2022年05月29日 09:31 弁護士ドットコム
婚姻届は市区町村で受理されている。2人の結婚に実態があることは、入管の担当職員も認めている。にもかかわらず、配偶者ビザ(※1)が認められず、夫は働くことも、入管の許可なく自分の住む都道府県の外に出ることもできない――。
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そんな境遇にいる日本人女性たちが、1日も早く夫の在留資格が認められることを求めて、2021年夏に結成した「仮放免者等の在留資格を求める日本人配偶者の会」(配偶者の会)。
「日本人の配偶者がいるのにビザを与えず、何年も何十年も、仮放免と収容を繰り返す。政府、法務省、入管はそうやって本人と配偶者を精神的にも経済的にも苦しめ続けています。彼らに私たち夫婦の幸せを奪う権利などないと思います」
配偶者の会のなおみさんはそう語る。夫ナビンさんの在留資格が認められないために、2人がどんな生活を強いられているか。なおみさんに聞いた。(取材・文/塚田恭子)
なおみさんがスリランカ出身のナビンさんと出会ったのは、今から17年前。ナビンさんが2004年12月に日本語学校に留学した翌年、2005年の春にさかのぼる。
「友人のフィリピンの女の子と買い物をしている途中、はぐれてしまって。しばらくして見つけ出した彼女が話していたのが彼でした。外国人同士という気安さから、声を掛け合っていたのだと思いますが、それが縁で、みんなで出掛けるようになり、次第に2人で会うようになりました」
まずは日本語を勉強し、将来的には日本で働きたいと考えていたナビンさん。ところが、その日本語学校は潰れてしまい、ナビンさんら同校の留学生は、学校から放りだされてしまう。
「先生が徐々に学校に来なくなるなど、おかしいとは思っていたようですが、当時、彼はまだ日本語がよくできず、先生が来ない理由がわかったのも、学校が倒産してからだったようです。どこで、誰に助けを求めればよいのかもわからず、入管に相談に行ったものの、職員からは『学校に相談して』と言われるだけで、どうしようもありませんでした」
多くの学生同様、ナビンさんは留学のために借金をしていた。それだけでなく、スリランカで当時の大統領の反対派を支持していた彼と父親は、政府側から暴行も受けていた。そのときのケガがもとで半年後、父親が亡くなり、自身の骨も変形してしまったナビンさんに帰国という選択肢はなかったという。
学校の問題を解決できず、学生ビザを更新できないまま、彼は在留資格を失ってしまった。
本人の手に余るトラブルに巻き込まれた末、オーバーステイ(超過滞在)になったナビンさんは、これまで3度、東京出入国在留管理局(東京入管)に収容されている。
「最初の収容時は、半年ほどで仮放免が認められました。その後、しばらく仮放免を更新していたのですが、あるとき出頭すると『届け出た住所に住んでいない』と言われて。2016年8月に再収容されました。でも、彼はちゃんと届け出た住所に住んでいて、これは明らかに入管のミスだったんです。
入管は自分の間違いは認めませんが、さすがにこのまま収容を続けるのはまずいと思ったのでしょう。彼は職員から毎日、早く仮放免を申請するように言われ、2カ月で外に出ることができました」
相手が外国人ということもあり、当初はナビンさんの自分への気持ちが本気かどうか、慎重だったというなおみさん。だが、出会いから11年、このころには、すでに2人の結婚の意思も固まっていたという。
なおみさんは弁護士とともにナビンさんの保証人になり、仮放免後の住所も彼女の家にする。そして収容が解かれたその日から、2人は一緒に暮らし始めた。
役所に婚姻届を提出したものの、ナビンさんが仮放免中のため、いったん担当省庁である法務局に案件として上げられる。2人はインタビューや調査を受けはしたものの、婚姻届は無事、受理された。ところがその4カ月後、ナビンさんは再々収容されてしまう。
「スリランカでの政治活動のこともあり、最初の収容時に彼は難民申請をしていました。その日は仮放免更新のための出頭日で、1人で東京入管に足を運んでいたのですが、『難民申請は不認定で、もうすでに強制退去令も出ているから』と、そのまま収容されてしまったんです」
収容されると、携帯電話を取り上げられてしまうため、ナビンさんは入管内の公衆電話からプリペイドカードを使ってなおみさんに連絡、自分の状況を伝えた。
「信じられなかったし、すごくショックでした。私はもともと扁桃腺が弱いのですが、体調がすぐれずに病院に行くと、『扁桃腺の腫れている場所がよくない。このまま帰宅して呼吸困難になると命に関わる』と言われて。そのまま入院しました」
ナビンさん(左)となおみさん(提供写真)
ナビンさんの収容中、なおみさんは毎週、入管に足を運んだ。
「彼もよほどショックだったのでしょう。食事を摂ることができなくなり、体重も20キロ近く減って点滴を受けるなど、見ていられないほど変わってしまったんです。
今まで元気だった人がこんなになってしまったので、『夫に何かあったら、あなたたちは責任を取ることができるのか。仮放免で外に出してもらえれば、私が自分の責任で医者に診せるから』と、毎回、受付で抗議していました」
