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フリーランスにセクハラ、会社に「安全配慮義務違反」が認められた理由は?

2022年06月05日 10:21  弁護士ドットコム

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業務委託契約を結んだエステ会社代表取締役の男性から体を触られるなどの被害にあったとして、フリーライターの女性がエステ会社とその代表取締役に対し、慰謝料や不払い報酬など約580万円を求めた訴訟で、東京地裁は5月25日、会社とその代表に約188万円の支払いを命じた。


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原告側弁護団によると、フリーランスに対するセクハラ・パワハラや会社の安全配慮義務違反を認めた裁判例は珍しく、画期的だという。



今後、フリーランスがハラスメント被害を訴える上で、どのような影響があるのか。労働問題にくわしい太田伸二弁護士に聞いた。



●判決のポイントは?

——判決のポイントを教えてください。



この判決の特徴は、業務委託先の会社の「安全配慮義務違反」を理由として損害賠償を命じたことにあります。



今回の事件では、フリーランスのライターが業務委託を受けていた会社の代表者から受けたセクシャルハラスメントについて、代表者個人と会社に対して損害賠償を求めていました。



判決は、代表者個人・会社のいずれに対しても損害賠償義務があるとしていますが、その法的根拠は異なっています。代表者個人については民法709条の不法行為を根拠としていますが、会社については債務不履行責任を根拠としました。



不法行為とは、故意または過失によって相手に損害を与えた場合に賠償を命じるものです。交通事故や名誉毀損などで相手に損害を与えた場合などが典型的で、被害者と加害者の間に何らの関係が無い場合でも成立します。



一方、債務不履行責任というのは、契約で負っていた義務を果たさなかった場合に、その責任として損害賠償を行う義務を負うものです。



雇用契約関係がある場合、会社は従業員の「生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をする」(労働契約法5条)義務としての安全配慮義務を負っています。このような義務を負っている会社がこれを果たさなければ、先ほど述べた債務不履行として損害賠償義務を負うことになります。



例えば、セクシャルハラスメントが上司から部下に対して行われたような場合、会社は部下の安全を確保するための配慮ができていなかったとして、安全配慮義務を果たさなかった=債務不履行として損害賠償義務を負うのが原則です。



●雇用契約関係ではないが「安全配慮義務違反」が認められたワケ

——今回裁判所は、フリーライターの女性がエステ会社と雇用契約関係にあると認定したわけではありません。それでも安全配慮義務を負っていると判断されたのはなぜですか。



今回の判決で問題となったのは業務委託契約を結んだ企業の代表者からフリーランスのライターに対するセクシャルハラスメントで、雇用契約関係には無いので、先ほど述べた労働契約法の対象にはなりません。



しかし、安全配慮義務は雇用に限られず、「ある法律関係に基づいて特別な社会的接触関係に入った当事者間」でも生じるとされています。



例えば、元請企業と下請企業の労働者の間には雇用契約関係はありませんが、元請企業が下請企業の労働者に直接に指示をしていたような場合には、元請企業に安全配慮義務が発生することもあるとされてきました。



今回の事例では、原告は被告代表者の指示を仰ぎながら業務を行っており、「実質的には、被告会社の指揮監督の下で被告会社に労務を提供する立場にあったものと認められる」と述べた上で、安全配慮義務の発生を認めました。



判決が認定したように「指揮監督があった」とすると雇用にかなり近い関係だということになります。このような認定を前提にすれば、業務委託先の会社とフリーランスのライターの間に安全配慮義務が発生するとした判断は妥当なものだと考えます。



●請求する法的根拠が増える

——今回の判決は、今後にどのような影響がありますか。   これまでもフリーランスの方が業務委託先から受けたセクシャルハラスメントについては、加害者個人の不法行為としても訴えることは可能でしたし、その会社に対して使用者責任を追及することができる場合もありました。



ただ、今回の判決で、会社の安全配慮義務違反も主張できることが示されたことは、請求する法的根拠が増えるということで意味のあるものだと考えます。



また、今回の判決で、フリーランスの方が受けたハラスメントについて、法的に請求できる可能性があることが伝わったこと自体にも意義があると考えます。



フリーランスの方と業務委託先の関係では、労働法による保護が無く、一方的な解約も可能であったりすることから、ハラスメントに限らずフリーランスの方はなかなか被害を訴えにくい状況にあると思われます。



しかし、弁護士や労働組合に相談することでトラブルの解決に進むこともできますので、被害を受けたと感じたら相談していただきたいと思います。




【取材協力弁護士】
太田 伸二(おおた・しんじ)弁護士
2009年弁護士登録(仙台弁護士会所属)。ブラック企業対策仙台弁護団事務局長、ブラック企業被害対策弁護団副事務局長、日本労働弁護団全国常任幹事。Twitter:@shin2_ota
事務所名:新里・鈴木法律事務所