2022年07月07日 12:51 弁護士ドットコム
7月3日放送の『坂上&指原のつぶれない店』(TBS系)で紹介されたジビエ(野生鳥獣の肉)料理がSNSなどで波紋を呼んでいる。
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番組では、駅ナカや駅ビルにある人気の店舗を特集するコーナーで、4軒目として大阪駅地下街にある居酒屋を紹介。その居酒屋で提供しているメニューの1つとして取り上げたのが「シカもも肉の刺身」だった。
番組内では、鳥取の漁師から直接仕入れた新鮮な鹿肉で、表面を湯がいたレアなもも刺しと紹介。店舗を訪ねた出演者は醤油だれにつけて、「うまい」「クセない」と舌鼓を打ちながら食べていた。
しかし、シカ肉の刺身をTV番組で紹介したことについて、SNSでは、「ジビエを発信してくれるのはいいけど、刺身はあかん」「ジビエの刺身なんて自殺行為」「またテレビでジビエの刺身を紹介??? そんな恐ろしいことをよくやりますね」など批判の声が多くあがった。
番組の公式サイトは放送後、「実際にはお店は加熱してから提供しておりましたが、説明が不十分で誤解を与える表現となってしまいました。関係者のみなさま、並びに視聴者のみなさまにお詫び申し上げます。なお、野生動物の肉を食べる際は、厚労省のガイドラインなどに沿って、十分に加熱して下さい」との説明文を公表している。
なお、ジビエの衛生管理について、厚労省のホームページでは、「生または加熱不十分な野生のシカ肉やイノシシ肉を食べると、E型肝炎ウイルス、腸管出血性大腸菌または寄生虫による食中毒のリスクがあります」として、「ジビエは中心部まで火が通るようしっかり加熱して食べましょう」と注意喚起されている。
もっとも、リスクを承知のうえで注文して食べようとする人もいるかもしれない。店側が客に懇願されて生のジビエを提供したため、客が食中毒になったような場合でも、店側は責任を負うことになるのだろうか。澤井康生弁護士に聞いた。
——生のジビエを提供した場合、店側はどのような法的責任を負うことになるのでしょうか。
まず刑事責任について、生のジビエはE型肝炎ウイルス、腸管出血性大腸菌または寄生虫による食中毒のリスクがあるということですから、食品衛生法違反が考えられます。
食品衛生法では有毒、有害な物質が含まれる食品または疑いがある食品を販売することが禁止されています(同法6条2項)。違反した場合は3年以下の懲役または300万円以下の罰金となります(同法81条1項1号)。
店側がE型肝炎ウイルス、腸管出血性大腸菌、寄生虫などの有毒、有害な物質を含まれる食品を販売した場合には、同法違反に該当します。食品衛生法違反は有毒な食品を販売すること自体が違法ですから、実際に食中毒が発生したかどうかに関係なく成立します。
さらに、店側が業務上必要な注意を怠り、客を食中毒にさせた場合、業務上過失致死傷罪の成立が考えられます(刑法211条)。
店側は、客に対し、安全な食品を提供する業務上の注意義務を負っています。この義務を怠り、お客さんに食中毒を発生させた場合には業務上過失致死傷罪が成立し、5年以下の懲役・禁錮または100万円以下の罰金となります。
過去に実際にあったケースとして、店舗でふぐの肝料理を提供したことにより客がふぐ中毒症状を起こした事件があります(坂東三津五郎フグ中毒死事件)。この事件では店側に過失があったといえるのか、すなわち客がふぐ中毒症状を起こすことについて予見できたのかが争点となりました。
この事件について裁判所は、ふぐの毒性や条例による規制、地方自治体による行政指導がなされていたことを前提とした上で、店側には客がふぐ中毒症状を起こすことについて予見可能性があったとして、業務上過失致死罪の成立を認めました(最高裁昭和55年4月18日判決)。
ジビエの場合も、厚労省のホームページで食中毒のリスクについて注意喚起されていること等を考慮すると、店側には客が食中毒を起こすことについての予見可能性は認められるものと思われます。
——民事責任についてはどうでしょうか。
店側には民事上も客に対し安全な食品を提供する義務がありますので、これに違反すると債務不履行や不法行為に基づく損害賠償責任を負うことになります。
この場合、治療費、通院交通費、休業損害、入通院慰謝料などの支払い義務を負うことになります。
民事責任の場合も店側の過失の有無が問題となりますが、刑事責任同様に客が食中毒を起こすことについての予見可能性は認められ、過失は肯定されると思われます。
——客側がリスク承知で提供を懇願していたという事情があった場合、前述の法的責任に何か影響はありますか。
食品衛生法違反は有毒な食品を販売すること自体が違法ですから、客からの懇願があったという事実は犯罪の成否に影響はしません。
業務上過失致死傷罪の場合、客がリスク承知で懇願したという事情をとらえて、「被害者の承諾」があったと評価できるかどうかが問題となります。被害者の承諾は一定の場合、犯罪の成否に影響を与えることがあります。
たとえば、窃盗罪の場合、被害者の意思に反して財物を窃取することが構成要件とされているので、被害者の承諾があれば窃盗罪は成立しないとされています。また、傷害罪の場合、軽度の傷害で被害者の承諾があれば違法性が阻却され、傷害罪が成立しない場合もあるとされています。
しかしながら、本件のようなケースで、最悪死に至ることもある食中毒になることまで客が覚悟して懇願するとは通常考えにくく、犯罪の成否に影響するような被害者の承諾があったと認めるのは難しいと思います。
たとえ客がリスク承知で懇願したという事情があったとしても、「被害者の承諾」として認められないのであれば、業務上過失致死傷罪の成立には影響しないことになります。
一方、民事における損害賠償責任の場合、客がリスク承知で懇願したという事情は、店側の損害賠償責任を減額する要素となることはありえます。
損害賠償において被害者にも一定の過失がある場合、裁判所は公平の観点からこれを斟酌して損害賠償額を定めることができるとされています(民法722条2項)。いわゆる「過失相殺」といわれているものです。
本件のようなケースで、客がリスクを承知で懇願したことに起因して提供した食べ物から食中毒が発生したのであれば、客が安易にそのような懇願をしたことについて過失が認められる可能性があり、店側の損害賠償責任をいくらか減額する要素となることはありえます。
【取材協力弁護士】
澤井 康生(さわい・やすお)弁護士
警察官僚出身で警視庁刑事としての経験も有する。ファイナンスMBAを取得し、企業法務、一般民事事件、家事事件、刑事事件などを手がける傍ら東京簡易裁判所の非常勤裁判官、東京税理士会のインハウスロイヤー(非常勤)も歴任、公認不正検査士試験や金融コンプライアンスオフィサー1級試験にも合格、企業不祥事が起きた場合の第三者委員会の経験も豊富、その他各新聞での有識者コメント、テレビ・ラジオ等の出演も多く幅広い分野で活躍。陸上自衛隊予備自衛官の資格も有する。現在、朝日新聞社ウェブサイトtelling「HELP ME 弁護士センセイ」連載。楽天証券ウェブサイト「トウシル」連載。毎月ラジオNIKKEIにもゲスト出演中。新宿区西早稲田の秋法律事務所のパートナー弁護士。代表著書「捜査本部というすごい仕組み」(マイナビ新書)など。
事務所名:秋法律事務所
事務所URL:https://www.bengo4.com/tokyo/a_13104/l_127519/