2022年06月18日 09:21 弁護士ドットコム
「記事を読ませていただきました。今まさに被害者です。内容が自分とほぼ同じなので驚いております。私の場合、ロマンスも存在しないのにロマンス詐欺です」
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先日、国際ロマンス詐欺師と思われる人物とのやりとりを3回に渡り寄稿した。直後に、その記事を読んだという一人の女性から、私のFacebookに冒頭のメッセージが寄せられたのだ。
聞けばこの女性、約2週間でなんと1250万円を騙し取られてしまったという。一体なぜ、どのようないきさつで被害に遭ったのか。 女性の言う“ロマンスも存在しないのに”とはどういうことなのか。急遽、詳細な経緯を取材した。(エッセイスト・紫原明子)
言葉巧みにお金を引き出されていった田中さん(61歳=仮名)。
ようやく7日が経過すると、取引所Bのサイトが表示する田中さんの資産は、日本円にして1000万円近くに膨れ上がっていた。ほっとしながら、このまま一刻も早く引き出して不安を終わらせたいと願う田中さんに冷や水を浴びせるかのように、ビリーから新たな要求が提示された。
「お金を引き出すには、取引にかかる税金を払う必要があります」
ビリーは、仮想通貨の取引には税金がかかること、今回その金額は390万円であり、取引所Bに入金する必要があることを田中さんに告げた。
本来、仮想通貨の取引にかかる税金は納税者自身が確定申告の際に計算し、納付することになっている。そのため、取引所に税金を支払うという行為は本来発生し得ないはずだが、田中さんはやはりここでも、父のお金をなんとか取り戻さなければならないという焦りから、誰にも相談しないまま、今度は夫に黙って、夫の預金に手をつけてしまう。
預金は1日50万円までの出金制限がかかっていたため、田中さんは夫には内緒で7日間かけて390万を用意し、ビリーに言われるままに入金した。ところがここでさらにとんでもない事態が起きる。ビリーはそんな田中さんの390万円を、誤って新たな取引の資金として入金させてしまったと言うのだ。
「すみません、日本の法律を知りませんでした」
とぼけるビリーに、田中さんは怒りで手が震えた。しかし激怒したところでスマートフォンの向こう側にいる相手にそれをぶつける術もなく、また連絡が途絶えればお金が引き出せないかもしれないという不安が頭をよぎる。
お金を引き出すために、別途税金分350万円の支払いが必要になったと白々しく告げるビリーに、田中さんはとうとう、クレジットカードのローンで350万円を借金してしまう。
この頃のビリーとのLINEのやりとりを見せてもらうと、「ここでお金を借りられますよ」と、ビリーが複数の消費者金融を田中さんに紹介しているメッセージが生々しく残されていた。
「もうこの頃には心配で心配で、ご飯も喉を通らなくなっていました。とにかく早く終わらせたい。早くお金を取り戻して、安心したい一心でした。」
しかし無慈悲にもそんな田中さんに、さらなる要求が投げかけられる。
「なんとか要求された税金分を払ったと思ったら、今度は取引所Bから、外国籍のビリーが入金した資金にマネーロンダリングの疑いがあると通知されました。そうでないことを保証するには、保証金145万円を払う必要があると連絡がきたのです」
ビリーから入金された謎の資金はこのための布石だったのだろうか。現実の取引ではとても考えられないような事態が後から後から次々と発生する。もはや打つ手がなくなった田中さんは、ついに友人からの借金を決意。コロナ禍もあって長らく会っていなかった友人に連絡を取り、事情を説明した。すると全てを聞いた友人は真っ先に言った。
「それって詐欺じゃないの?」
田中さんの頭に衝撃が走った。内心では薄々感じ始めていた疑念が、初めてはっきりと言葉になった瞬間だった。
「その人、本当に信頼できるの? 友達ならビデオ通話してみたら?」
友人の助言を受け、田中さんはこのとき初めてビリーに通話を試みた。しかし案の定、ビリーは一向に通話に応じない。むしろビデオ通話しようと呼びかける田中さんに、それは自分への侮辱だと語気を強めたという。
