装丁とは、本を開くよりも前に読者が目にする作品の顔。そのマンガをまだ読んだことがない人にも本を手にとってもらうべく、作品の魅力を凝縮したデザインになっている。装丁を見ることは、その作品を知ること。装丁を見る楽しさを知れば、マンガを読む楽しさがもっと広がるはずだ。本コラム「あのマンガの装丁の話」では毎回1つのマンガを取り上げ、装丁を手がけたデザイナーを取材。作品のエッセンスをどのようにデザインに落とし込んだのか、そのこだわりを語ってもらう。
【大きな画像をもっと見る】第4回では、カネコアツシ「EVOL(イーヴォー)」(KADOKAWA)をピックアップ。装丁を手がけた合同会社飛ぶ教室・森敬太氏に話を聞いた。また森氏による「装丁の好きなマンガ本」もラストで紹介する。
取材・文 / ばるぼら
■ デザイナーになると言う友人に「俺もなんかやらないとマズいな」と思い、デザイナーに
──ワタシが森さんのお名前を知ったのは、森さんが編集していた自主制作マンガ誌ジオラマ(2011~2013 / ジオラマブックス)だったと思います。最初は西村ツチカさんや西尾雄太(STAG)さんの作品を読むために買いましたが、そのうち主宰者がデザイナーで、セキネシンイチ制作室で働いてる人なんだな、と徐々にわかってきた記憶があります。その後、ジオラマは後継誌のユースカ(2013~)になり、セキネさんのところから独立して2017年に合同会社飛ぶ教室を設立し、現在に至る……というのが世間的にも知られている森さんの大まかな経歴ですよね。なので今日はそれ以前、まずは森さんがマンガのデザインに関わるようになった経緯を聞けたらと。最初からデザイナーを目指していたんですか?
いえ、昔は作家になりたいなと漠然と思っていて、デザイナーになりたいとは全然思ってませんでした。大学は哲学科でしたし……。僕、出身は京都で大学が大阪なんですけど、大学時代は古本屋でバイトしてたんです。今DJをやってるokadadaもそこで一緒に働いてたんですけど、居心地がよくて、しばらくここでいいなーって最初は思ってたんです。でも急に店長がマルチ商法にハマっちゃって、いきなりさまざまなシャンプーとかをおすすめしてくるようになってこれはキツい!となり、そこから就職先を探すようになって。
──すごい話ですね(笑)。そこからどうやってデザイナーという職業にたどり着いたんでしょう。
その頃はバンドをやってたんですが、メンバーの1人がある日「俺、Webデザイナーになる!」と言い出して、「ヤバいな、俺もなんかやらないとマズいな」って自分もデザイナーを目指すようになりました。でも同じ分野だと差がついたときに嫌だから、Web以外にグラフィックデザイナーっていうのがあるらしいと知って、それで職業訓練学校に通ってAdobeのソフトの使い方を覚えたんです。……言ってて恥ずかしくなってきた(笑)。
──特にデザイナーを目指してたわけじゃなかったなら、憧れたデザイナーはいないんですか?
仲條正義さんがデザインしたレーモン・クノーの「文体練習」(注:仲條がデザインしたのは1996年朝日出版社版。2012年水声社版は別の装丁に変わっている)って本があって、それを見て初めてブックデザイナーの存在を意識したところはありますね。それからいろんな人の作品集を読んだり買ったりして、見れば見るほど落ち込んで(笑)。全部先にやられてるじゃんって。
──そして地元でデザイン事務所に就職?
いや、やっぱりレコード会社や出版社って基本は東京にある時代だったので、当時は大阪では興味のある仕事はなかなか見つからなくて。それでデザイナーズファイルみたいな本をめくってて、そこに載ってた東京のオシャレそうなデザイン事務所にいきなり「作品見てくれませんか」って電話して会いに行って、「じゃあ働いてみる?」って言ってもらえて、飛び込んだ感じですね。
──無事、上京してデザイン事務所に就職できたと。
でもわかってなかったんですけど、最初の3カ月はインターン(職業体験)だったんですよ。給料が出ない(笑)。それじゃ家も借りられないし、ずっと泊まり込みで死ぬほど働いて、それで3カ月後に正式に採用してもらいました。とにかく未経験のデザイナーなんて普通は雇ってもらえないですから、履歴書に書けるくらいの期間はがんばってみようと。そこには1年半いましたね。朝から晩まで平日土日関係なくずっと中目黒の事務所にいて、全然自分の時間がとれないのがつらかった。そこを辞めた解放感がトーベヤンソン・ニューヨーク(注:森氏が所属しているバンド)の結成やジオラマ創刊につながったと言っても過言ではないです(笑)。
──その次はもうセキネシンイチ制作室ですか。
はい。友達が教えてくれたのかな、ここが募集してるよって。(セキネシンイチ制作室の)セキネさんがADをやってたワンダーJAPAN(2005~2012 / 三才ブックス)って雑誌があって、それは好きでずっと読んでた雑誌だったんです。面接ではInDesignなんて触ったことなかったけど「できます!」と言ったりして……あとでバレて怒られるんですけど(笑)。無事雇ってもらえて。セキネさんと僕はタイプは全然違うんですけど、ウマが合うと言うんでしょうかね。結局7年くらいいて、居心地がよかったです。最初はもう本当に、自分はなんて使えない奴なんだって絶望してましたけどね。なんで俺は「このマンガがすごい!」で何位に入りました!っていう重版オビさえうまく作れないんだろう……って。
──(笑)。セキネシンイチ制作室時代にやった印象深い仕事というと?
