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「あなたに完璧な筋肉を見せる」半裸写真を送り、甘い言葉をささやくアンディ 【国際ロマンス詐欺#2】

2022年05月25日 10:41  弁護士ドットコム

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「国際ロマンス詐欺」の被害が、あとをたたない。SNSで見知らぬ外国人からアプローチを受け、その巧みな話術に騙されて、恋心もあって多額の海外送金をしてしまうというもので、近年、被害は増加している。


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エッセイストの紫原明子さんの元にも、国際ロマンス詐欺を疑わせる外国人男性からのメッセージが届いた。一体、彼はどんな手口で女性にささやき、心を奪ってしまうのか。「会話というのは本来すべて、何が生まれるかわからない即興のセッションのようなもの」という紫原さんが、その顛末を寄稿した。(2/3)



●「アンディ」とのぎこちないやりとり

国際ロマンス詐欺師であろうと思われた男は、やはり国際ロマンス詐欺師であった。振り込み要請がどのようにしてなされたかについては次回詳細に書くとして、今回は彼らがメッセージのやりとりでどのような夢を見せ、信頼を築いていくのか。詳細な手口をお伝えしたい。



相手は、自らをアンディと名乗った。というと「私はアンディです」と語ったように想起されるだろうが、不思議なことにアンディは、自己紹介のあとも常に自らをアンディと名乗り続けた。アンディの一人称の約半分ほどが「私は」ではなく「アンディは」なのである。



「アンディは今回日本に行ってかわいいAkikoに知らせてもいいですか? 昨夜友達のアンディはAkikoを招待して美味しい日本料理を楽しみたいですね」



なぜ自分のことを名前で呼ぶのかと尋ねたところ「アンディは勇敢な男を表す名前だ、友達もみな自分をアンディと呼ぶから、自分も自分をアンディと呼ぶ」とのことだった。



はじめのうち私とアンディは日本語で会話をしていたが、やはりアンディは翻訳機を使っていると思われ、ところどころ会話が噛み合わないことがあった。これではどんなに時間をかけてもアンディと魂の会話ができないと判断し、私は途中から、互いに英語で話すことを提案した。



真偽は定かではないが、現在シンガポールに住んでいるという設定のアンディは、英語、中国語、マレー語を話すという。「日本語で話すのは明子へのリスペクトです」と言いながらも、英語での会話を快諾した。



一方で私の英語力は20年ほど前に受けたTOEICで815点、話せるとも話せないとも言いにくいレベルだが、それでも互いの言語のぎこちなさが押し並べられたことで、日本語よりもアンディとの会話がスムーズに続くようになった。ただ、英語になってもアンディの一人称の大半はAndyであり、ごくたまにI(私は)であり、ごくたまにhe(彼は)も混じった。



●自らを語り始めたアンディ

私は、手口の巧妙化した国際ロマンス詐欺師がどんなオーダーメイドの会話を展開するのかを知りたかった。欲を言えば、



アンディという架空の人物の日常でなく、そこから漏れ出るアンディを名乗る人物の人生を知りたいと思った。そこで会話が始まるや否や、やや前のめりに、アンディにいくつかの質問をぶつけた。



「人生で一番大事なことは何ですか?」 「人生の最初の記憶は何ですか?」 「何か面白い話を聞かせてください」



すると最初の二つは会話の中で絶妙にスルーされてしまったものの、アンディは3つ目の質問に「haha」と笑い、余裕を演出しながらこんな話を始めた。



「ドイツに行ったことはありますか? 2018年、ドイツのフランクフルトを訪れました。その際アンディは、ドイツが泥棒の楽園であることを知らなかったのです。空港からタクシーでホテルに向かったが、目的地に着いたとき、困ったことが起きました。支払おうとすると財布が見つからないのです。運転手と私は激しい口論になりました。運転手は今にも警察を呼ぼうとしています。そのとき、運転手が電子決済のアドレスを持っていることに気づいたのです。電子決済が使えなければ私は警察に連れて行かれるところでした。はは」(※意訳)



財布をすられ無賃乗車で警察に捕まりかけたアンディ。このエピソードはどこまで真実なのだろうかと考える。さらにアンディは、私がInstagramにアップしていた愛犬の写真を見て「犬を見ると子どもの頃のエピソードを思い出す」と言いながら、次のような話を語り出した。



