2022年07月04日 14:31 弁護士ドットコム
伝統的な生産方法や地域特性を活用した産品の名称(地理的表示)を知的財産として登録・保護する制度「地理的表示(GI)保護制度」における「八丁味噌」の登録をめぐり、愛知県岡崎市の八丁味噌の老舗「まるや八丁味噌」が起こした裁判で、東京地裁は先ごろ、訴えを却下する判決を言い渡した(6月28日)。
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地理的表示法にもとづき、「愛知県味噌溜醤油工業組合」(名古屋市)による生産地を愛知県全域とする八丁味噌が2017年、GI登録されていた。
まるや社など2社は八丁味噌の発祥の岡崎市八帖(はっちょう)町の産地のものに限って認めるべきだとして、登録の取り消しを国(農水省)に求めた。しかし、2021年に棄却されたため、まるや社は同年、登録の取り消しをもとめて東京地裁に提訴した。
東京地裁は、訴訟できる期間の6カ月を過ぎていることなどを理由として、訴えを却下。登録取り消しをめぐる判断には踏み込まなかった。
このままでは「八丁味噌」の名前を使えなくなると危惧する同社は7月4日、記者会見を開き、東京高裁に控訴する考えを表明した。
同社の浅井信太郎社長(73)は「命ある限り、この問題に取り組む」と国を相手に徹底抗戦する構えを示している。
会見では、まるや社の社長や代理人をつとめる犬塚浩弁護士らが、地裁判決の内容や、これまでの経緯について説明した。
まるや社ら岡崎市の2社でつくる八丁味噌共同組合は、GI登録制度の開始(2015年)とともに申請をおこなったが、農水省から「生産地を愛知県に広げなければ登録は困難」などと説明され、2017年6月に申請を取り下げた。ところが、同月、愛知県組合による申請が公示され、同12月に登録に至った。
農水省でも「八丁味噌のオリジナルは岡崎である」という見解を示しているという。
まるや社などによる岡崎の八丁味噌と、愛知県の組合がつくる八丁味噌の製法(熟成期間が2年と3カ月、水分量が異なる等)で作られているというが、農水省はそれを同一であると判断したという。
結果、品質の異なる「八丁味噌」が市場に並び、消費者に混乱する事態を招くのではないかとまるや社側は懸念している。
行政不服審査請求もおこなったが、審査庁(農水省)は、岡崎と愛知6社の八丁味噌の品質が大きく異なるとは言えず、GI登録によって消費者に多大な混乱をもたらすとは評価できないなどとして、棄却の裁決を出した(2021年3月)。
そこで2021年、まるや社は、国(農水省)を相手取り、県組合の登録取り消しを求めて東京地裁に訴訟を起こしたが、今年6月28日、東京地裁は訴えを却下したというのがこれまでの経緯だ。
訴えの却下の理由は、審査請求をしたのは組合(まるや社含む2社)であって 、提訴したまるや社とは法人格が異なり、さらに提訴期限(登録を知った日から6カ月間)を経過したというのが主な理由だ。
地理的表示法が改正(2019年)され、先使用権がなくなったため、判決が確定すれば、2026年には「八丁味噌」を名乗ることができなくなるおそれも生じる。
それでも名前を使い続けるためには、商品パッケージに「八丁味噌(GI登録のものではない)」などのカッコ書きが必要になるのでないかというが、まるや社としては「現実的ではない」との考えだ。
この問題をめぐっては、登録見直しに関する要望の署名が10万件以上集められたという。また、愛知県の組合には約40社が加盟するが、実際に「八丁味噌」を作っているのは6社だそうだ。
県組合のメーカーの中には、岡崎の八丁味噌を「愛知県の八丁味噌」とすることへの「後ろめたさはきっとあると思う」と社長は言う。
「八丁味噌を独占するようなものではまったくない。文化を守る一助となるはずです。消費者が消費者目線で選べるようにしてほしい」
なお、まるや社側は「愛知県の組合は『愛知八丁味噌』で申請を出していたが、農水省から『八丁味噌』として名前を変えて申請するように指導を受けた」との情報を聞き及んでいるとした。
訴えが却下された理由の1つは、岡崎の組合ではなく、まるや社だけで提訴したことも理由となっている。
もう1つの会社が裁判に参加しなかった背景を、犬塚弁護士がこのように説明する。
「決して、まるや社と対立しているわけでもありません。この会見についても、事前に訪問してご説明しました。地方のいち民間企業が国を相手に訴訟する抵抗感があったり、現実問題として地方で訴訟を提起することのへのネガティブな意見も寄せられています」
控訴審では、1社でも訴訟提起が認められるべきとし、現在の「八丁味噌」登録処分が違法であることを主張していく。
「古くからやりかたをかえず、伝統を守ってきました。中小企業の伝統産業が淘汰されず生き残ってきたのは消費者が選んできたからです」(浅井社長)