自分がやった仕事はどれも好きなんですが、指名で受けた初めての仕事が一番印象に残っています。西村(ツチカ)くんの単行本「かわいそうな真弓さん」(徳間書店)です。ジオラマ関連の作家さんが商業で本を出すってなったときに、僕を指名してくれることが多くて、打ち合わせの席でも編集の方から「森くんがジオラマ作ってるんでしょ?」って話になったりもしましたし。そうやってジオラマをきっかけに僕指名の仕事が増えて、セキネさんからの「早く辞めろ」オーラも強くなってきて(笑)。それで2017年に独立して、合同会社飛ぶ教室を設立しました。最初は僕を入れて3人で始めたんですけど、コロナ騒動のちょっと前くらいに会社を分けて、今は僕1人の会社になってます。
■ 共通認識としてあった「パンク」をどう形にするかが仕事
──デザイナーとしての経歴がよくわかりました。ジオラマ、ユースカについても細かく聞きたいところですが、そこを掘り下げるとそれだけで記事が膨大になりそうなので(笑)、ここからは本題の「EVOL(イーヴォー)」についてを中心に聞いていきたいと思います。カネコアツシさんの単行本はセキネシンイチ制作室がずっとデザインしていましたよね。
そうなんです。それこそセキネさん、カネコさん、編集さんの打ち合わせを横でずっと聞いてて、終わったらみんなで飲みに行くのに付いて行ったりとかしてましたし。カネコさんの単行本ってどれもカッコいいじゃないですか。それが自分に回ってきていいのか?って、光栄だけど緊張しました。担当編集の方に「僕でいいんですか? セキネ倒れたんですか?」って聞いたりして(笑)。その後すぐセキネさんに電話したらぶっきらぼうに「がんばって」とか言われてプレッシャーが高まりました。
──担当はコミックビーム編集長の清水速登さんですよね。どう依頼されたか覚えてますか?
どうだったかな、カネコさんの一番の代表作にしたいから、今までのファン以上に、最大限の読者に届けるために、これまでとちょっとイメージを変えたい、って話だった気がします。カネコさんからも僕に依頼したいという要望があったみたいで。それは以前、飛ぶ教室で編集も担当した福富優樹+サヌキナオヤ
「CONFUSED!」(2019)って単行本があって、それをカネコさんが見ていて「あの感じいいね」と思ってくれてたっぽいです。
──「CONFUSED!」はダニエル・クロウズ的なオルタナコミック感をうまく匂わせた、日本人離れした装丁でしたね。カネコさんの作風ともマッチしそうです。最初の打ち合わせはどんな話をしましたか。
確か依頼が来てから最初の打ち合わせまでがすごく短かったんですよ。3日後だったかな。で、打ち合わせの当日、急に嫌な予感がして、清水さんに「今日の打ち合わせってもしかしてカネコさんも来ますか?」って聞いたら「はい、来ます。3人で1回集まりましょう」って言われて。ヤバい、手ぶらで行くわけにはいかんぞ!と急に脳がフル回転し始めて、それで40分でラフを作って送ったんです。汗だくで。それがこれです(テーブルに広げる)。
──え、これを40分で! かなり完成品に近いですね。
もちろん依頼が来てからどうしようかなと考えてはいたんですけど、手を動かしたのはその40分くらい。一発で説得力のあるものを出さないとマズイなと思っていました。まあ清水さんやカネコさんが求めてるノリが全然違ったら一から作り直せばいいですし。幸いにもラフ案で「いいじゃん」となって、あとはそれを突き詰めていく感じで。打ち合わせにはパンクの写真集とか、いくつかイメージソースを持っていきました。
──それはダメだったときの代案のために持っていったんですか。
