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『マーベラス・ミセス・メイゼル』はプライドの物語? 痛切なレニー・ブルースの訴え

2022年05月25日 08:01  リアルサウンド

リアルサウンド

Amazon Original 『マーベラス・ミセス・メイゼル』シーズン4

 Tits Up! パンデミックの影響により約2年ぶりとなった『マーベラス・ミセス・メイゼル』、最新シーズン4の登場だ。これに先駆け、ショーランナーのエイミー・シャーマン=パラディーノは来たるシーズン5でのシリーズ完結を発表した。アメリカ芸能史に名を残すコメディエンヌたちにオマージュを捧げた本作は、一介の主婦から芸人を目指す主人公ミッジ(レイチェル・ブロズナハン)が、ショービジネス界を駆け上がる一代記になると目されてきた。しかしシーズン4の時代設定は1959年(映画館に『ベン・ハー』の看板が見える)、モデルの1人であるジョーン・リバーズで言えばキャリアを始めてまだ間もない頃だ。思いのほか早い幕切れに、『マーベラス・ミセス・メイゼル』が1人の女性の変化をミニマルに描く物語として終わろうとしていることが伺い知れてくる。


【写真】『マーベラス・ミセス・メイゼル』場面カットほか5点


 今シーズンも相変わらずテンポの早いギャグと役者陣のアンサンブル、リッチなプロダクションデザインにめくるめくカメラワークで魅せてくれるが、シーズン1の爆発的な駆動力を再現するには至っていない。サブプロットには濃淡があり、あれだけ打たれ弱かった前夫ジョール(マイケル・ゼゲン)は今や飲食店経営者として成功し、再婚も目前にして物語上の役目を終えてしまったように見える。


 シーズン4はプライドの物語だ。大物歌手シャイ・ボールドウィン(リロイ・マクレーン)との一件で業界から干されたミッジは、誰からの横槍も受けない、自分らしいパフォーマンスをやろうと心に誓う。ステージに立つ者としての自尊心が備わり、つまらない芸人を見れば「こっちの方が面白いだろ」とギラつかんばかりだ。そんな彼女が場末のストリップ劇場に流れ着く。舞台上の安全管理もなっていなければ、楽屋のホスピタリティもてんでダメなこの場所で、ミッジは専属芸人としてステージに立ち、持ち前のバイタリティでさらには経営も上向かせてしまう。いつしか人気も前座からヘッドライナー級だ。メインストリームと相容れないのなら、セルフプロデュースで成り上がる。これも芸の道を志す者の“戦い方”だ。


 一方、大学教授の職を失った父エイブ(トニー・シャルーブ)はヴィレッジ・ヴォイス誌に招かれる。活気あふれる編集部で演劇評論家としてのキャリアをスタートさせ、長かった壮年のモラトリアムもようやく終わりを迎えたようだ。その初任給はろくに卵も買えない薄給だが、「芸術に」と酒を酌み交わす表情は満足気。エイブが巷で大人気のミュージカルをこき下ろす場面は痛快だ。害のない作品をわざわざ酷評する必要があるのか? という問いに彼は言う。「害はある。見られるべき名作の資金や人手が奪われてしまう」「私には大衆に対する責任があるんだ」。その通り!


 そしてミッジの前に大物芸人、ソフィー・レノン(ジェーン・リンチ)が現れる。舞台女優への転身を図ったのも束の間、プレッシャーに負けた彼女はトーク番組で自虐することでお笑い芸人としての凄みを甦らせていく。そんなソフィーに煽られて、ミッジはせっかく手に入れた稼ぎのいい前座仕事を台無しにしてしまうのだ。そうして「前座はやらない」と頑なに誓い、ついには大物トニー・ベネットの前座すら断ってしまうのである。


 ステージに立つ者、とりわけソロで舞台に立つ者には矜持が必要だ。言いたいことを言うために、誰からの干渉も受けない自分の居場所を作る必要がある。だが時にその頑なさが可能性を奪い、成功への道を妨げてしまう。ここにハマって抜け出せなくなる人の方が、遥かに多いのだ(そしてそれは時にトキシックさの温床にもなり得る)。


 シーズン4の終幕、カリスマ芸人レニー・ブルース(ルーク・カービー)は言う。「オレを哀しませるな」。これまでのらりくらりとミッジの前に現れては笑いの薫陶を授けてきたレニーに、今シーズンでは薬物中毒の暗い影が差す。


 レニー・ブルースは政治や宗教、人種差別や同性愛、中絶などそれまでタブーとされてきたアメリカの矛盾に切り込む芸風でカリスマ的人気を博した実在の芸人だ。しかし、その芸風から公然わいせつを理由に度々逮捕され、ついにはオーバードーズで1966年に40歳の若さでこの世を去ってしまう。『マーベラス・ミセス・メイゼル』におけるレニーはさながらミッジの守護天使であり、そして芸に生きることの残酷さを内包した死神である。彼が登場する度に華やかな1950年代には死の匂いが漂い、同じくタブーを超えようとするミッジに“小さくまとまるな”と訴える痛切さは、まるで後の運命を予兆するかのようだ。シーズン4は“笑いの神”レニー・ブルースと、彼が惚れ込んだ“神よりも重要かもしれない女”ミッジのラブストーリーでもある。


 シーズン4の第1話、ステージ上でミッジは言う。「言葉が人の考えを変え、その結果、行動を変える。でも黙ってたら力を発揮できない」。果たしてミッジは自分自身を、そして世界を変えることはできるのか? 『マーベラス・ミセス・メイゼル』のファイナルステージはレニー・ブルースが生き永らえ、そして1人の女性によって笑いが世界の真実を捉える物語になるかも知れない。前に進むんだ、ミッジ!


(長内那由多)