2022年07月05日 10:01 弁護士ドットコム
政府が働き方改革の中で副業・兼業の容認を打ち出したことや、コロナ禍に伴うリモートワークの普及によって、副業を持とうとする人が増えている。
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特に若い世代には、本業以外の場でも通用するスキルを得たいというニーズも強く、ちょっとした「副業ブーム」が起きているようだ。
しかし東洋大経済学部の川上淳之教授の研究で、すべての副業が「成長」や「幸福」につながるとは限らないことが明らかになった。では恩恵を受けるのは、どのような人々なのか。川上教授に聞いた。(ライター・有馬知子)
政府は2017年「技術開発やオープンイノベーションに有効」として副業推進の姿勢を打ち出した。東洋経済の調査によると、副業を認める企業の割合は同年に17%だったが、2021年には38.2%に上昇。総務省の家計調査によると、2人以上の世帯で世帯主が副業を持つ割合も、2017年の1%台前半から2020年には2.5%に伸びた。その後コロナ禍の影響もあって一時低下したものの、昨年6月以降、再び上昇ラインを描いている。
最近の風潮では、副業というと「ホワイトカラー正社員が、自己実現や社会貢献のために手掛ける」と言ったイメージが強いかもしれない。しかし「副業」の内実は非常に多様化していることが、川上教授の研究で分かった。
まず副業率が高い層は、年収200万円以下の低所得層と、1000万円以上の富裕層に二極化していた。
16.6%は兼業農家で、副業を持つ人のうち正社員を本業とする人は、18.3%に過ぎなかった。企業に雇用されている人の28%は、本業もパート・アルバイト、つまりバイトの掛け持ちで、46.7%は契約・派遣など非正社員。副業を持つ理由(複数回答)も、最も多かったのが「収入を増やしたい」(57.3%)、次が「1つの仕事では生活が成り立たない」(29.0%)だった。
「副業を持つ人の中には、アルバイトを掛け持ちする学生やワーキングプア層もいれば、経営者や高度専門職、大企業の社員もいて、そのすべてに『副業を持つと本業のパフォーマンスが上がる』というロジックは当てはまらないのです」
では「副業でパフォーマンスが上がる人」とはどのようなグループを指すのか。
川上教授は労働者を、専門職や管理職のような「分析的職業」、事務や接客などコミュニケーションの必要な「協働的職業」、体を動かして働く「運動的職業」の3つに分けた。さらに副業を持つ動機を「スキルを得たい」「金銭を得たい」の2つに分類し、分析した。この結果、「スキルを得たい」を動機とする「分析的職業」のグループのみ、副業を持った後、本業の賃金率(時間あたり賃金)が1年前に比べて上昇した。
分析自体は複雑なものだが、かなり簡潔に説明すると、協働的職業では、副業保有に関わらず賃金率の伸び方は変わらない。一方で、分析的職業で金銭的動機の場合では、副業を持っても持たなくても違いはわずかだが、分析的職業でスキル動機の場合は明らかに、副業を持つ人の賃金率の伸び方が大きい。
このグループのパフォーマンスが上がるメカニズムとして、川上教授は「経営学の越境的学習の概念で説明できるのではないか」と分析する。
越境的学習は、本業とは別の仕事に挑むだけでなく、その経験を振り返って本業にフィードバックすることが重要だ。副業から本業へ、そしてさらに本業の振り返りも副業に還流させるという「サイクル」を生み出して初めて、学びにつながるという。
「スキルアップを目指す人は、もともと仕事を振り返り、経験を積み上げようという心構えを持っているため、サイクルが回りやすいと考えられます」
社外での副業だけでなく、希望者が所属部署以外の仕事にプロジェクトベースで参加する「社内副業」などについても「社員と業務をうまくマッチングできれば、社員も学びを得られるし、会社も有用な人材を育成できるという、双方にとって良い結果を生み出せる可能性があります」と、川上教授。
さらに部下の内発的動機によらない、日常的なジョブローテーションであっても、「上司が異動の際、部下に『そこで得た経験を振り返って生かそう』と一言声を掛けるだけで認識が変わり、パフォーマンスが上がるかもしれません」とも指摘した。
副業を持つビジネスパーソンが、生き生きと働く様子をSNSなどでしばしば目にする。彼ら彼女らの姿を見て「私も副業で成長し、キャリアを輝かせたい」と憧れる向きもあるだろう。しかし川上教授は「むやみに副業を持とうとせず、本業以外の余暇時間を副業に振り分けることで自分のウェルビーイングが上がるかどうか、きちんと見定めた方がいい」とアドバイスする。
川上教授は、副業を持つ人と副業希望者、そして副業を希望しない人の幸福感を比較した。その結果、収入目的での副業の場合、最も幸福を感じるのは副業を希望しない人だった。次いで幸福度が高いのが、実際に副業している人、最も低いのが副業希望者だったという。
「収入目的の副業を持ちたくても持てない場合、生活が立ち行かなくなるリスクが大きなストレスとなります。副業を得れば生活の不安は和らぎますが、仕事が増えることで新たなストレスも生じるので、希望しない人に比べると幸福感がやや下がると考えられます」
ただ収入目的であっても、「ちょっとしたお小遣いを貯めたい」「今より少しぜいたくな生活をしたい」という人はストレスが低い可能性もある。また演劇、芸術などの活動のかたわら、収入も得ようと働いている人は『自分のやりたい活動ができている』という満足感がストレスを軽減し、幸福度が高まるケースもあると考えられる。
一方、スキルアップが目的の場合、実際に副業を持っている人の幸福感が、副業希望者、非希望者よりも高まるとの結果が出ており、ここでもスキル目的の場合は、副業を持つメリットが高いことが示された。
「ただ子どものいる家庭などの場合、スキル目的で副業を始めたとしても、ワークライフバランスが崩れて結果的に幸福度が低下してしまう恐れもあるので、注意が必要です」
川上教授の調査を見ると、副業を持つ人の中には「本来は、本業一本で生活が立ちゆく状態が望ましい」層も、かなりいることが分かる。特に世帯年収200万円以下の層では、シングルマザーや介護を担う女性が、副業を持つケースも多かった。
「こうした女性たちは、介護や育児のため労働時間の長い正社員として働けず、パート・アルバイトを掛け持ちしていると考えられます。『細切れ就労』が、キャリア形成に悪影響を及ぼしている恐れもあります」と、川上教授は指摘する。
「彼女たちには育児・介護支援を通じて長時間、1つの職場で働ける環境を整える必要があるかもしれません。正社員転換やキャリア育成支援の仕組みを作り、将来への展望を持ってもらうことも重要です」
入社間もない若手も、多くの場合、一定期間は本業に専念する方がキャリア形成に好影響を与えるのではないか、と川上教授は仮説を立てている。
「ほとんどのビジネスパーソンにとって、20代前半は仕事の内容や回し方を理解する時期でしょう。本業で経験がある程度積み上がった後の方が、副業を選びやすくもなり、副業を通じた学びもより豊かになるのではないかと考えています」
さらに「本業」側の企業の管理職は、部下が副業を望んだ場合、「なぜ希望するのか」について本人とコミュニケーションを取ることが大事だと、川上教授は強調する。
「副業を望むということは、部下に本業では満たされない『何か』がある、ということです。本人から話を聞き、部下の不満が収入なのか経験なのか、それともキャリア形成の仕組みなのかを明確化することで、職場を改善する道が開けるのではないでしょうか」
<記事中で紹介した表やグラフは「労働政策フォーラム『副業について考える』川上教授の基調講演資料」より>