ということになると思うのですが、先日はその場合のブロックチェーンに書き込まれた個人情報をどうやって保護するか、といった議論にも発展しています。


道下:この上田さんのお話、個人的にもすごく興味深くて。先ほどお話ししたスマホを見る時間のほうが長くなったという状態って、僕は極めてWeb2の時代を象徴する話だなと思っていて。自分なりにWeb1とWeb2とWeb3について考えてみたんですけど、一度話してみてもいいですか?


ーーぜひ。


道下:一般的にWeb1の時代はブログ、Web2の時代はSNS、Web3はメタバースと言われてます。ただ、私なりにもう少し考えてみると、Web1の時代は情報がないから知りたいという欲求が高く、acceptとreadーー「受容」することが前提でした。Web2の時代はwriteとspeakーーつまりは書く・話すことでみんなが知っていることを共有することが是とされた。そして、Web3の時代はOwnedーー「所有」が重要なのではと思っています。Web3については「中央集権からの脱却」や「非中央集権型」とよく言われますが、なぜ中央から権利を分散したいのだろうと考えたとき、おそらく自分たちのものだと言いたい、そういえる環境を取り戻したいのだと考えるようになって。各人がオーナーになっていく、所有していることを証明するあらゆる技術が適用されるメタバースや「バーチャル・プロパティ」に関する議論を重要視しているんです。


――なるほど、面白いですね。


上田:それで言うと、2016年ぐらいから音楽をレコードで所有することへの機運が高まっていることも紐づけて考えられそうですね。音楽ストリーミングや電子書籍がこれほどワールドワイドに広がって手軽に所有できるようになりましたが、自分が好きなコンテンツをみんなで所有し得るようになってくると、それをモノとして自分の手元に置いておきたいというのが本能的に高まっているのかと。Web2の反動で人間の根本的な欲求みたいなところが元になってそういった現象が起きているような気もします。


――お2人の話を踏まえると、Web3の時代はデジタルのモノに所有権などの情報が書き込まれることで、そこに思い出が紐づくということも考えられそうですね。だからこそ、所有して見せたいという欲求が高まるのかも、と。


道下:NFTは固有性や取引可能性にフォーカスが当たりがちですが、実際にNFTにおいて価値がある要素というのは「歴史を保存できること」なんです。人間はこれまでも、歴史に価値を感じて歴史にお金を払ってきたわけで、50年もののウィスキーが1000万円を超えたり、100年もののワインが何万何千、何億円という価値になるわけです。メタバースという場所がただの空き地だと人は来ないけれど。そこにコンテンツがあれば人は来るし、そこで作られたものや積み重ねた歴史はNFTとして残っていく。NFTはデジタルデータ上にヴィンテージ性を付与することができることが重要なのだという点に、もう少しフォーカスが当たると嬉しいですね。


――場所があって、そこに人が集うことで文化が醸成され、歴史が生まれ、価値が付与されていく。ただ、最初にあった場所やもの、最初にいた人が「本当に最初からあったのか・いたのか」という真贋を問ううえで、NFTがある種の鑑定書になる、という考え方ですね。


道下:おっしゃる通りです。


ーー街と文化の視点といえば、「バーチャルシティガイドライン」には景観に関する著作物の映り込みなどについての対策なども含めた「場所についての権利」に関する議論がありました。メタバースにおける「バーチャル渋谷」などの街に掲げられる広告については、現行法と同じガイドラインで規制されていくと思うのですが、いわゆる歩いている人や落ちているものなどの「風景」や「居たくないけど居る人」「写り込ませないようにしているけど写り込んでしまうもの」といったように、漂白されないからこそ見ることのできる景色を含めて“街”といえるものだと考えていて。このあたりについてお二人はどのようにお考えでしょうか。


道下:これは僕たちもすごく考えているテーマで。自分自身の考えとしては、メタバースの街は「漂白されなくてもいい」と思っています。リアルの渋谷でも、やることないけどとりあえずハチ公前にいる、という人たちもいるわけですし、都市構想的にも最初はキラキラした街づくりを目指したかもしれませんが、現実には色んな人と文化が重なり合った場所になっているわけです。