「出られないから出ないのよ。友達ならハローって電話くらいできるでしょ」
友人の言葉を聞いた瞬間、それまで床に着いていたはずの両足が宙に浮いたような気がしたという。自分が今までやりとりしていた男は誰だったのか。実在しない架空の人物だという事実を、すぐに受け止めることができなかった。
コーヒーを淹れようとキッチンに立つも、気がつくとコーヒーカップに雑巾を絞っていたという。それでもまだ信じたい。嘘であってほしいと願った。この時点で田中さんが振り込んだ資金の総額は、諸々の手数料を併せると1250万円に上った。
数日後、田中さんは警察に被害届けを出し、LINEのメッセージのログや、取引所への入出金記録を提出。と同時に、なんとかお金を取り返す方法はないかと弁護士を訪ね歩いた。そのうちある弁護士からは、引き受ける条件として調査期間に半年から1年、かかる費用として着手金120万円プラス成功報酬を提示された。
一方、別の弁護士からはこんなことを言われた。
「あなたのためを思って言うけどね、そんなの無理。お金は返ってこないと思った方が身のためだよ」
田中さんは先日、意を決して被害の一部始終を夫に打ち明けたという。
「家族のお金に手をつけてしまった。私自身も加害者ですと、夫に謝りました。……今振り返ると、度重なるお金の要求に不安で不安でたまらなかった頃、何も知らないはずの夫が理由もなく昼間に職場から一時帰宅していたんです。私の様子がおかしいことに気づいて、心配してくれていたんだと思います。そんな夫に、私はなんてことをしてしまったんでしょう……」
ここまで話し、田中さんは涙で言葉を詰まらせた。夫は多くを聞かず、「うまい言葉がみつからないけど、時間が解決するから」と落胆する田中さんに声をかけたという。
田中さん自身、これまで詐欺被害に遭ったことはなく、約20年前「オレオレ詐欺」という言葉が今ほど広く知られるより前に、「オレオレ詐欺」に遭いかけた友人を思い留まらせ、被害を防いだ経験もある。60代といってもスマートフォンを使いこなし、日常的にキャッシュレス決済を利用するデジタル通でもある。
そんな田中さんでさえ、このような被害に遭ってしまうのだ。せめて田中さんがもっと早いうちに誰かに相談できていたらと思わずにはいられないが、家族に無断で預金を引き出してしまったという後ろめたさが誰にも相談できない状況を作り、結果として被害額を膨らませてしまった。こういったケースは、案外少なくないのではないだろうか。
言うまでもなく最も重要なことは、このような手口の詐欺が横行しているという事実が、より広く世の中に周知されることだ。「国際ロマンス詐欺」といっても必ずしも色恋を伴うものとは限らず、今回のように友情をはじめとした別の関係性が入り口となるケースもある。
余談だが、私の友人はとあるオンライン英会話サービスでレッスンを受け、親しくなったフィリピン人の講師から「子供が病気なので治療代を援助してほしい」と依頼された。のちにこれが詐欺だとわかったのは、LINEに送られてきた苦しそうに泣いている赤ん坊の写真が、フリー素材だと判明したからだ。
人を疑うのは心苦しいことだが、ネット上の出会いにおいては少なくとも、お金と個人情報を簡単には明け渡さない、ということを改めて心がけたい。
田中さんは取材の最後に、「どうか全て詳しく書いてください。こういう被害があるということを広く知ってもらいたいです。私と同じような被害に遭う人を増やしたくないんです」と強い言葉を残した。
なお現在、田中さんはビリーに「もうすぐ実家を売るから大金が入る」と伝え、ビリーとのやりとりを継続している。
警察からは特にその必要はないと言われたが、このまま連絡を断てばビリーとの接点も失われ、いよいよお金を取り返せなくなってしまうかもしれない。資金が底をついたとわかれば相手が逃走するかもしれない。田中さんの苦悩の日々は、今も続いている。
【筆者】 紫原明子(エッセイスト) 1982年、福岡県生まれ。男女2人の子を持つシングルマザー。 個人ブログ「手の中で膨らむ」が話題となり執筆活動を本格化。著書に『家族無計画』(朝日出版社)、『りこんのこども』(マガジンハウス)。またエキサイト社と共同での「WEラブ赤ちゃん」プロジェクト発案など多彩な活動を行っている。