2022年07月19日 10:11 弁護士ドットコム
デジタルのプラットフォーム上で、フードデリバリーの業務をおこなっているウーバーイーツの配達員は、労働法が適用される労働者なのか、適用されない個人事業主なのかーー。
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日本では、ウーバーイーツの配達員たちでつくるウーバーイーツユニオンが、運営会社の団体交渉拒否に伴う救済申し立てをして、東京都労働委員会で労働組合法上の労働者性を争っているが、結論がどうなるにせよ、現状では、労働法による個別の配達員の保護はない状態であり、議論は残り続ける。
世界に目を向けると、イギリスではウーバーの配車サービスの運転手をめぐって、インパクトのある判決が出ている。イギリスには、労働法の権利が全て認められる「employee(被用者)」と、権利がない「self-employed(自営業者)」の間に、部分的に権利が認められる「worker(労働者)」という中間カテゴリーが存在するが、最高裁判決で運転手が「worker(労働者)」と位置付けられたのだ。
日本でも今後、0か1かの話ではなく、労働基準法などの権利が部分的に認められる「中間カテゴリー」の導入が論点になる可能性はありそうだが、イギリス労働法に詳しい労働政策研究・研修機構の滝原啓允研究員は「あまり推奨できないですね。イギリスでも見直しの意見が出ています」と語る。その理由を聞いた。(編集部:新志有裕)
イギリスでは、もともとは「employee(被用者)」か「self-employed(自営業者)」のいわば2分法だった。しかし、被用者には該当しないものの、自営業者として扱うのも適切とはいえないような人々にも雇用上のさまざまな権利を広げようということで、1997年以降の雇用にかかわる多くの制定法では、「worker(労働者)」という概念が用いられている。
この「worker(労働者)」という概念の意味を説明したい。カバーする範囲は広く、従来の「employee(被用者)」も含む。また、これまで「self-employed(自営業者)」に分類されてきたものの、法的保護を必要とするような脆弱な立場にある者らについても含んでいる。ただし、雇用にかかわるすべての制定法における「employee(被用者)」が「worker(労働者)」に置き換わったわけではなく、依然として、一部の制定法の適用対象は「employee(被用者)」にのみ限られている。
こうしたロジックから、イギリスでは現在、「employee(被用者)」、「worker(労働者)」、「self-employed(自営業者)」という、いわば3分法が機能している。
そのような3分法が既に存在している状況で、新たにウーバーのようなプラットフォーム上で働く人たちをどう位置付けるのかが問題になった。
ウーバーの配車サービスをめぐっては、運転手らが2016年7月、雇用審判所に申し立てを行い、「worker(労働者)」だと認定しうるという判断が下された。最終的には2021年2月、最高裁でも同様の判断となった。
また、配送サービスのデリバルーの配送ライダーの労働組合の承認をめぐり、労働者にあたるかどうかも争われていたが、契約の中に、そのライダー以外によるサービス提供を認めるという「代替権」が入っていたため、労働者性が否定された。
プラットフォームワーカーが、「worker(労働者)」だと認められれば、有給休暇や最低賃金、内部告発の権利、労働時間の権利などが「employee(被用者)」と同等に保障される。一方で、整理解雇に関する権利や、フレキシブルな働き方を要請する権利などは「employee(被用者)」にあって、「worker(労働者)」にはない。
このような3分法について、滝原氏は「イギリスでは、とにかく線引きがわかりにくいから2分法とすべきだという批判も出ています」と語る。
「雇用審判所にいって判断してもらわないと、自分の法的地位がはっきりしないというような現状もあります。自分の法的地位が明確でないと、どの権利を行使できるのかも分からない。働いている人たちが権利行使をしにくくなるというデメリットがあるといえます。もちろん、3分法のメリットとしては、『employee(被用者)』と同様の保護の必要性を有しているにもかかわらず『自営業者』とされてしまった人たちが『worker(労働者)』として一定の保護を付与されうるということを挙げることができます。しかし、そうしたグレーゾーンの存在が、かえって一般の人にとってのわかりにくさを増長させています。そのため、(1)自己の計算に基づいて真に事業を営む者、すなわち真正な『self-employed(自営業者)』と、(2)従来の『employee(被用者)』と同様にすべての雇用上の諸権利を享受できる『単一の法的地位』との2分法でいいじゃないかという議論が存在します。この議論は労働法の研究者らにより提起されたものです」