というより、方向性の確認のためですね。「EVOL(イーヴォー)」という作品に感じられるティーンエイジャーのフラストレーション、疾走感、ノーフューチャー感。そこから1978年からもうちょっと後のパンクの雰囲気を意識して作れればいいなと。カネコさんも僕もパンクは共通認識で、それをどう形にするのかが僕の仕事かなと。パンクと言ってもいっぱいありますから、カネコさんも本当に好きだからハズしちゃマズいなと思って。
──作品タイトルの「EVOL(イーヴォー)」はソニック・ユースのアルバムからですし、1巻表紙ではロゴに隠れてるけどディスチャージの1stアルバム柄のシャツを少年が着てますよね。3巻裏表紙はブラック・フラッグのロゴへのオマージュになっていました。ほかにも随所にパンク、ハードコア、オルタナのネタが仕込まれていて、ファンはそれを探す楽しみもありそうです。
単行本表紙のロゴはパンク詩人のジョン・クーパー・クラークを参照しています。連載時はカネコさんが自分でロゴを描いていて、それは表紙めくってすぐのソデに並べて載せてるんですが、こういうロゴがいっぱい並んでるのもパンクのフライヤーっぽいなと思って。
──表紙のロゴの部分は最初ステッカーが貼ってあるのかと勘違いしました。
当初は黒一色のカバーにベタッとステッカーが貼られてるイメージだったんですが、前に別の本でこういうUV加工をやってステッカーっぽくできたことがあったんで、今回もそれでいきました。これが1巻完結だったら実際にステッカー貼ってもいいかもしれないですけど、続刊のある連載モノなので、フォーマット設計として、もし途中の3巻から予算の都合でできなくなりました、なんてなったらダサいじゃないですか。先のことを考えると特殊加工はしすぎないのも大事なんです。あとロゴを毎回変えようかとも考えたんですけど、1巻と2巻が同時発売だったんでロゴはもう統一にして、位置だけ変えてます。
──カネコさんの「BAMBi」はロゴデザインが毎巻変わっていましたよね。それにしてもラフ案と比較すると、完成品は白の取り方が絶妙なんだとわかりました。周囲の白が絵の黒さを引き立てています。2巻のもとになったラフ案はもうほとんどそのままですが、キャラクター以外を削り取った効果なんだなと。
編集の清水さんもカネコさんもこれはすごく気に入ってくれて、2巻はこれでいこうって最初に決めてましたね。本番ではあえて小さく描いてもらったのを拡大して線を荒らしたりして。
──線を荒らすといえば、オビの文字のノイズは別の本でも試してた手法ですよね。
やってました。これは、コピー機に何十回もかけてるんです。そうすると線が歪んできたり、変なノイズが出てきたりするんです。前は神保町に職場があって、ちょうどいい荒れ方をするコピー機を置いてるコンビニを見つけてそれでやってたんですけど。でも今は板橋に引っ越したんで、この辺のコピー機だと荒れ方も変わっちゃって……。だから1巻、2巻は神保町、3巻からは板橋なんで、よく見ると荒れ方が違うんですよ。
──(比べる)本当だ! じゃあこのオビの文字って意外と時間とお金がかかってるんですね。
そうですね、30回はくり返してますからね。300円。その作業後に文字修正が入ったりして(笑)。
──また30回やり直しに(笑)。前回この連載に登場していただいたコードデザインスタジオさんは「EVOL(イーヴォー)」の装丁について、背表紙にまず反応していました。
丁寧に見ていただいてありがたいです。背のタイトルは本来なら背幅にピシッと収まるようにやるんですけど、5mmくらいはみ出るように作っています。ほかにも全体的に意識的に、ちょっとずつズレることで小さな違和感を重ねて、不穏な感じを出そうとしました。1巻の表紙はラフ案だと主人公たちの顔をロゴで隠してたんですけど、それはデザイナーのエゴだなと思って、最終的にやっぱり出してます。カネコさんは「攻めてるね」と言ってくれましたが、デザイナーの変なことをやりたいっていう気持ちが勝ってしまうのはよくないなと思って。
──セルフ没に。ほかにこだわったポイントなどは?