 恐らくメタバースも、行政や企業が主導しているものは最初こそキラキラして見えるかもしれませんが、人が増えて歴史が進んでいくにつれて、漂白されないがゆえの文化は生まれていくと思っていますし、そこを各ユーザーに押し付けると、一気に可能性は萎んでしまいそうな気はします。あくまでプラットフォーマーは一定のルールメイクしたうえで場を提供して、公序良俗に違反する際のペナルティは定めたうえでの運用を前提としますが、そのルールのうえでどう遊ぶか、その場所をどう使うかは各ユーザーの意思に委ねて進化していくべきだと考えています。そこは時代が進むなかで、リアルの街と同様に、漂白したくてもできないような状況が生まれてくるのではないでしょうか。


ーー“なんとなくいる”人が増えることでUGC的に文化が生まれる、という発想は面白いですね。


上田:私も、漂白された街には人もコンテンツも集まらないと考えています。そのうえで、行政側としては環境整備も必要だと言いたいので、そこのバランスをどう取っていくかというのが重要でしょうね。それは場所によっても変わると思っていまして、たとえば渋谷ですと、元々が賑わっている地域だからこそ勝手に人が集まってきたり、元々閑散としている地域は衆目を集める施策を取らなければ人は来なくなったりといったように、地域の特徴に応じたデジタルツインのあるべき姿は変わってくると考えているので。そういった意味で、もしかすると先々には「漂白された街」のほうがいい場所も生まれてくるのかもしれませんが、可能性を削がないようにはしていきたいですね。


〈プラットフォーマーの役割は? メタバースに関する法整備の現状と課題〉


――プラットフォームとしてのこれからについては、プロバイダ責任制限法の整備も大きな課題になってくると思います。現行法上のメリットや現状についてお伺いできますか。


道下:大きくはこのメタバースに関与するステークホルダーが誰かということを整理することがスタートだと思っています。私はデパートの例えをよく使いますが、メタバースはデパートという箱だとします。そこはまだ何もないガランとしたただの10階建てのビルで、ここにいろんなブランドや、飲食店などの事業者が入ります。ここに一般消費者が「よし、今日はここで洋服を買って、お惣菜買って帰ろう」というような形で来る。そして外部から「おいおい、お前のところで売ってる商品は俺のパクリじゃないか」という権利者が来るわけですね。主にこの4つのステークホルダーで成り立ちますが、やはり場所がないと何もできないという点からみれば、プラットフォーマーはある程度大きな責任や役割を負っているのかなとは思います。


 ルールが整備されていないからこそ、今のプラットフォーマーは立法事実を積み立て、実務をリードできると思っています。当然プロバイダ責任制限法だって、インターネットができる前には存在しなかった、インターネットがあるからできた法律なわけです。ルールがない中で、これからの社会を作っていく礎と提言ができる立ち位置にいることが、現在率先して取り組んでいる企業にとってのメリットなのかなと。


――理想の法整備を進めるために、良い意味での立法事実をたくさん作っていくことが重要だということですか。


道下:現状、世界的にもまだルールメイキングがされてないので、私たちが行っている「バーチャルシティガイドライン」は世界人類的に意義があると言ったら少し大げさですけど、意義あることだなと思っています。法律家は「比較法」という観点から各国の法律を比較して検討します。つまり世界に先駆けて「この日本のルールはいいんじゃないか」と世界に採択される可能性もある。それは日本にとって非常に大きなメリットだと感じています。


――先に自分たちできちんとコミュニティを作って、文化を作って、そこに適した法律を作っていけば最適なものになるし、逆にいろんな国が真似するものになる。日本が世界で勝負していくうえでのアドバンテージも取れるかもしれない、と。


上田:おっしゃる通りですね。我々の考えはプラットフォームに根ざしたカルチャー上にあるコンテンツをどうやって展開していくかという話だったのですが、道下さんの話を聞いていて、プラットフォーム側からルールメイクをするという視点もあるのかと気付かされました。だからこそ、それを悪用されないためにも、プラットフォーマーとステークホルダーの間で、いろんな規制も生まれていくと思います。たとえばユーザー間でアバターを改変されたことに対する訴訟が発生したときに、アバターの匿名性によって守られた現実の人間を相手取った請求ができない、という場合があったとして、プラットフォーム側に「責任を取れ」と言わざるを得ない。その時にプラットフォーマーが青天の霹靂にならないように、しっかりとメタバースのためのガイドラインを制定しておけば、プラットフォーマーはそこに乗っ取ってルールを作り、違反ユーザーへの対応や何かが起こった際の責任の所在をもう少し細かく定められると思います。


