2022年05月20日 10:31 弁護士ドットコム
格闘家でユーチューバーの朝倉未来さんが、ニュースサイト「Smart FLASH」から「一般人」の母親を取材され、無断で写真を掲載されたとして、法的措置をとることを表明していた。
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この考えを明らかにしたのが昨年末のこと。その後、朝倉さんから特段の発信はなかった。
しかし、今年に入って、母親が、サイトを運営する光文社と直撃取材をした男性記者を相手取り、慰謝料など110万円の損害賠償と「写真」の削除を求める裁判を東京地裁に起こしていたことがわかった。
母親はどのような考えで裁判を起こしたのか。そして、光文社はどのように取材の正当性を主張するのか。
弁護士ドットコムニュースは裁判記録を閲覧し、双方の主張を確認してみた。(ニュース編集部・塚田賢慎)
まずは経緯に触れてみたい。ことの発端となったのは、朝倉さんが出演したABEMAの番組「朝倉未来にストリートファイトで勝ったら1000万円」(2021年11月20日)だ。この企画で、朝倉さんはオーディションで選ばれた3人の男性と戦い、圧倒的な差をつけて勝利した。
プロ格闘家が「素人」にケガをさせる結果となり、「弱い者いじめ」などの批判があがったことを受けて、試合後の朝倉さんは賛否両論あるとしつつ、「一つ言えることは2度とこういう企画に挑戦することはないです」としていた。
そんな中、朝倉さんの母親を取材した「Smart FLASH」の記事が12月1日に公開された。
〈朝倉未来 噂の“美魔女母親”●●さんが「弱い者いじめ」批判に困惑の胸中告白…小倉優香との結婚は「聞いていません」〉(編集注:記事のタイトルに書かれた母親の実名を伏せています)
見出しや記事本文では母親の実名が出され、顔の写った写真も掲載されている。
朝倉さんの地元に住む母親に対して、ストリートファイトの感想を取材するため突撃したものだ。
記事が出てから1時間もしないうちに、朝倉さんは自身のツイッターに「もう顧問弁護士に伝えたので動きます」と投稿し、翌2日には動画(タイトル「さすがに許せない事が起きました」)をアップした。
「僕は公人といわれる存在で、記事にされるのは仕方ない。母親はまるで関係ないし、一般人。さすがにおかしい。法的措置を取ることが決まりました。顧問弁護士に相談して動いている」(動画から)
その後も朝倉さんは、週刊誌を訴えた経験があるというメンタリストDaiGoさんとの対談で、裁判の際の具体的なアドバイスを受けるなど、着々と法的措置の準備を進める動きを見せていた。
それ以降、この件について朝倉さんからの発信は確認できていなかったが、裁判は実際に起こされていた。
2022年5月10日、母親が原告となり、光文社と突撃取材をした記者を相手取った損害賠償請求等事件の第1回口頭弁論が東京地裁でおこなわれた。
法廷には双方の代理人弁護士と、光文社側関係者と思われる男性らが現れたが、母親や朝倉さんの姿はなかった。
弁護士ドットコムニュースは5月16日、この裁判記録を閲覧した(記録の情報は5月16日時点)。
提訴は今年2月。訴状の中で、未来さんの母親は〈一般私人〉と説明されている。
母親は未来さんたちの動画チャンネルに数回出演し、自身も一般私人としてプライベートでSNSを利用する一方で、〈原告自身の固有のメディア活動はしておらず、またメディア活動を通じて収益を得ているということもない〉。また、仕事についても〈公職や公的業務に携わっているということはない〉としている。
訴状では、母親からの視点で、直撃取材の様子について説明がされている。
取材は2021年11月24日夕方のこと。母親が自宅マンション(住所非公開としている)に帰宅し、駐車場に車をとめて出てくると、被告記者ともう1人から、質問が矢継ぎ早にされたという。記者から名刺を差し出されたが、その際は受け取らず、取材の終盤に改めて受け取ったという。撮影したのはもう1人の記者だったそうだ。
あらかじめ取材の申し込みはなく、取材、撮影、記事の掲載についても許可取りはなかったとする。
〈番組および未来の話題に便乗するように、被告らは、原告に、番組の感想等に対する取材を試みたものと思われる〉
母親はいずれの質問にも、軽い相槌や「何も言えません」など、ノーコメントの対応に終始したとしている。
また、自宅マンション敷地の駐車場内での取材・撮影について、記者の立ち入りを許可していないと主張。この点、駐車場は公道に面した場所だったが、〈自己の容ぼうを殊更に撮影されることを想定して受忍すべき場所ではない〉と指摘している。
そして、肖像権に関する最高裁の判例(平成17年11月10日判決)を参照しながら、この突撃取材による写真の撮影は、明示的にも黙示的にも、母親が承諾していないとして肖像権の侵害にあたるとしている。
