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マンションの隣人は「バイオリニスト」 静かに暮らしたい家族の主張が砕かれたワケ 争いは高裁へ

2022年06月21日 10:41  弁護士ドットコム

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騒がしい隣人に悩まされてきたから、今度こそ静かに暮らしたい——。


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そのように考えた家族がマンションを買って住み始めたところ、隣の住人は「バイオリニスト」だと判明。「業者から説明されなかった」と家族は訴訟を起こしたが、裁判所は「販売業者に説明義務なし」との判決を下した。



販売業者の説明義務違反があったのか、そして契約解除のうえで返金が認められるかが争われ、東京地裁判決はいずれも「認められない」としている。家族はこれを不服として控訴した。



地裁判決ではどのような判断がされたのか。マンションの契約事情にくわしい山之内桂弁護士が解説する。



●契約準備段階の説明義務違反を「不法行為責任」とした

——どうして説明義務違反ではないと判断されたのでしょうか。



東京地裁は、契約前の説明義務違反の責任を不法行為責任として扱うべきとし、そのうえで信義則上の説明義務違反もなく、契約解除や賠償請求は認められないと判断しました。



家族がマンション購入にあたって「音の懸念」を確認したところ、販売業者からは「普通の勤務先に勤務している一人暮らしの女性」「音の心配はないと考えてよい」という趣旨の回答があったといいます。



東京地裁は、家族が「音」の問題に関心をもっていたことを認めつつ、「隣室の居住予定者が楽器を演奏するような人」の質問をしなかったのだから、業者側にそれを答える義務はないとしたのです。しかし、この判断は不相当ではないかと考えます。





家族は音の環境を重要な判断要素だと伝えていたわけです。それなのに、営業担当者が把握していた「隣室をバイオリン奏者が購入し、室内で演奏予定」という事実を告げず、単に「音の心配をしなくてよい」趣旨の回答をしたなら、説明義務違反があると考えられるでしょう。



契約前に売主(宅建業者)が買主に説明するべきこととして、宅建業法で定める事項についてはもちろん、信義則上、買主が契約するかどうかを決定づけるような重要事項のうち「売主が知り得た事実」も含まれます。



部屋の物理的な欠陥は事前に説明されるべきですが、「住み心地」に関わる心理的・環境的欠陥も説明されるべき事実といえます。



——音のトラブルの懸念を個別の質問で一つ一つ解消するのは現実的ではない。そのように原告は問題視しています。



これまで様々な音のトラブルに悩んできたという原告ですが、楽器をめぐる騒音の被害は経験していなかったといいます。経験がなければ「楽器騒音」の具体的な質問ができなかったとしてもやむを得ないでしょう。この点、原告側の過失で考えるならまだしも、売主の説明義務の軽減事由とした判旨は不相当ではないでしょうか。



●隣人との騒音トラブルは「重要事項」に該当しない

——裁判の2つ目の争点ですが、東京地裁は「建物の近隣住民との間で生じる騒音をめぐるトラブル」が消費者契約法4条2項の「重要事項」に当たらないとしました。



この点について、東京地裁は、金の商品先物取引の委託契約において将来の金の価格は「重要事項」に当たらないとした最高裁判決を引用しましたが、その適用には疑問があります。



今回の裁判では、住み心地に関する心理的・環境的瑕疵のうち、「音」の環境について契約前に判明していた不利益事実の不告知を問題としていました。「将来の騒音トラブル」という将来の不確実な事項は対象ではありません。



また、不動産取引における「質、用途その他の内容」(同条5項1号)には、目的不動産自体に属性がない心理的・環境的瑕疵に関する事実を含むと考えるべきです。少なくとも、「重要事項に関連する事項」(同条2項)に当たるでしょう。ただし、どの程度までの細部の事情が「重要」といえるかは、一般的・平均的な消費者を基準とするので、裁判官の判断次第となります。



まだ確定していない地裁段階の判決で、マンション契約実務への影響は当面ないと思われますが、高裁の判断が待たれます。



●住んでから音のトラブルはない

——家族は隣室で奏でられるバイオリンの音色を聞いたことがありません。判決では触れられていませんが、販売業者側は「住んでから実害がない」ことを裁判で強く主張したようです。「実害」があれば、判断は変わっていた可能性はありますか。



「実害」があっても判断への影響はほとんどないと言えるでしょう。ただし、「実害」が発生していないことを評価して賠償額が減額されたりする可能性はあります。



——原告側は東京高裁に控訴しました。



控訴審では、信義則上の説明義務違反が認められるのか、そして仮に認められたとして、買主側にどのような事情があったときに過失として扱われるのかが要点となります。



原告の請求原因を不法行為責任上の説明義務違反に変えた場合、業者側から買主側の過失が主張されます。



信義則上の義務は個別具体的事情を総合考慮して決するので、判決予測は困難です。



たとえば「規約・使用細則の一般的説明で十分であり、それ以上の説明はしなくてよい」か「具体的な楽器演奏可能性があれば、楽器や居住者の職業その他の説明まで要する」か、個別の事情に応じた幅がありえます。



私見では、管理規約上、楽器可・ペット可のマンションでは、楽器やペットの持ち込みを届出制にして開示すべきと思います。





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【取材協力弁護士】
山之内 桂(やまのうち・かつら)弁護士
1969年生まれ。宮崎県出身。早稲田大学法学部卒。司法修習50期、JELF(日本環境法律家連盟)正会員。大阪医療問題研究会会員。医療事故情報センター正会員。
事務所名:梅新東法律事務所
事務所URL:https://www.uhl.jp