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『プレバト!!』出演の俳人・夏井いつきが語る「オファーの裏側」と「100年先で俳句を実らす」決意

2022年06月30日 17:10  週刊女性PRIME

週刊女性PRIME

7月14日には、全45編の連載をまとめた傑作エッセイ集『瓢箪から人生』を刊行する夏井いつき

「ポカンとしました……」
「明らかに間違っている!」

 つまらない俳句には、厳しくダメ出し。『プレバト!!』(TBS系)で、忖度なしの辛辣な批評が人気になったのが夏井いつきの「俳句の才能査定ランキング」だ。

『プレバト!!』を引き受けた理由

「こんなに続くとはまったく想定してなかったですし、出演は1回で終わると思っていました。1回目の収録で、モニター越しに浜田雅功さんがゲラゲラ笑っていて、“俳句おもろ~”って机を叩いていたのは印象に残っています」

'13年に初出演して、現在は9年目に突入。『プレバト!!』は生け花や料理の盛りつけなどさまざまなジャンルで芸能人が才能を競い合う番組だが、夏井の俳句査定がダントツの人気を誇る。最近の俳句ブームの火つけ役になったのがこの番組だった。

「教養の要素を取り入れた新しいバラエティーを作りたいということで始まったのが『プレバト!!』。俳句の先生をキャスティングしたいけど誰に声をかけたらいいかわからなくて、NHKの俳句番組を片っ端からスタッフみんなで見て、オファーを決めたって聞きました。なんで私だったの?ってお酒の席で聞いたら、“バラエティーのスタッフが声をかけても、怒られなさそうだった”って(笑)

 しかも、制作側の勘違いがあったという。

「松山違いのうっかりオファーでした。私が住んでいるのが愛媛の松山だと知らず、埼玉の東松山だと思ってたそうです(笑)」

 彼女にとっても、番組出演はありがたいチャンスだった。

「俳句の普及のために何かできないかと模索していた時期だったんですね。バラエティーであろうと、ちゃんと種をまかせてもらえる企画であれば出ようということで引き受けました」

 夏井は愛媛県に生まれ、京都の大学を卒業後に中学校の国語教師になった。飲み会で、俳句を使って席順決めゲームをしたことが、この道に興味をもったきっかけだという。

 25歳で結婚して2人の子どもを出産し、子育てしながら教師の仕事にもやりがいを感じていたが、30歳のときに家庭の事情で退職を余儀なくされた。その後、離婚と再婚を経験し、俳人として活動していた折にテレビから声をかけられる。

「私にオファーしたときはまだ、制作陣は俳句が面白いとは思っていなかったでしょうね。それが今では番組を見た人たちが“俳句って面白い”“日本語ってすごい”、小学生たちが“夏井先生、助詞すごいですね”って言い出すようになってきました。『プレバト!!』という番組は、それまでの俳句番組では実現しなかった俳句への間口を広げるきっかけになってくれたんです」

スタッフの“俳句知識”が分厚くなって

 コテンパンにけなされて、“おっちゃん”こと梅沢富美男がキレることも。

スタッフから厳しくやってくれ、なんてお願いされたことはないですよ。いい俳句はいい、下手なもんは下手って言ってきただけです。番組側も、CM前に“ここにはどんな助詞が入る?”ってナレーションを入れるなど、見せ方を考えていく。そこからリビングで、家族が集まって“これは『や』かな~”なんて言い合うようになってきた。番組やスタッフは、“俳句の種まき運動をバックアップしてくれる同志”という感じですね」

 夏井は作者が誰か伏せられた俳句を採点。「才能アリ」「凡人」「才能ナシ」にランク分けして順位を決定する。好成績を残すと特待生になり、さらに名人に昇格。最高位の永世名人には梅沢や東国原英夫なども名を連ねる。

私は出演者それぞれの個性に合わせて、どう俳句の力を育てていけばいいか考えるだけです。おっちゃんは正攻法で、俳句の王道のところで何度も繰り返して、しっかりと実力をつけてもらう。東さんは発想力がとんでもないので、自分の発想を技術でコントロールする方法を伝える。内容に注目して番組を見てもらえると、私が怒っているだけではなくて、作者ごとに指摘する内容の違いも楽しめると思いますよ」

 出演者が腕を上げるにつれて、スタッフも俳句への興味を深めていった。

「最初のころはスタッフの俳句脳が育ってないから、とんちんかんなことばっかりだったんです。詠まれた俳句の光景を再現するVTRは、俳句の解釈をわかってないととんでもない映像になる。当初は、オンエアで初めてVTRを確認して、驚いて抗議することもありましたが、今は、スタッフの知識が分厚くなってきて、指摘することがほとんどなくなりました」

 成長したことで、編集の手法やタイトルの入れ方が巧みになってきた。

「自分が俳句に詳しくなったら番組がよくなっていくんだ、というスタッフの向上心が育っているんですよ。こっそり俳句をやり始めた人もいますし、私が選者をしている『おウチde俳句くらぶ』に投稿している人もいます。スタッフの意識の変化が、出演者の実力にもそのまま反映されていますよね」

「楽しくないと俳句じゃない!」

 夏井は番組のほかにも俳句の種まき活動を精力的に行っている。『プレバト!!』効果を感じることも多い。

「『句会ライブ』にいらっしゃるお客さんの質が変わってきました。以前は、俳句に興味があって、もうちょっと上手になりたい、勉強したい、という人たちでした。今は、作ったことがないけど、番組を見て、“夏井先生がどれだけ怖いか見にきた”という人たちが何百人、多いときは1500人ほども会場に足を運んでくださるようになりました」

 一般の人たちが俳句に持っていた苦手意識を拭い去ったが、まだまだやるべきことが残っている。

「俳句は難しい、古くさい、作れないっていう思い込みに対して、どうやって敷居を低くしてその壁をぶち壊すかを、30年やってきました。でも、認知度が広がることと、人生に俳句というアイテムを手にしてくれることには、大きな差があります。教育と文化というのは100年を単位に考えなければいけません。そうしなければ、まいた種は芽を出しただけで枯れてしまいます。ブレない志を持ち続けて、若い人たちに託すしかないんです

 100年というのはあまりにも長い時間だが……。

「近代俳句を生んだ松山出身の正岡子規、高浜虚子、河東碧梧桐の時代は100年以上前。今すべきは、俳句の都・松山の遺産を100年先につなげていくための種まきなんです。25年目となる俳句甲子園では、かつての出場者が引率教員となって俳句甲子園に戻ってくれています。こういうのが肥やし、水、光になって、種を育てていくんです」

 好きだった教師の仕事に未練はない。俳句を使ってコミュニケーション能力を育成することで、教育に生涯関わることができているからだ。

「俳句を作らなくても、面白いって思うだけで十分です。実際に俳句を始めると、句会も楽しいですし、俳号で呼び合う横のつながりが心地よいですよ。今はネットでの投句先もあって、そこでのつながりも広がるようです。上達を目指す楽しみもありますが、プロを目指すのではないですから難しく考える必要はありません。“楽しくないと俳句じゃない!”ですよ」