あと、イラストに色を着けるか例の40分の間に悩んで、やっぱり元の絵の良さを活かしてモノクロに、かつ、これまでの単行本と差を出すんだったらどうすればいいかを考えて、ミニマムだけどところどころアンバランスなレイアウトに、読めない感じのロゴをいたずらされたみたいにドンと載せるのがいいかなと思った結果が、これです。文字は最小限に。普通だと通らないかもしれないですけど、カネコさんだからというのもあるし、編集長が担当というもあるし。がんばって通してくれるというのは、僕のデザインを信頼してくれてるということでとてもうれしいと思いますし、最終的には信頼関係ですよね。
■ 特殊加工はあくまでスパイス。変なことがやりたい、を目的にデザインをしない
──森さんはマンガ以外のデザインも多数手がけていますが、マンガとそれ以外のデザインで違いはありますか。
あります。僕はマンガでは著者自装が一番カッコいいと思ってます。作者の意見、思想が気持ちいい形で反映された装丁が僕は大好きで、自分がデザインするときは著者自装みたいな雰囲気に近づけたい。「EVOL(イーヴォー)」もカネコさんが作ったらこうなるんじゃないか、ということを考えながらデザインしています。小説とかだと違うと思うんです。小説は「どういうビジュアルを合わせるのが作品の中身に一番合ってるんだろう」ってところから考えるんですが、マンガはマンガ家自身がビジュアルを作れるわけですから。だから僕はマンガも小説も読まないとデザインができないタイプなんです。ヒントを探してる感覚で隅まで読んでますね。読まずにできる人は勘がいいんだろうなと思うんですけど。最近だと香山哲さんの「ベルリンうわの空」(イースト・プレス)は著者自装感を強く意識した本です。CDは最近だと澤部(渡)くんのスカートしかやってないですけど、担当し始めた頃と今、違うモードで取り組んでいて。最初は澤部くんの出力機になったつもりで作ってたんですが、最近はもう少しデザイン的なアイデアを加えながらやっています。
──森さんのデザインは、マンガの外にあるデザインの文法を、マンガに持ち込んでいる印象があります。それが強く出たのが今回の「EVOL(イーヴォー)」なのかなと思っているんですが。
そう感じていただけるなら、たぶんそれはセキネさん譲りですね。セキネさんはもともと広告デザイン出身で、マンガをマンガらしくデザインすることはやらない人でした。そのうえで、僕がカネコさんの作品をやるならセキネさんがやらない方向性じゃないといけないし、それはやっぱり音楽的なノリを入れていくのが僕のやり方かなと思ったりしました。
──逆にマンガらしいデザインをしてるなと思った極限が、ハルタ増刊のテラン2022 WINTER(KADOKAWA)です。ガンダレ表紙(長い表紙を小口で内側に折った造り)になってて、開くとかわいい女の子がめちゃくちゃいるという。
これはイラストレーターさんの指定が編集部から先にあって。じゃあどうしよう、僕に何ができるかなと考えて、出したアイデアが「メイド服を着た22人の女の子が団子になって床に寝ているところを真俯瞰から+全員と目が合うように」という異常なオーダーをすることで。それに見事に応えてもらった結果です。本当はガンダレどころか四方全部に表紙を巻くようなイメージだったんですが、製本の締切が1カ月早くなると言われてそれは諦めました。
──絵に対してデザインを考えるのじゃなく、どんな絵がほしいかを森さんのほうで考えたと。
僕にできる最高のところまで持っていくには、たぶんディレクションしてこういう絵を描いてください、ってところから入れないとまだうまくいかないんです。器用になればどんな絵が来てもできるんでしょうけど、僕はまだ仕事量もそこまでいっぱいじゃないですし、マンパワーに余裕があるんで、積極的に人選含めディレクションからやらせてくださいとお願いしています。
──そういう場合、どうやって絵のイメージを伝えるんでしょうか。まず森さんがラフを用意して、それを参考に描いてもらうような……?
