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すべての女性被収容者に「無償で生理用品を」、上智大の学生たちが「入管」を動かす

2022年07月03日 10:51  弁護士ドットコム

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「生理の貧困」という言葉が、日本のメディアで話題になったのは、コロナ直前のこと。その後、コロナ禍で生活が厳しくなった女性やその家族の声を代弁するように、SNSを中心に展開されたアクションを受けて、「生理の貧困」は社会問題として広く認知されるに至った。


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この延長線上にあるのが、上智大学総合グローバル学部の田中雅子教授と学生、被収容者・仮放免者、また入管で面会活動をおこなうボランティア団体『BOND~外国人労働者・難民と歩む会~』や、賛同団体とともに進めた「#入管被収容者にも生理用品を」というソーシャル・アクションだ。



入管側は、収容施設にいる女性が生理の際、どう対応してきたのか。田中教授たちは横浜入管で女性の被収容者への聞き取りをおこなうと同時に、「国際規範」を参照して入管に働きかけることで、施設内での生理用品の無料配布を実現させた。



入管法、そして巨大な裁量権の壁が立ちはだかり、外からの声を届けにくい入管に対して、どのように要請することで被収容者の処遇は改善されたのか。そのプロセスについて、田中教授に聞いた。(取材・文/塚田恭子)



●ニーズがないからではなく、自分からは口にしにくかった

田中教授が担当する「国際協力論演習」(2021年度)から始まったソーシャル・アクション「#入管被収容者にも生理用品を」。



「前年度に入管・仮放免の問題に取り組んでいた学生たちは同じテーマの継続を希望していたのですが、新たにゼミに入った学生の中に『生理の貧困』の問題に関心を持つ人がいたんです。



このテーマは『みんなに生理用品の配布を』という話になりがちですが、まず考えるべきは、『生理の貧困』から最も取り残されているのは誰か、ということです。であれば、入管収容施設という最も取り残された場所にいる女性たちの、生理をめぐる状況を確認してはどうか、と。



そんなところから、2つの異なるテーマに関心を持つ学生たちが一緒に取り組むことができる課題がスタートしました」



生理については宗教や民族などによって、さまざまなタブーがある。語ることへの違和感、その有無などは個人差も大きい。だが、面会に応じた被収容者や仮放免者からは「よくぞ(生理にまつわる話を)聞いてくれた」という感謝の言葉が返ってきたと、田中教授は言う。



「女性の被収容者に面会するのは、女性とは限りません。男性パートナーだけが面会に来るケースもあります。その場合、家族であっても、細かい説明をして『こういう生理用品を買ってきてほしい』と伝えるのは難しく、頼みにくいことです。



それまで被収容者が生理用品について口にしなかったのは、ニーズがないからではなく、自分からは口にしにくかったからでしょう。『本当はもっと早くこの問題に気づいてほしかった。だから聞いてもらえて嬉しかった』と面会でそう言われました」



田中教授と学生は、面会を通じて被収容者から次のような話を聞き取っている。



<最初は生理用品がなくて困っても、他の被収容者に言えませんでした。彼女たちからナプキンを分けてもらったとき、涙が出ました。私も、新しく入ってきた人には、ナプキンなど必ず分けて、助け合うようにしています>(Cさん)



<生理用品は、友人の助けで、なんとか手に入れていました。節約するために、1枚のナプキンを何度も使うこともありました。ナプキンの上に敷いたトイレットペーパーだけを変えて、ナプキンを使い回すのです。入管から必要なものを発注できるコンビニには、2種類しかナプキンがありません。大きいサイズのナプキンはないので、月経量が多い女性は大変でしょう>(Dさん)



●被収容者への生理用品の無償支給を求める要請行動をはじめる

面会での聞き取りに加え、国内外の規範に照らし合わせても、入管の生理用品の支給体制には問題があるとみた田中教授たちは、入管に対して、被収容者への生理用品の無償支給を求める要請行動を開始する。



コロナ禍以降に東京入管(品川)にいた女性被収容者が移送された横浜支局に、最初の要請書を提出したのが2021年8月25日。その後も名古屋や大阪で、支援者や入管職員と面会し、約半年の間に2度、追加の要請書を出している。



3月上旬に3度目の要請書を提出した直後、横浜支局から連絡をもらった田中教授と学生は、横浜支局長や職員と、1時間ほど意見交換をおこなうことができたという。



「入管側と直接、話したことで、被収容者から聞く話と、職員から聞く話には細かいところで若干のズレがあったこともわかりました」



外の人の助けがなければ、必需品の生理用品が入手できない。被収容者はそう話していたが、入管側は以前から経済的な困窮者には、無償提供をおこなっていた。また、自費購入の際の生理用品の選択肢を被収容者は2種類といっていたが、入管側によれば4種類あった。