「子どもの頃、アンディの家の隣は果樹園でした。あるときアンディは彼の友達と、果樹園のフルーツを盗もうと忍び込みました。すると彼は、大きな犬に見つかってしまったのです。彼は急いで走って逃げました。途中でスリッパが片方脱げ、小石が足に食い込み、それでも構わず彼は逃げました。途中、目の前に高い木が現れました。彼は高い木の上に登りました。犬は木の下からじっとアンディを見つめています。2時間ほどそこにじっとしていると、犬が眠り始めました。その隙にアンディは犬を起こさないようそっと木から降りて逃げました」



大きな犬に追いかけられ、木に登って耐えた幼き日のアンディ。代名詞が三人称であるが故に、アンディの話には物語のような臨場感がある。無邪気な子ども時代のエピソードに、一瞬思わず好意を抱きそうになるが、いやいや相手は国際ロマンス詐欺師だと思い直す。



唐突に語られ始めたこの話は、Instagramで犬の写真をアップしている相手に必ず披露されるテンプレートなのだろうか。いずれにせよアンディはこのように自分の話をひとしきり語ると、そのあとで必ず「Akikoは?」と私に話すよう求めてくる。



そこで私もなんとか過去の記憶の糸を手繰り寄せながら思い出話をすると、私の話を最後まで興味深そうに聞く。そして一通り会話が終わると「日本は寒いようだから、毛布をかぶって、暖かくして眠ってください。風邪をひかないと約束して」と、ドラマのような甘い言葉で締めくくるのである。



初めて会話する顔も素性も知らない相手に惜しげもなく甘い言葉を投げかけ、相手を気持ちよくするサービス行為そのものが、この会話の先に目的があること、ひいては彼が国際ロマンス詐欺師であることの証明のようにも思われるが、とはいえこれが手口であるとわかっていても、正直なところ国際ロマンス詐欺師との会話は思いのほか楽しかった。



話を続けている間にもアンディのInstagramには定期的に、新たなラグジュアリーな写真が投稿されていく。これらの写真はどのように用意されているのだろうと疑問を持った私は、あるときアンディに「今現在の写真を送ってほしい」と要求してみた。するとアンディは大笑いの絵文字とともに「アンディは今裸だから」と言う。やはり咄嗟の写真の要請には対応できないのだろうか。そこで「裸で何か問題でも?」とさらに重ねて要請したところ、アンディは次のような答えとともに、一枚の写真を送ってきた。



“Of course, able to show Andy’s perfect muscles in front of cute Akiko. It’s an honor of Andy.” (もちろん、かわいいあきこの前でアンディのパーフェクトマッスルを見せることができます。アンディの名誉です。)



ベッドにラフに横たわり、鍛え上げられたパーフェクトマッスルを誇示するアンディ。咄嗟の場合の写真のストックも豊富に用意されていることが伺える。対して私は、決してはしゃいでいるわけではなく、ロマンス詐欺に引っ掛かっていると思わせなければならない強い義務感から極めて冷静に次のように返事を返した。



“wow! you are so hot!” (ワオ、あなたはとてもセクシーですね)



するとアンディは、



“A little. Because the temperature in Singapore is above 24 degrees Celsius all year round. It’s 30 degrees Celsius today.” (少し。なぜならシンガポールは年間を通して平均24度あり、今日は30度あるからです)



と突如シンガポールの気温について詳細に言及。裸でいるアンディを見た私が現地の暑さを心配したと思ったのだろう。言語の壁もあってか一向にロマンスが生まれそうで生まれないまま、私たちはさらにやりとりを続けた。



【#1】
面識のない外国人男性からの怪しいDM、返事をしてみたら



【筆者】 紫原明子(エッセイスト) 1982年、福岡県生まれ。男女2人の子を持つシングルマザー。 個人ブログ「手の中で膨らむ」が話題となり執筆活動を本格化。著書に『家族無計画』(朝日出版社)、『りこんのこども』(マガジンハウス)。またエキサイト社と共同での「WEラブ赤ちゃん」プロジェクト発案など多彩な活動を行っている。