2022年06月29日 10:31 弁護士ドットコム
PCメーカー・レノボのノートPC「ThinkPad」が、レノボ・ジャパンの直販サイトで特定のクーポンを使うと「7割を超える割引」で購入できるなどとして、このほどSNSで話題となった。
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この件を報じたITmedia NEWSによると、このクーポンは、同社が個人ブログなど、アフィリエイトプログラム参加者向けにレノボが配布したもの。週末限定として配布したクーポンの割引率は「76%」だったという。
クーポンの対象商品はエントリーモデルだけだったが、構成次第では定価20万円を超えるノートPCが、クーポン使用で5万円ほどで購入できる状態だったこともあり、6月17日の深夜から翌朝にかけて、ツイッターなどで話題となった。
もっとも、翌6月18日には、アフィリエイトプログラム参加者に対し、クーポン利用停止に関する通知が届き、後日キャンセル処理するとしていた。その後同社は「割引率を間違えた」と説明。「ショッピングサイトの販売規約でも、今回の件はキャンセルになる」とし、すでに領収書が届いた購入者についてもキャンセルになるという。
領収書が届いたということは代金の支払いが済んでいるということになるが、その段階でも売る側が一方的にキャンセルすることは可能なのだろうか。上田孝治弁護士に聞いた。
——そもそも売買契約はどのように成立するのでしょうか。
売買契約は民法上、「●●を▲円で買います(売ります)」という申込みに対して、相手方が「では、●●を▲円で売ります(買います)」と承諾することによって成立するとされています。
一般的なネット通販であれば、購入者が「注文を確定する」などをクリックすることが売買契約の申込みにあたり、それに対して、販売業者が承諾をすれば契約は成立となります。
ただ、クリック直後に送られてくる注文内容の確認メールは、通常、注文があったことを確認するためのものですので、確認メールの段階ではまだ「承諾」とは言えないとされるのが一般的です。
——今回のケースでは、どの時点で売買契約は成立するのでしょうか。
「Lenovo販売規約(個人のお客様)」(以下、販売規約)では、クレジットカード、銀行振込、分割払いなどの決済手続きが完了した時点で契約が成立するとされています。したがって、販売規約記載の各決済手続きの完了時点でレノボとの間で契約が成立したということになります。
——領収書が届いた購入者もいるとも報じられています。「領収書が届いた」ことは、売買契約の成否に影響がありますか。
「領収書が届いた」という事実は、決済手続きが完了していたということを裏付けるものですので、少なくともそのような方については、「売買契約は成立していた」と言っていいと思います。
——レノボは今回の販売について一方的にキャンセル扱いとするようです。
契約が成立していたとして、レノボ側の一方的なキャンセルが認められるかどうかですが、キャンセルするための理屈としては、(1)民法の錯誤取消し、(2)販売規約に基づくキャンセル(約定解除権の行使)の2つが考えられます。
——まず(1)民法の錯誤取消しについてはどうでしょうか。
販売価格という契約の重要な要素について、レノボ側に勘違い(錯誤)がありますが、クーポンの割引率の設定の誤りという販売業者としてのごく単純なミスが勘違いの原因ですので、レノボ側に「重大な過失」があるといえ、原則として、錯誤を理由とする取消しはできないことになります。
もっとも、レノボ側に「重大な過失」があったとしても、購入者側が、クーポンの割引率の設定が実は間違っていることを知っていたとか、知らなかったけど簡単に間違いに気づくことができた(つまり、購入者側にも「重大な過失」がある)といった事情があれば、購入者側を保護する必要はありませんので、レノボは錯誤を理由に取消しができることになります。
今回のケースで、購入者側にそのような事情(重大な過失)があったかどうかは一概には言えませんが、たとえば、これまでにもレノボが同じような高率の割引での販売を実際におこなっていたのであれば、購入者側も今回の割引率の設定が間違っているとは通常思いませんので、購入者側の重大な過失などの事情は認められないことになり、やはり、レノボは錯誤を理由とした取消しができないことになります。
——(2)販売規約に基づくキャンセル(約定解除権の行使)はどうでしょうか。
販売規約2.1「当サイトに記載された製品・サービスの価格、仕様等の表示に、表示上、作業上その他の理由による客観的に明白な誤りや記述漏れがあった場合、日本国外のお客様から注文があった場合、またはLenovoがご注文のキャンセルの必要を認めた場合、Lenovoがお客様のご注文に対して受注の意思表示を行ったとしてもお客様のご注文をキャンセルさせていただく場合がありますので、予めご了承ください」
まず、過去に高率での割引の販売実績があった場合などは、「76%」という割引率の表示だけでは、販売規約の中の「製品・サービスの価格、仕様等の表示に、表示上、作業上その他の理由による客観的に明白な誤りがあった場合」とはそもそも言えませんので、これを根拠としたキャンセルはできないと思います。
残るのは、規約の中の「Lenovoがご注文のキャンセルの必要を認めた場合」という規定に基づくキャンセルですが、この規定は、レノボ側の自己都合でのキャンセルを認めている内容ですので、この規定に基づくキャンセルであれば一応可能ということになります。
ただし、この規定は、購入者側の自己都合によるキャンセルは認めないにもかかわらず、レノボ側だけに自由なキャンセルを認める内容になっています。
民法上、売買契約については、売主も買主も自己都合でのキャンセルはできないとされていますので、このような一方的にレノボ側に有利な規定について、いかなる合理性を有するのかが疑問な規定と言わざるを得ません。
したがって、購入者が消費者の場合であれば、このような規定自体が、民法の本来のルールと比べて、消費者に一方的に著しく不利な内容となっていると言えますので、消費者契約法の不当条項として無効とされる可能性があります。
仮に、規約の中の「Lenovoがご注文のキャンセルの必要を認めた場合」に基づくキャンセル規定が無効となれば、レノボは、この規定を根拠にキャンセルすることもできなくなります。
【取材協力弁護士】
上田 孝治(うえだ・こうじ)弁護士
消費者問題、金融商品取引被害、インターネット関連法務、事業主の立場に立った労働紛争の予防・解決、遺言・相続問題、不動産・マンション管理法務に特に力を入れており、全国で、消費者問題、中小企業法務などの講演、セミナー等を多数行っている。
事務所名:神戸さきがけ法律事務所
事務所URL:https://www.kobe-sakigake.net/