同様に、その写真の公開もまた違法行為であり、光文社と記者に責任があるとしている。
また、従前通り、母親は〈公人や公人に準ずる立場や、社会的影響力のある立場とは言えない〉、つまり公人ではないと主張している。
このような非公開の自宅住所への無許可取材により、「私人」である母親は無断で姿を撮影・公開されたことで困惑し、転居を検討せざるをえない状況に追いやられたという。
また、未来さんが動画で抗議するも、いまだに母親に一切の謝罪をしていないなどとして、取材や記事の公開による精神的苦痛の慰謝料は100万円とした。また、肖像権の侵害を理由に、記事に使われた母親の写真の削除を求めた。
記事そのものではなく、記事の写真の削除を求める理由は、訴状の以下の記載に詳しい。
〈番組や未来に関して報道すること自体には一定の公益性や必要性が認められるとしても、それを未来の母親であるというだけで原告まで取材する必要性はないし、仮に原告に取材することに一定の公益性を認めるとしても、それは原告の言葉だけを掲載すれば足りるのであって、殊更に原告の容ぼうを写した本件写真を引用して掲載する必要性は一切ない〉
つまり、百歩譲って母親を取材するにしてもコメントだけで十分であって、写真まで使う必要はなかったとの主張だ。次に続く。
〈それにもかかわらず、本件記事はそのタイトルに「噂の”美魔女母親”●●さんが」と記載されていることからすると、本件番組や未来に関する報道を直接的に試みるものではなく、私人である原告についても視聴者の興味を引くべき訴求ポイントとして利用し、その訴求力を高めるために本件写真を利用するために撮影したと認められる。とすれば、撮影の必要性はなく、撮影の目的についても何らかの公益目的ではなく、被告会社の営利目的を主たる動機として原告の容ぼうを撮影したといえる〉
光文社側は、答弁書で請求棄却をもとめた。なお、記者とは現在、契約関係はないという。
そもそもの取材目的については、このように説明する。
〈未来の企画した番組内容が社会的に適切なものかどうかについて社会的に大きな議論になっており、社会的関心事になっていたことから、未来の関係者である原告にも取材を試みたものである〉
私人である母親の容ぼうを無断で撮影・公開したという主張に対しては、母親が未来さんと弟の海さんの動画チャンネルに少なくとも計5回出演(2020年11月以降)していたことから、すでに〈原告の容貌は自身の意思によって全世界に広く公開されている〉と反論した。
5つの動画の再生回数はいまや計1400万回を超えており、SmartFLASHの問題の記事の視聴回数を遥かに超えているという。そのため〈本件記事によって新たな損害が生じることもおよそ考えにくい〉という理屈だ。
また、母親自身のSNS(インスタグラム)では、母親の姿や、未来さんたちの姿も公開していることに加え、フォロワーも1万人を超えていることなどから、その規模は〈著名人運営のSNSに匹敵する〉とした。
なお、取材に関する母親側の主張に対しては、アポなしの突撃取材であったことや、記者から明示的に撮影許可を求めた事実はないと認めた。
その一方で、記者が「週刊FLASHの●●ですが」と声をかけると、母親が取材に応じる姿勢を見せたことから、車道から2、3歩敷地内に入って、話を聞いたものだとする。また、撮影においても、それを拒否することがなかったから、母親は撮影に黙示の同意があったものだと主張した。
さらに、母親の自宅住所は、未来さんたちの動画の情報や映像のみから、位置が確認できたとして、〈記事掲載以前から原告の所在地は自ら広く公開していたものである。したがって、本件記事により転居の必要性が生じることはおよそ考えられない〉とある。
結局のところ、母親の取材には理由があり、肖像権の侵害は認められないとする反論だ。
母親が独自に裁判に向けて動いたのかどうかはわからない。ただ、訴状の母親の住所が、朝倉未来さんに関係のある住所になっていることから、未来さんの何らかのサポートがあることはうかがえる。
母親は未来さんと海さんの動画(それぞれ登録者数約240万人・約110万人)に出演していることから、少なくとも未来さんたちのファンの間では知られた存在かもしれない。しかし、それでも著名人の家族である「一般人」への取材がどこまで許容されるのか裁判所の判断が注目される。
【肖像権をめぐる最高裁の基準】 人はみだりに自己の容ぼう、姿態を撮影されないということについて法律上保護されるべき人格的利益を有し、ある者の容ぼう、姿態をその承諾なく撮影することが不法行為法上違法となるかどうかは、被撮影者の社会的地位、撮影された被撮影者の活動内容、撮影の場所、撮影の目的、撮影の態様、撮影の必要性等を総合考慮して、被撮影者の上記人格的利益の侵害が社会生活上受忍すべき限度を超えるものといえるかどうかを判断して決すべきである。