「自分たちに抗議されても何もできないから」と、面会担当の職員から相談先として案内された処遇部門になおみさんはすぐ足を運び、そのトップと担当の看護師と話をした。
「入管側は、『医師は(夫を)診察しています』と言います。たしかに診てはいるかもしれません。でも、ただ診るだけです。夫はそのとき歯が腫れて痛いと訴えていたのですが、状況が改善されるように、治療するわけではないので、彼らにも、『私が自分の責任で医者に診せるから、外に出してほしい』と訴えました」
直談判が功を奏したのか、その3カ月後の2017年12月、ナビンさんは3度目の仮放免を認められた。
以後、2019年までは2カ月に一度、ナビンさんは入管に出頭していたが、コロナ発生後、仮放免は自動延長されていて、東京入管にはもう2年以上、足を運んでいないという。
だが、これまで何度も繰り返しているように、仮放免者は働くことも、入管の許可を得ない限り、届け出た住所以外の都道府県に行くこともできない。
「収容中に悪くなったのは歯だけじゃありません。ヘルニアの手術もしましたが、腰痛はなかなかよくならないし、ストレスによる体調不良から、この1年ほどは、うつ症状にも苦しんでいて、精神安定剤などを服用しています。
調子が悪いときは、私が声をかけても返事もできなくて、見ていて痛々しくなります。就労も禁止され生活状況が厳しいので、NPO『北関東医療相談会』や『つくろい東京ファンド』などから食料・日用品・医療支援を受けています。精神科のクリニックにも通っていますが、医師からも『ビザが出て、普通の生活を送ることができるようになれば、すべてよい方向に行くでしょう』と言われています」
ナビンさんは何より仕事がしたいと思っているという。働くことは生活の基本で、憲法も「勤労の権利」を保障している。
「働いて収入があれば、支援をお願いせず、自分で病院に通うことも、税金を払って、国に貢献することもできます。働くことが認められないから、支援に頼らざるを得ないんです」
ウィシュマさん一周忌追悼アクション時のなおみさん(写真/塚田恭子)
「配偶者の会」のメンバーは現在13人。なおみさんとナビンさん同様、結婚後5年、6年経っていても、結婚の実態があっても、そして子どもがいても、入管は配偶者ビザを出さず、その理由も告げず、彼女たちの夫を仮放免者の状態に置いている。
「同じ境遇なので理解し合える仲間と、悩みや愚痴を言い合ったり、デモにも誘い合って足を運んだり。1人で抱え込んでいると、本当に追い詰められてしまうので、チャットやリアルで話し合っています。メディアや議員へどう働きかけるかも、相談しながらやっています。
私はこうして仲間や支援者たちとつながることができましたが、誰にも、どこにも相談できず、孤立して不安な状況に置かれている方は、もっと苦しんでいるでしょう。そういう方は少なくないと思うので、ぜひ『配偶者の会』に連絡してほしいです」
パートナーが仮放免者か否かにかかわらず、女性が1人で家計を支えるのは容易なことではない。だが、なおみさんは、家族4人の生計を1人で支えている。
「今、私たちは、ナビンと出会う前に別れた前夫との間の子どもと、私の母と、4人で暮らしています。息子もナビンのことを父親と思っているし、近所の方たちも、私たち4人に家族として接してくれます。認めてくれないのは入管だけなんです」
なおみさんの話を聞きながら、中島京子さんの小説『やさしい猫』(※2)を何度も思い出した。
「私たちの話と重なるところが多くて、とても他人事とは思えませんでした。息子も(夫のことを)『俺の目から見たクマさんだね』と話しています。私たちは、裁判は起こしていませんけれど、小説の最後のようになることを望んでいます」
出会って17年。結婚して5年半。結婚の実態を認められながら、2人は宙吊り状態に置かれている。なぜビザが出ないのか。理由を尋ねても、入管の担当者は『上が決めることなので』というだけ。ダメなら何がダメなのか、理由を聞きたいし、問題ないなら一日も早くビザを出してほしい。入管に対しては不信感しかないとなおみさんは言う。
「入管が対応してくれないことで、夫婦の間でささいなことで言い合いになったり、必要のないケンカをすることもあります。入管はそうやって私たちの結婚生活を引き裂こうとしているんです。報復が怖くて声をあげられない人もたくさんいると思います。でも、入管で起きているいろいろな事件を見て、このまま黙っていてはダメだという思いから、私は声をあげています」
仮放免中の夫の配偶者ビザを求める女性たちが、情報交換や交流できる場をつくることを目的に2021年結成。同じ境遇の人が孤立せず、つながることができるように、参加を呼び掛けている。
Twitter名Naomi
@Naomi_20161027
(※1)配偶者ビザ・・・日本人の配偶者である外国人に認められる在留資格
(※2)中島京子さん『やさしい猫』に関するインタビュー記事
https://www.bengo4.com/c_18/n_13552/