両者の話にはこうした齟齬があった。配布がなかったケースについて、田中教授は入管側が被収容者を困窮者と見ていなかったことがその理由ではないかと推測している。



半年にわたる要請行動の間に、横浜入管では、2021年10月1日から全被収容者に1日7個の生理用品の個別配布が開始された。また、2022年3月3日から、個別配布に加え、共用スペース(シャワールーム)に昼用・夜用のナプキンが一括配備されるようになった。



「最初に要請書を提出する時点で、対面での話し合いができていたら、もっとスピーディに事が運んでいたかもしれません。それでもある程度の結果を出せたこと、最終的に直接対話ができて、入管側にも被収容者への処遇をよくしたいと思っている人がいると確認できたのはよいことでした」



●大切なのは対話のチャンネルを持ち続けること

要請行動を起こしたのは、名古屋入管でスリランカ人女性が命を落とし、社会の目が厳しくなっている最中のこと。こうした中、要請をおこなうに当たって、田中教授は、国際規範を間に置いて入管に提案する方法を取ったという。



「意見が対立する相手と話をする際、私は適正な国際規範やアジェンダなどを探し出して、それを利用します。今回、私たちは、東京弁護士会がつくった『エクスペクテイションズ(期待される状態)日本版:入国管理局被収容者の取り扱いと状況を評価するための基準(案)』(※)を間に置いて、入管側と話しました。



東京弁護士会は以前から、被収容者に生理用品を配布するべきだとしていますし、国際規範においても、生理用品の配布はデフォルトになっています。



私たちの要求として、生理用品の配布を主張しても、入管側は応じませんし、実際、これは私たちの要求ではありません。国際規範に基づいて、当事者の要求を代弁し、入管の内規を変える。そのためにエクスペクテイションズを間に置いて、要請をおこないました」



また、要請する際、大切なのは、相手の側に立って考えることだと田中教授は言う。



「入管にとっては、内規を変更すれば、支出や職員の負担が増えるといったデメリットもあるでしょう。それらを考慮してもやらなければいけない理由を見い出せなければ、彼らは前に進みません。



彼らを動かしたければ、彼らの目の前にある壁を乗り越えるための梯子をこちらが提供すればいいんです。



担当者が早く上司の決裁を取れるように、判断材料となる国際規範や他の国の事例などを集め、入管が内規を変更せずにいたらどんな不利益を被るかを文書にまとめる。ソーシャル・アクションで効果を生むためには、感情よりも、論理的に話を展開することが重要です」



2010年に大学で教え始めるまで、長く海外のNGOなどで活動し、常に体制側とどう対話するかを考えて行動してきた田中教授は、大切なのは対話のチャンネル(窓口)を持ち続けることだとも続ける。



「一番避けたいのは、対話のチャンネルをなくすことです。何かあったときに電話をできる相手がいるか否かは、当事者(被収容者)の命に関わることにもなります。チャンネルを断たずにロビー活動することは大切だし、高度なスキルが必要です。だからこそ、教育としてやるべきだと私は思っています。



人と交渉し、資料を分析し、話をまとめる。ソーシャル・アクションを通じて、こうした力を養うことができます。日本の学校でも、課題解決型の教育をおこない、アクションを起こすことのできる若者を社会に送りだすべきでしょう」



●若い世代が運動に参加することの意義は小さくない

2021年5月、政府が提出した入管法改正案が廃案になった際も、メディアは学生による反対運動を広く報道したように、若い世代が運動に参加することの意義は小さくない。



「どんな役所でも、学生ががっかりするようなことをしてはいけないという気持ちは持っています。横浜支局長は同席した学生に、『あなたたちが本当に入管を良くしたいと思うなら、ぜひ職員になってください』と言いましたが、これは本音なのだと思います」



田中教授のゼミ受講生の中には、支援団体に所属して、入管での面会活動をおこなっている学生もいる。



今回のアクションを機に、今後は生理用品だけでなく、エクスペクテイションズで提案されている他の項目についても、面会で聞き取りをしながら状況を把握し、内規の改善につなげてほしいと田中教授は言う。



入管側と支援団体が、定期的に対話の機会を持つこと。それが被収容者への処遇改善につながることは間違いないだろう。



【プロフィール】
たなか・まさこ/1967年生まれ。上智大学総合グローバル学部教授。国際協力論、ジェンダー論、南アジア地域研究を教える傍ら、国内外の市民運動や国際協力の実務に携わる。滞日ネパール人のための情報提供ネットワークコーディネーター。著書に『ネパールの人身売買サバイバーの当事者団体から学ぶ―家族、社会からの排除を越えて』、監訳・編著に『厨房で見る夢在日ネパール人コックと家族の悲哀と希望』(ともに上智大学出版)など。



(※)「エクスペクテイションズ(期待される状態)日本版:入国管理局被収容者の取り扱いと状況を評価するための基準(案)」
https://www.toben.or.jp/message/pdf/ExpectationsJPN.pdf