 これはメタバースに関わらず、プラットフォーム側として今後重要になってくるのは「ユーザーのIDをどれだけ囲えるか」だと思います。どれだけユーザーとそのIDをプラットフォームに貯め込めるかは、消費者動向などを把握するうえでも欠かせないものになるでしょうし、プラットフォームの中で起きたユーザーがしている「行動」、つまり「いつログインしてどこのコミュニティで何をして、誰と喋って、そのときの声の抑揚はどうだったか」といったところまで収集できると、広告的な価値は高まるわけです。ただ、ユーザー側に無断でそれらの情報を取得するのはもちろん違法なので、規約の中でどこまでを提供してもらうのか、その対価としてどんなサービスを提供するのかといった整備についても、今後メタバース内での経済圏や広告ビジネスが生まれてくるという視点では大事になってくると思います。


ーーそれはユーザーの個人情報に関わってくるところでもありますし、広告的な視点でいえばWebのターゲティング広告がサードパーティCookieの問題など様々あるなかで、ユーザーIDに紐づくというのはとても大事な気がします。


上田:「Web広告」というのはある意味Web2的なビジネスでしたが、「Web3」に完全に移行するまではかなりの助走距離があると考えているので、まだまだ先の話だとは思いますが……率先して博報堂DYホールディングスさんがRobloxを使った広告などを展開しているように、そう遠い話でもないのかもしれません。メタバース上での広告戦略にフォーカスが当たると、プラットフォーマーが持っているデータについての議論もさらに活発化するため、先駆けてそれらの問題に対応できるようなガイドラインや、ユーザーに不利益を与えない利用規約の策定は重要だと思います。


〈Web3のジレンマとこれから〉


――ありがとうございます。では最後にお2人がそれぞれ特に重要に捉えているポイントや、具体的に議論が前向きに進んでいるこなどがあれば、1つトピックを選んでお話いただければと思うのですが。


道下:「利用規約およびプライバシーポリシーのテンプレートに関する整備」でしょうか。たとえば、メタバース空間で不動産を買ったとして、何がその価値や所有を保護してくれるんだと言ったら、NFTの技術とプラットフォーマーへの信頼ですよね。なので、プラットフォーマー側である程度利用規約を作って安全な環境を作っていくっていうことが重要かなと。


――ただ、そうするとまた中央集権的になってしまいかねない。


道下:そうです。私の中でも実は逆説的にずっと自問自答してることで、すごく難しい。ただやはり非中央集権の意味も、「Power to the GAFA」から「Power to the 70億人」になるのかといえば、多分そうじゃないと思うんです。その中間といいますか、GAFAよりは少し細分化されたところに、経済圏や力が分散されていくのではないでしょうか。なので、プラットフォーマーがいなくていいとか、利用規約を作らなくていいという議論にはならないのかなというのが、現状の私の答えです。


――Web3を推し進めることは「ディセントラライズドされるから、別にノールールでいいんだ」という議論ではないと。


上田:私もその「Web3のジレンマ」はすごく感じています。既存の特定の会社からサービスを受ける方がいいのか、それともビジョンに共感して、集まったコミュニティの中で利益を受けるのかのどちらかではなく、ユーザーが自発的に選べる時代になったのだ、という解釈が一番腑に落ちるところですね。広くユーザーがいろんなオプションを選べるようになった時代を「Web3」というのかなと。


 経産省でも、複数のメタバース間での相互運用性、ポータビリティを確保するための仕組みに関する事業調査を今年実施しようとしています。たとえば、アバターで子どもが放課後に友人と遊びたいプラットフォームへ行ったり、あるいは行政手続きをするためのプラットフォームに行ったりと、自分のアバター1つで複数のプラットフォームを跨げる、まるで『サマーウォーズ』のような世界ですね。あんな風にポータビリティが進んでいかないと、コンテンツの普及もないしユーザーも囲えない。ただ、どうやって互運用性を確保するのかといったところは、経産省の実証実験もそうですし、都市を跨いで異なるプラットフォームを使った場合のあり方を今後の「バーチャルシティコンソーシアム」の中でも積極的に議論していただきたいです。


(取材=中村拓海/構成=midori)