2022年07月18日 08:41 弁護士ドットコム
大学や大学院などで、権力や立場の違いを利用したアカハラ・セクハラが後を絶たない。コンプライアンスが叫ばれる時代にも関わらず、学術機関ではなぜ不祥事が繰り返されるのか。
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自身が大学院でセクハラ被害に遭った経験から、「大学のハラスメントを看過しない会」を立ち上げ、関連情報の発信を行っている深沢レナさん。アカハラ・セクハラの事例や、撲滅のために必要なこと、被害に遭ったときの対処法などを聞いた。(ジャーナリスト・肥沼和之)
――まず「大学のハラスメントを看過しない会 」を設立した経緯を教えてください。
私は2017年、大学院で指導教授からセクハラを受けました。ほかの教授に相談しても、まともに受け止めてもらえないどころか、周囲に言わないよう口止めされ、我慢するしかなかった。その後、大学に申し立てをし、加害者の教授は解任になりましたが、口止めの件などは中途半端な調査結果で終わってしまいました。
大学はハラスメント防止に及び腰で、寄り添ってくれなかった。しかも、同じ教授から過去にアカハラ被害に遭ったという元学生から連絡をもらい、10年ほど前から同じことが繰り返されていることも知った。このままではまた被害者が生まれかねないので、声を上げたいと思ったのが会を設立した理由のひとつです。
また、事件を報道した記事や大学の調査結果の内容が異なり、どの情報が正しいのか、当時の学生たちは混乱していました。加害者がメディアで間違った情報を話していたこともあり、事実を発信できる場を持ちたかった思いもあります。
――アカハラ・セクハラの事例はどのようなものがありますか?
多いのはセクハラと暴言です。特にひどい事例は、刑事事件にもなりうるような深刻なセクハラがあったのですが、被害者が精神的なダメージを受けて声を上げられず、中退することでその環境を離れざるを得なかったことがありました。
暴言は、指導を装った形で「君には無理」「ここにいる価値がない」などと攻撃する、陰湿なものです。理由をつけて研究所を使わせない、望む研究をさせない、という巧妙ななものもあります。研究所にハラスメントがまん延していると、教員がほかの学生にもターゲットの学生をいじめさせるなど、たちの悪いものもあります。
――なぜ大学でハラスメントが起きてしまうのでしょう?
教員が学生に対して行うアカハラ・セクハラに限定してお話しすると、大前提として嫌でもノーと言えない関係性にあります。学生からすると、自分の成績評価の権限を握られている関係だからです。高い学費を払っているため、やめるにやめられないという事情もあります。
また、ハラスメントが行われていても、外からわかりづらい環境でもある。特に大学院では、限られた人しか知らない分野の研究をしているので、指導なのかハラスメントなのか周囲は判別しづらい。一般的に教員は社会的地位が高く、信頼されがちなため、周囲も学生自身も指導の一環として受け止めてしまう可能性があるのです。
そもそも研究室は閉鎖的なことが多いので、すぐ隣の研究室でハラスメントが起こっても、まったく気づかないままということも起こっています。
――研究を続けていきたい人は、嫌なら逃げればいい、という選択も難しそうです。
研究者や研究分野の道を進むのであれば、大学や大学院を卒業した後も、基本的に同じ人脈のなかで活動していくことになります。研究によっては、その大学でしか行われていないものもあるので、やめることは夢を諦めることになる。そのため、辛くても我慢せざるを得ない学生もいるのです。
――ハラスメントの被害に遭った、あるいは遭いそうになったらどうすべきだと考えていますか?
とにかく我慢をしないことです。自分が弱いからだと思ったり、勘違いかもしれないと様子を見るのは危険です。少しでも違和感があれば、距離を置いて身の安全を確保してください。そして信頼できる人、できれば大学とは利害関係のない第三者に相談して、客観的な意見をもらうことで、事実を正しく見られるようになると思います。
あとは記録を取ること。ハラスメントの内容を、できればLINEやメールやSNSなど、日付が残るものに書いておきます。相手と二人きりになるときなどは、録音を取る。そうして証拠を残し、大学の相談窓口に行くのが通常のルートです。
ただし、大学では形式的に相談窓口が置かれているだけで、しっかり対応されないケースもあれば、「先生に悪気はないと思う」と言われるなど二次被害に遭ってしまう可能性も念頭に置いてください。
――今後、大学でのハラスメントを少しでも減らすために、何が必要なのでしょう?
個人ができることとしては、一人ひとりに関心を持ってもらうことです。大学生のときにハラスメントを受けても、卒業して社会人になり、忙しくなると忘れてしまいがちです。そんなこともあったと他人ごとにせず、常に自分事として考えてもらうことが重要です。
あとは、傍観者にならないでほしい。日本では、加害者と同じくらい被害者もタブーな存在で、声をかけづらいと思います。その気持ちはもちろんわかりますが、「大丈夫?」と声をかけてもらえて、私自身も本当に助けられたことがあります。
大学は、教員はもちろん、学生にも研修を徹底してほしいです。学生は社会人経験がないので、何がハラスメントに該当するのかわからず、教員を正しいと思い込んでしまうことがありますから。
教員は、教員としての自覚を持っている人が、私の大学院では少なかった。教員としての自覚が乏しいと、自分が学生に対してどれだけ影響力を持っているのか忘れてしまいがちです。教員になるのは特別な力を持つことで、何気ない発言や行動が学生を恐怖に陥れることもある、と認識してほしいです。
――企業にはパワハラ防止法がありますが、学校にもそういった法整備をしていくべきだと感じていますか?
感じています。米国では「Title IX」(タイトルナイン)やキャンパス安全法といった、性差別の禁止や安全確保のための法律があります。施行されてから、実際にハラスメント対策が進んだそうです。
日本は、パワハラ防止法が2020年に施行されましたが、大学での法整備はまだされていないので、導入すべきだと提言する団体や弁護士の方がいらっしゃいます。
――「大学のハラスメントを看過しない会」として、今後していきたいことを教えてください。
ハラスメントの告発は、被害に遭った当事者それぞれによってされているのが現状です。そのため、一時的にニュースになっても、しばらくすると忘れられてしまい、根本的な解決になかなかつながりません。そもそも個人では、組織を相手に声を上げて戦うのには限界がある。
そこで、ほかの団体とも連携して、知恵を交換しながら、当事者にとって役立つような情報発信をしていきます。
また、本当の意味での再発防止のためには、ハラスメントの原因を徹底的に分析する必要がある。ハラスメントの事例を集めたり、高額な学費や奨学金返済の負担といった日本の大学の背景にある問題も視野に入れたりして、根本的な解決を目指していきたいです。
企業内で行われるセクハラ・パワハラとはまた違う、複雑な問題をはらんでいるのが大学内でのハラスメントだと、取材を終えて知ることができた。法律が守ってくれず、大学に突き放される場合もあるような環境は、すべての学生が安心かつ安全に学業に励み、楽しいキャンパスライフを送るには、あまりにも無防備ではないか。
そんななか、深沢さんら当事者が声を上げ、ハラスメント防止の活動を行っている。あらゆる事例を過去のことや他人ごとにせず、すべての学生に起こりえることであると啓もうし、撲滅を目指している。その声は、教育現場、ひいては社会全体が耳を傾けるべきものなのだと強く思えた。
【筆者プロフィール】 肥沼和之:1980年東京都生まれ。ジャーナリスト。人物ルポや社会問題のほか、歌舞伎町や夜の酒場を舞台にしたルポルタージュなどを手掛ける。東京・新宿ゴールデン街のプチ文壇バー「月に吠える」のマスターという顔ももつ。