2022年06月24日 10:21 弁護士ドットコム
国が近年、充実を図ろうとしている「里親制度」。しかし、厚労省のデータによれば、児童養護施設に入所する児童に比べ、里親に実際に委託されている児童(ファミリーホームを除く)は約4分の1ほどで、実態として里親制度が広く利用されているとは言い難い。
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里親制度には、「養育里親」「専門里親」「養子縁組希望里親」「親族里親」の4つのタイプがある。委託児童数がもっとも多いのは養育里親の4456人で、扶養義務のある子を養育する親族里親は817人だ。
里親になるには、児童相談所または自治体の窓口に相談し、申請書を提出する。児童相談所は、里親希望者の面接と家庭訪問を行い、志願者が研修を受講。その後、児童福祉審議会で審議が行われ、認定・登録という流れになる。児童養護施設から里親へ生活の場を変えるケース(措置変更)や親族が引き取る形での里親になるケースもある。
東京都清瀬市にある児童養護施設で施設長を務める早川悟司さん(52)によれば、子を預かった親族が後から里親になる「追認」と呼ばれる仕組みがあるが、これを活用してもらうことに「行政は消極的」だという。
里親制度をめぐる「矛盾」について、早川さんに聞いた。(ライター・小泉カツミ)
2011年3月11日に発生した東日本大震災は、津波被害などによって多くの死者が出た。そして、それと同時に多くの震災孤児を生み出した。
「あの時、震災孤児が241人だったのですが、施設に入った子どもはたった3人で、残る238人は、祖父母や叔父叔母などの地縁血縁の人が里親になったんですね。
よく『日本で里親制度が定着しないのは、欧米は隣人愛の国だから他人の子どもも養育するけれど、日本にはそういう文化がないから』なんて言う人がいましたけど、それは大きな間違いで、日本には最初からそういう文化があったんです。
事実、2002年に始まった『親族里親』制度が誕生する前に起きた阪神淡路大震災でも68人の震災孤児がいて、そのうち施設に入ったのは2人でした。その時も、地縁血縁で引き取ったんです」(早川さん)
日本は災害大国ともいわれるが、交通事故や病気など、親が子育てできなくなる理由はいろいろあるだろう。
親族の子供を預かって育てる場合、「里親」制度を利用すれば、自治体から子供の生活費などが支給される。親族に十分な経済的ゆとりがなくても、里親になることで家計の負担が減り、安心して子供を引き受けられる場合もあるのだ。
2011年10月22日付の時事通信の記事に、こんな内容が掲載された。
「——孤児を引き取る親族は経済的負担も大きく、厚労省は生活費が支給される『親族里親』になるよう呼び掛けている。9月には里親制度を改正。扶養義務がないおじ・おばの場合、3親等内の親族は対象外だった『養育里親』に切り替えることを認め、血縁関係がない里親と同様の手当が受給できるようになった——」
扶養義務がないケースだけではない。扶養義務のある祖父・祖母などの場合でも、後から「親族里親」と認定されれば、「一般生活費」として毎月定額が支給されるのだ。
早川さんによると、子を預かって育て始めた後に「里親」と認定されることは「追認」と呼ぶらしい。
「我々のような施設職員、社会的養護のプロでもほとんどの人が知らないことですが、東日本大震災では、238人はほとんど里親さんとして追認されましたが、これは例外です。
このことを知ってたら、『うちは今、ちょっと経済的にゆとりがないから無理だな。だから時々面会に行くから施設でお願いします』という親族でも、引き取ってあげられるかもしれません。
叔父や叔母でも里親になれるわけですから、現在だったら9万円プラス5万円、子ども一人につきベース14万円が手当てされることになるんです」(早川さん)
ところが、早川さんは、この「追認」について、「首都圏では積極的には行っていない」とみる。
「正確な数字はわかりませんが、親族のもとで暮らす子ども達の数は、施設にいる子どもたちの数を上回る、と聞いたことがあります。
たとえば、『親族里親』のもとで暮らしている(認定されている)というのは、私が知る限り5人くらいしかいません。
親族のもとで暮らしている子供を抱えた家族について片っ端から『里親』と認定すれば、あっという間に施設にいる子供の数を超えます。それをしないで、施設にいる子どもを里親に、と言うのは筋道が違うと思うんです」(早川さん)
東北では「追認」に関する情報が知らされて里親として認定されているのに、東京ではその情報すら知らされていないとは一体どういうことなのか。
早川さんはかつて、その疑問を東京都の担当課に聞いたことがあるという。
「『里親(の追認)という制度があるのに、東京都はなぜ使わないのか』と聞いたんです。その時の担当者が『里親というのは、要保護児童のための制度だ』と言い出しました。
要保護児童の定義は、『現在、保護者がいないあるいは虐待を受けている』のどちらかに当たる児童を指し、このどちらにも該当しない現在親族のもとにいる子どもは『里親の対象にならない』と言ったんです。
つまり、里親制度を知らない親族が善意で子供を預かっちゃったら、要保護児童じゃないと。教えないでおいて、聞かれたらそんな風に言うんですね」(早川さん)
里親を増やしたいなら、親族を認定すればいいと思うのだが、それはやらない。一度認定してしまうと「うちもうちも」となることが予想できるからだろう。潜在的な需要がすごくあるから、「制度利用に雪崩れ込むに違いない」と行政側はみているのかもしれない。
「それを恐れているんですね、きっと。だから1~2家庭だったらどうってことないけど、一気に多くの家庭が一度に制度を利用しようとしたら対応しきれない、と静かにしているんですかね」(早川さん)
早川さんは、生活保護をめぐる問題とも似た構造だとみる。
「社会的養護のもとで暮らしている子どもが受けている虐待の6割はネグレクトです。単純にいって、児童養護施設に来ている子どもの場合、大きな根源は母親の貧困問題なんですよ。
貧困問題だったら生活保護を受ければいいじゃないか、となりますよね。でも、生活保護が必要とされる人の中で受給しているのは、たった2割しかいない。
それで不正受給がどうのとマスコミが大騒ぎして色々報じる。でも、実際に不正受給はどれだけいるのかというと、受給している全体の2%に過ぎない。金額ベースなら0.38%です。
それも保護費を丸々だまし取っているというケースはほとんどなくて、いわゆる申告漏れなんですね。たとえば、受給者の家族、息子がアルバイトして稼いだ金を申告しなかったためだったりするんです。
生活保護を受けている家庭の子どもは、バイトで稼いだ8割を収入として家計に入れなければならない。でも、それを知らないで遊興費に使っちゃったとか、それで不正受給と言われちゃっているんですよ」(早川さん)
「国の厄介になるのは……」と躊躇する向きもあるかもしれない。しかし、これは国民として当然受け取るべき「権利」なのだ。
どうも日本国内には、奇妙な同調圧力が蔓延しているように思える。それを心得た行政側も隠密な行動に走る。「黙っておけばわからないから……」。
それでいいはずはないのだが——。皆さんはどう思いますか?
【筆者プロフィール】小泉 カツミ:『現代ビジネス』、『週刊FRIDAY』、『週刊女性』の「人間ドキュメント」などでノンフィクション著述の傍ら、芸能、アート、社会問題、災害、先端医療などのフィールドで取材・執筆に取り組む。芸能人・著名人のインタビューも多数。著書に『産めない母と産みの母~代理毋出産という選択』、近著に『崑ちゃん』(文藝春秋/大村崑と共著)、『吉永小百合 私の生き方』(講談社)などがある。