いや、僕が自分で描いたものを見せることは少ないです。あくまで言葉や写真で説明して、あがってきたラフに対して「こうしていきましょう」と舵を切る。そのほうが作家さんの個性が出て楽しいので。作家さんが出してくれたもののよさを一緒に伸ばしていくやり方です。「EVOL(イーヴォー)」の場合も、先にマンガの中の絵を使ってラフを組んでますけど、自分で絵を描いて説明をしているわけではない。方向性を確認して、いざ描いてもらうときに、こういうふうにしたほうがいいんじゃないですかと提案したりはしてます。
──ほかに森さんの特徴と思えるのは用紙とインクの組み合わせです。「EVOL(イーヴォー)」のカバーの紙とインクの質感はいいですね。
KADOKAWAで使える紙の中で値段が一番安い紙に、最初は日本で一番黒いインキを使ってグロスニスで仕上げてみて、そしたら黒が派手すぎてちょっとピーキーだったのでマットニスに変更してやわらげました。ロゴの加工に予算を一点集中させるために、ほかを安く抑えています。こういう予算調整はデザイナーの仕事の中でも好きですね。もともとセキネさんのところにいるころから紙の見本帳を見るのが好きで、セキネさんに聞かれたら「その紙は何kgと何kgがあって、値段はこうで、この色は廃番になってます」とすぐ答えられるようにしていました。例えば、西尾雄太「水野と茶山」のカバーに使っている用紙は本来は写真用だからブロンズ色のインキで刷っても目立たないんですけど、そのブロンズ色の沈み方を意識してたり。ほかの本でも包装用紙をカバーに使ったり、黄色の下にさらに蛍光の黄色を引いてたりとか、印刷的な工夫はすごく好きなんです。でも一方で、それにあまり頼っちゃいけないなとも思ってるんです。そうじゃないと、工夫がやりたいだけのデザインになってしまう気がして……。あくまでもスパイスとして、特殊な用紙や加工がなくても成立するデザインにしたいです。
──なくてもいいけど、あったほうが効果的、というデザイン。結果的に特殊な印刷の本が多いから、やりたいことをやってるデザイナーに見えますけど、作品に寄り添ったデザインを考えた結果なんですね。
そうなんです。逆に「変なことをしてくれ」って編集さんに言われることもあるんですが、それは変に見せたほうがいい作品だから変なことをやってるんです……という。
──最後に、飛ぶ教室は今後どういうふうにしていきたいですか。
うーん、今はマンガとそれ以外の仕事の割合は3対7くらいなんです。マンガが3。ちょうどいい塩梅なんですが、仕事の総量をもっと増やしていかないとなとは思っています。NGにしてる仕事はヘイト本と疑似科学系だけなんで。本以外も音楽や映画方面とか、ジャンルを選ばずいろんな仕事をしたいですね。
──まだまだ仕事できるぞと。変わった本の依頼とかもありますか?
それなりにいろいろやってきたつもりなんですけど、最近YouTuberの本を作るときに、ファンが写真を撮ってインスタに上げたくなるようなレイアウトにしてほしいと言われたのは悩みました。ファンが本の中でいいことを言ってるページの写真を撮る文化があるらしくて、そういうコーナーを作ってほしいと。カバーにこだわりたいとかじゃなくて、中の名言が画面映えするようにしてくださいってオーダーは初めてで、まだ言われたことのないオーダーってあるんだなと感動しました。こんな話でインタビューが終わっていいのかな?(笑)
■ 森敬太(飛ぶ教室)が選ぶ「装丁が好きなマンガ本」
panpanya「足摺り水族館」(1月と7月)、近藤聡乃「いつものはなし」(青林工藝舎)
装丁:著者自装
この2冊は著者自装の好例ですね。突然カラーになったり、用紙が変わったり、終わりかと思ったら続いたり、とにかく変なんですけど、全然嫌味がない。衝撃でしたね。作者の意図がそのまま出てるから、変わったことをしていてもいやらしくならない。最高に好きです。
吉田忠「藤子不二雄物語ハムサラダくん」(松文館)
装丁:安藤公美/井上則人デザイン事務所
これは「まんが道」のブート盤カバーみたいなマンガですけど、同じ時期に出てた藤子・F・不二雄全集のフォーマットとめちゃくちゃ似てるんです。全然版元は違うんですけど。ちょっと間違って買っちゃうかもしれないくらい。編集者とデザイナーのどっちが決めたのかわからないですけど。その思い切ったデザインがすごいカッコいいと思って。
山田芳裕「望郷太郎」(講談社)
装丁:シマダヒデアキ/Local Support Department
まず、パッと見で作者名が入ってないように見えるじゃないですか。よく見ると英語で小さく入ってるんですけど。それに比べて巻数は異常に大きい。また、帯がついてるんですけど、そこに「『へうげもの』の山田芳裕先生の最新作!」って書きたいじゃないですか、普通は。でもカバーとまったく同じ絵が印刷されてるだけで、そこには何も文字情報が書いてないんです。どういう作品なのか先入観を与えたくないっていうのがあるかもしれないですけど。こういった挑戦的なデザインで編集会議を通せるのがすごいと思って。全部に度肝を抜かれました。
■ 合同会社 飛ぶ教室
森敬太が代表を務める、2017年設立のデザイン事務所。近年の主な仕事に、柴崎祐二「シティポップとは何か」(河出書房新社)、伏見瞬「スピッツ論」(イースト・プレス)、川勝徳重「アントロポセンの犬泥棒」(リイド社)など。書籍装丁の仕事以外に、澤部渡によるバンド・スカートのCDなど音楽作品のデザインも手がけている。