保守党のメイ政権の時代に出されたテイラー・レビューという労働法政策と密接な報告書(2017年)では、「労働者」を「従属的請負人」と呼び名を改めることを提案しつつ、3分法を維持しようとしている。
一方、上記のように、労働法の研究者たちからは、全ての雇用上の権利を享受できる「単一の地位」をもうけて、それをデフォルトにしようという提案も出ている。「自己の計算に基づいて真に事業を営む者」以外は、現在の分類でいうところの「employee(被用者)」になるということだ。
「2分法にしようという議論の背景には、やはりプラットフォームワークの影響が一定程度あるようです。脆弱な立場の就労者がイギリスでは増えていて、先ほど述べたような『単一の法的地位』が必要ではないのかという議論になっているのです。
『worker(労働者)』の権利を拡大していくというやり方もありますが、それをやっていくと結局、『employee(被用者)』と変わらなくなるという問題があります。
日本では3分法を探る議論が出ています。そうした議論をなす上では、わかりやすい2分法にしようとするイギリスでの議論も十分に参考になるのではないでしょうか」
イギリスとは異なる形で、プラットフォームワーカーの保護を制度化している国としてフランスがある。フランスでは2016年の労働法改革で、デジタルプラットフォーム上で働く人を特別に保護するエル・コムリ法が制定されている。
イギリスのような中間カテゴリーではなく、プラットフォームワーカーを定義(プラットフォームの特徴やワーカーの年間取引額などで線引き)したうえで保護する。具体的には、労災保険の任意加入の企業負担や、集団的な権利、職業訓練の権利などが保障されている。
日本でも参考になりそうだが、滝原氏は「フランスのやり方は迅速性に優れています。
しかし、個人的な印象では、スポット単位でレーザー治療をするようなものにも思えます。
テクノロジーが変わり、ビジネスが変わる中で、いびつなレーザー治療になってしまうかもしれないし、ある特定の要件を満たさなかったことで対象外となった人からは、不満の声も出てくるでしょう。
ですから、過渡的な法制としては意義があろうかと考えますが、必ずしもそれが最適解とは思いません」と冷静に見ている。
プラットフォームワークの今後については、ウーバーのように、強固なプラットフォームのもとで、特定の業務に携わる働き方だけでなく、もっと様々なタスクの受発注が行われるクラウドソーシングのプラットフォームが普及する可能性もある。そうするとますます特別保護の範囲を決めるのが難しくなる。
「プラットフォームを用いた働き方と一口にいっても、在宅でデザインの作業をする人もいれば、文字起こしの作業をする人もいるでしょう。プラットフォームがまとめて受注して、それを個々に割り振るという形もありえます。クラウドソーシング型については、あまり議論が活発化していませんが、その実態把握は議論の前提として今後の課題となるでしょう」と指摘する。
結局、イギリスのような中間カテゴリーでの保護や、フランスのような特別な保護については、メリット、デメリット両方があるということになる。
そうなると、労働法(特に労働基準法)の適用対象を拡大して、他の雇用労働者と同様に保護してはどうか、という議論にもなってくる。
滝原氏は「今の労基法を必ずしも前提とするものではありませんが、ある特定の事業と密接なプラットフォーム企業に包摂されたウーバー型のようなところで働く人については、シンプルに労働法が適用される労働者として認めていくのがいいのではないかと考えています。
そして、そのウーバー型のプラットフォーム企業が社会保険料を負担し、使用者としての責任を負うということが望ましいというふうに思います」と語る。
ただ一方で、現場の当事者が「いつでも好きな時に好きなだけ働ける、自由な働き方がいい」ということで、必ずしも労基法の労働者として位置付けられることを望んでいないという問題もある。労働基準法は、当事者間の契約内容に関わらず適用される強行法規だが、当事者の意向を無視していいのかということだ。
「歴史的に考えれば、『新しいもの』として位置付けられ、あるいはそのように喧伝された働き方は、これまで数え切れないほど登場してきたのだと思います。しかし、それが法的な意味で、本当に『新しいもの』といえるのかどうかきちんと見極めることが重要なのではないでしょうか。海外の状況ももちろん参考になりますが、実は、諸外国もこの『新しい』問題について模索の途上にあるということを忘れてはならないと思います」
日本では、まだプラットフォームワーカーの法的保護についての議論はあまり活発化していないが、ワーカーの数はどんどん増えている。また、何らかの法的保護の話については、プラットフォームワーカーに限らず、フリーランス全般に通じる話でもある。今後、日本でも腰を据えた議論は避けて通れない。