2022年07月17日 08:31 弁護士ドットコム
札幌市内に住む47歳男性と同居する25歳女性が、生後7か月の息子を自宅に約8時間置き去りにしたとして保護責任者遺棄の疑いで逮捕されたと7月5日、北海道放送などが報じた。
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報道によれば、2人はその間居酒屋に行っていて、先に帰宅した女性が「鍵をなくした。中に子どもがいる」と警察に通報したことで事件は発覚したという。子どもの命に別状はなかった。発育状態には問題なく、虐待などの痕跡も確認されていないようだ。
保護者が子どもを置き去りにして死亡させ、逮捕に至ったりする例は枚挙にいとまがない。
最近でも、USJに行っていた大阪・富田林市の46歳祖母らが2歳女児を11時間放置して死亡させた事件のほか、パチンコに行っていた男女が2歳と4カ月の男児らを14時間放置して4カ月の男児を死亡させた事件(釧路市)などが相次いでいる。どちらの事件でも、祖母や親は保護責任者遺棄の疑いで逮捕された。
乳幼児が死亡に至っている事件はもとより、札幌市内の事件のように子どもの命に別状がない事件でも保護者が逮捕されている。子どもの命に別状がない事例でも保護責任者遺棄罪に問われる理由は何なのだろうか。星野学弁護士に聞いた。
——子どもの命などに別状がなくても保護責任者遺棄罪は成立するのでしょうか。
保護責任者遺棄の疑いで親等が逮捕されたという報道に接して憤りを抱くとともに、幸い子どもの命には別状がなかったと聞いてホッとしています。
保護責任者遺棄等の罪は、保護の必要な者を危険な場所に移すという積極的な「遺棄」と扶助を必要とする者の生存に必要な保護をしないという消極的な「不保護」の場合の両方があります。本件では自宅への置き去りですから、後記の不保護に当たるとして逮捕に至ったものと思われます。
犯罪が成立するための遺棄・不保護は生命・身体に「危険」を生じさせる程度のものであることが必要であり、かつ、それで足ります。したがって、子どもが実際に命を失い、あるいは健康を害しなくてもそれらの危険があれば犯罪が成立することになります。
——今回のケースはどうでしょうか。
自宅に置き去りにすることが子どもの生命・身体に危険を生じさせるかどうかを検討する必要があります。子どもの置き去りについては、子どもの年齢、置き去りにされた時間、子どもとの距離その他の事情から生命・身体に危険が生じたかどうか検討されます。
生後7カ月の子どもといえば、たとえ健康であったとしても、長時間放置すれば、ミルクを吐いてしまいその吐いたミルクで窒息してしまう、顔に布団がかかって窒息してしまう、寝返りを打ってうつ伏せになったことで窒息してしまうといった危険が当然に予想されます。
そして、そのような事態が発生すれば、命を失う、あるいは重篤な後遺障害が残る危険があります。
今回のケースでは、母親が「スマートフォンの見守りアプリで様子を見ていた」と話していると報じられており、子どもをまったく見守っていない状況ではなかったのかもしれません。
しかし、「鍵をなくした」と警察に通報するなど、もし家の中にいる子どもに異変などが生じても事実上対応できない状況にあった可能性が高く、捜査機関が子どもに対する「不保護」に該当すると判断したのは当然でしょう。
なお、保護責任者は親や親族に限定されません。そのため、子どもと血縁関係がなくても、母親と同居していたことから男性も保護責任者に該当するとして、母親とともに逮捕されたものと思われます。
——短い時間の「留守番」はあまり問題視されないように思われますが、「留守番」と逮捕される場合の「遺棄(不保護)」とはどのような違いがあるのでしょうか。
結論を言えば、ケースバイケースだと思います。
具体的には、子どもの年齢、年長の兄弟姉妹の有無、健康状態、気温、安全確認設備(ベビーモニター等)の有無、食事の用意の有無、子どもとの距離など諸事情を考慮して判断されます。
しかし、子どもというのは弱い者です。立って歩けない年齢であればつきっきりで様子を見なければならないですし、立って歩けるようになったといってもむしろ危険が増すため目を離せないといえます。
ある程度大きくなったとしても安心はできません。たとえば、子どもが浴槽に落ちて出られず、残っていた数センチの水が原因で溺死するというケースもあります。
また、時代、考え方・常識の変化というものも考慮されます。
高温の車内で子どもが熱中症で死亡したケースについてみますと、かつては子どもを失った悲劇として親には同情が寄せられました。親の不注意とはされましたが、子を失った親を処罰するということはほとんどありませんでした。
しかし、同じようなケースが数多く発生したことで、実際に過失致死罪で処罰されるようになり、現在では当然に危険だと分かるはずとして保護責任者遺棄致死罪が適用されるケースもあります。
将来は死ぬと分かっていて放置したとして殺人罪が適用されるかも知れません。このように、時代、考え方・常識の変化に伴い「留守番」と「遺棄」の違いも変化し、その変化を捜査機関・司法機関がくみ取って判断をしていくことになるでしょう。
犠牲になるのはいつも子どものような弱い者です。親だから当然面倒を見るべきと言ってみても実際には被害はなくなっていません。
親としての自覚がない、責任感が欠如していると非難しても実際の被害がなくならないとすれば、親の自覚や責任への期待を諦めて、現実的に子どもを守るためのシステムの構築や支援の拡充を議論する必要があると思います。
【取材協力弁護士】
星野 学(ほしの・まなぶ)弁護士
茨城県弁護士会所属。交通事故と刑事弁護を専門的に取り扱う。弁護士登録直後から1年間に50件以上の刑事弁護活動を行い、事務所全体で今まで取り扱った刑事事件はすでに1000件を超えている。行政機関の各種委員も歴任。
事務所名:つくば総合法律事務所
事務所URL:http://www.tsukuba-law.com