2022年07月01日 10:01 弁護士ドットコム
刑事事件の容疑者(被疑者)が不起訴となることがあります。検察官が起訴しなかった、簡単にいえば、裁判にかけなかったわけです。
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ちなみに、弁護士白書によると、被疑者の不起訴率は「36.9%」(2017年)になっているそうです。
注目事件の場合、起訴・不起訴は一つのニュースになるため、報道されることもありますが、ここでよく目にするのは(検察官が)「不起訴の理由を明らかにしなかった」「回答を差し控えた」という紋切り型の文言です。
検察官が不起訴の理由について説明を尽くそうとしないのには、いかなる理由があるのでしょうか。
「検察は不起訴の理由を明らかにしなかった」とする記事は、最近のものも探せば簡単に見つかりました。
横浜地検が不起訴処分(6月23日)としたのは、女性を乱暴しようとしたとして、強制性交未遂の罪で5月に逮捕された元読売新聞社員の男性です。記事によれば、4月の事件当時は、横浜支局で警察の取材を担当していた記者で、同社は処分の日に懲戒解雇としたといいます(6月23日の時事ドットコムニュース)。
また、名古屋地検が6月8日に不起訴処分としたのは、犯罪収益移転防止法違反の罪で4月に書類送付された愛知県警の警察官でした。違法な金融業者に自分の名義の口座情報を提供したという疑いがありました。懲戒処分(停職1カ月)を受け、依願退職していたといます。これも「理由は明らかにしていない」と報じられています(6月9日の中国新聞ネット記事)
ほかに、「諸般の事情を考慮した」というパターンもありますが、これだって読者が得られる情報という面では、何も答えていないに等しいのではないでしょうか。
一方、理由が明らかにされる場合もあります。
広島地検が不起訴処分(6月7日)としたのは、夫を殺害したとして1月に自首し、逮捕された女性です。処分の理由を「容疑者死亡のため」としています。(6月7日の中国放送ネット記事)
検察が起訴・不起訴を明らかにする・しないの根拠はどこにあるのでしょう。
東京地検公安部の元検事、落合洋司弁護士に聞きました。
——そもそも、検察は起訴したかどうかを当事者に知らせるものですか。また、第三者に向けて公表しなければならないのでしょうか。
告訴・告発があった事件では、刑事訴訟法上、検察が処分をおこなった場合、速やかにその旨を告訴人などに通知しなければなりません。また告訴人などが請求すれば、速やかにその理由を告げる必要があります。
犯罪被害者が求めた場合、処分結果などについて通知する運用がされています。しかし、そういった内容を検察が公表すべき義務は法令上ありません。
——刑事訴訟法には「訴訟に関する書類は、公判の開廷前には、これを公にしてはならない。但し、公益上の必要その他の事由があつて、相当と認められる場合は、この限りでない」(47条)とあります。起訴・不起訴の情報の公開について考えるうえでの根拠とならないでしょうか。
刑事訴訟法47条は、あくまで訴訟関係書類についての規制で、検察広報のあり方を直ちに規制するものとは言えませんが、検察広報のあり方を考えるうえで、その精神は参考にされていると言えるでしょう。
現行の法令上、捜査・公判に関する情報を公開する義務が検察にはないことを前提に、刑事訴訟法47条も参考にしつつ、広報のあり方が検察の裁量に大きく委ねられているのが現状でしょう。
——どのような事情から不起訴(嫌疑なし・嫌疑不十分・起訴猶予)の理由を公表しないのでしょうか。
たとえば、嫌疑なしや嫌疑不十分による不起訴では、その判断に至った理由を明らかにすることで、関係者の名誉、プライバシーに影響を及ぼす可能性があります。
起訴猶予の場合は、その理由を明らかにすることで、関係者の行動(たとえば示談に至ったことなど)に批判が寄せられたり、興味本位に取り沙汰されるといった弊害もありえます。
理由を明らかにすることで巻き起こる、作用に対する反作用のようなものを避けたいと検察は考えがちだと思います。
——「騒ぎ」になることは避けたいという意向が強いのですね。一方で、公表をめぐって検察が逡巡するとすれば、どのようなケースでしょうか。
たとえば、当初の報道では悪質性が強く感じられた性犯罪の事件で考えてみましょう。その後、被害者との示談が成立しただけでなく、被疑者も強く反省し、さらには指導監督体制も整ったことから、不起訴処分になったケースです。
示談の公表を被害者が希望していない場合、不起訴の経緯を公表しないことはその意向に沿うことになります。反面、公表しないことで、当初の報道に接した人に、犯罪者が野に放たれたような不安を与える、といったことが考えられます。
——理由を公表するかどうかの決定プロセスのなかに、検察以外の機関・人間等の判断が入ることはありますか。
基本的には、検察組織自体の判断になりますが、事案の内容や社会的影響に応じて、法務省と協議したり、その協議の過程で、政治の意向が法務省経由で伝えられて検察の参考にされることはあるでしょう。
外形的には政治の圧力に見える事態もないとは言えません。
——検察による「国民への説明責任」をどう考えればよいでしょうか。
尖閣諸島中国漁船衝突事件では、中国籍の船長の処分をめぐり、検察がどのように扱うのかについて、外交問題も絡んで大きく注目されました。今後も、こういった外交問題も絡むような案件では同様の事態が生じる可能性があるでしょう。
このように、刑事事件や、その検察における取り扱い、処分についての関心が、かつてより大きく高まっている中で、慎重さが行き過ぎて広報が不十分になることで、国民の不安、不信が根強く残ったり刑事司法に対する信頼が失われる事態もありえます。
検察広報にあたり、単に消極に終始するのではなく、国民に対して必要な情報は提供するという積極性も求められていることを肝に銘ずべきだと思います。
【取材協力弁護士】
落合 洋司(おちあい・ようじ)弁護士
1989年、検事に任官、東京地検公安部等に勤務し2000年退官・弁護士登録。IT企業勤務を経て現在に至る。
事務所名:高輪共同法律事務所
事務所URL:https://yjochi.hatenadiary.com