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福岡は世界を目指すスタートアップにとって“最適な都市”なのか 現地起業家の証言から考える、充実した官民の支援と「場所」の豊かさ

2022年05月16日 08:01  リアルサウンド

リアルサウンド

「The Company DAIMYO」オープニングレセプションのトークセッションより(撮影=三橋優美子)

 「福岡」という場所は、食や観光などの側面でスポットが当たりやすい。しかし、ビジネス・テック領域において“大きな可能性を秘めた都市”であることはご存知だろうか。


 2012年に市が主導で「スタートアップ都市ふくおか宣言」を行い、国も国家戦略特区「グローバル創業・雇用創出特区」に指定し、創業を促す規制・税制緩和が進むなど、官民連携のスタートアップ支援に力を入れていたり、2017年4月には、スタートアップ支援施設『Fukuoka Growth Next(FGN)』が設立されたりと、ほかの地方都市と比べて起業しやすい環境が整っている。また、アジアと日本の玄関口になりやすいこの地域の特性を活かし、福岡に地方拠点を構えるGoogleやLINEなどのような大企業も存在するほか、福岡をベースにアジアに支社・支店を展開するスタートアップも少なくない。


 今回は福岡を拠点とするスタートアップのなかから、「ソフトによる街づくり」をテーマに立ち上がったクリエイティブカンパニーである株式会社Zero-Tenと、九州・福岡を代表とする不動産ディベロッパーの福岡地所株式会社が共同で資本と人材を投入して立ち上げられた、シェアオフィスやビジネスコミュニティに特化したベンチャー企業・株式会社Zero-Ten Parkの活動にフォーカスを当てる。株式会社Zero-Ten Parkは、博多や天神などの福岡を中心としつつ、ハノイやバンコク、セブ、ホノルルなどにも拠点を持つコワーキングスペース「The Company」を運営しており、5月10日には地元の有力地銀である西日本シティ銀行がタッグを組んだ新たなスペース「The Company DAIMYO」を福岡・大名にオープンした。


 「The Company DAIMYO」は会議室やWEBミーティングルームも完備し、月額制や時間単位での利用が外資系のコワーキングスペーススペースに比べると格安で利用できるなど、オフィスを持たない駆け出しの起業家にとって、しばらくの拠点となりそうな場所だ。今回は同スペースの設立に伴って行われた、オープニングレセプションのトークセッションに潜入。福岡の起業家たちや銀行側のキーパーソンをゲストに迎え「福岡で創業する魅力」や「銀行に求められる創業支援」について発された、意義ある提言の数々に耳を傾けてみよう。


左から小島淳氏、森川春菜氏、吉岡泰之氏、榎本二郎氏、吉村剛氏。


 トークセッションの一幕目である「福岡で創業する魅力」に登壇したのは、株式会社gaz 代表取締役CEOの吉岡泰之氏、オングリットホールディングス株式会社 代表取締役の森川春菜氏、株式会社オルターブース 代表取締役の小島淳氏、株式会社Zero-Ten 代表取締役社長の榎本二郎氏、株式会社西日本シティ銀行 デジタル戦略部 部長の吉村剛氏。モデレーターは株式会社Zero-Ten Park 常務取締役の勝呂方紀氏が務めた。


 本題に入る前に、簡単にそれぞれの企業を紹介しておこう。マイクロソフト系のインフラエンジニアとして活躍した小島氏が設立した株式会社オルターブースは、Microsoft Azureを使った企業のクラウド化を全方位で活用支援する会社。九州・四国の学生を対象としたハッカソンも定期的に行っている。オングリットホールディングス株式会社は、建設業界のアップデートを軸とし、橋やトンネルなどの点検業務をメインに現場で使用するロボットやAIを開発し、専門の技術者にしかできなかった業務を未経験者でも可能にするなど、業界全体の雇用を生み出す試みも行なっている。株式会社gazはWEBやアプリなどのUIデザインに強みを持った会社で、WEB事業はSTUDIOのゴールドパートナーになるなど、ノーコードをベースにした制作を行っているほか、LINE FUKUOKAとの協業&LINE公式アカウントのデザイン、東都ガスのデザイン、FGNのサイトリニューアルを手がけ、吉岡氏は福岡市役所や厚生労働省にも民間のデザイナーとして参加している。


 「The Company」はカラフルなコワーキングスペースも特徴のひとつだが、その理由についてスキューバ好きの榎本氏は「海は底に行けば行くほど色がなくなって、生物もどんどん動かなくなっていく。逆に色があればあるほど動くから、活発な場所にしたいという思いがあった」と述べた。スペースを作るだけでなく、他社との連携・提携も積極的に行なっており、国内外で360社1360名の会員が利用している。


 トークセッションのメインテーマである「福岡で創業する魅力」について、小島氏は「ステップを踏むにあたって“一番恵まれた土地”」、森川氏は「FGNがあり、創業支援に手厚いこと」、吉岡氏は「競合優位性」と述べる。小島氏と吉岡氏は地銀である西日本シティ銀行の支援や、FGNといった場所があることを利点としたが、ここでは吉岡氏の発言にもう少し注目したい。彼は「東京にはGoodpatchなどUI専門の会社は多いが、福岡にこのポジションの会社はなかった。東京で起業していたら、いまのような立ち位置にはなれていなかったと思う」と語っていた。たしかに、東京ではすでに存在する大企業と同じ分野でスタートアップをしたとしても、競合が多いことや業界内での注目度が集めづらいなど、乗り越えなければならない壁は多い。しかし、その壁が少ないうえ、家賃などの固定費が少なく、支援も手厚い場所があったとしたら? その「もしも」を叶える場所として、福岡が持つ可能性はたしかに大きい。


 そんな福岡について、榎本氏は「新しいものを毛嫌いする層もいるが、毛嫌いしない層もそれと同じかそれ以上いるという土地柄も大いに関係あるだろう」とし、吉村氏は銀行側の視点として「行政のサポートは充実しているし、スタートアップ支援の団体も多い。先輩起業家が後輩をしっかり応援しているなと感じる」と起業家同士のコミュニティも排他的でなく、むしろ歓迎ムードであることが、起業を後押ししているのではないかと推察した。先に述べたように、アジアの玄関口として存在してきた福岡だからこそ、排他的になりすぎないことの重要性が都市単位で染み付いているのかもしれないし、それは起業のみならず、都市の発展においてはかなり重要なファクターといえるだろう。


 福岡が起業に適した環境であることがあらためて理解できたうえで、次の話題は「スタートアップ企業が真に求めている官民のサポート」について。小島氏は「仕事とお金」、森川「地域で循環できるような仕事をしっかりと与えてもらえる環境」、吉岡「思い切ってスタートアップに大きい仕事を任せる自治体や大企業の存在」と述べた。このテーマについては、3人が共通して“仕事”と答えていたのが興味深かった。ベンチャーはキャッシュ(現金)に苦労しがちで、そこを銀行やベンチャーキャピタル(VC)などから資金調達することで当面の悩みを解消したり、企業体としてのステップを一つ上がり、それらを繰り返して会社のミッションを叶えていく、というざっくりとした“ベンチャー像”というよりは、よりリアルな現場の意見が聞けて面白かったからだ。


 小島氏は「スタートアップはお金をVCから集めることができる。ただ、仕事を自分たちで集めることは大変で、(先進的なことをやっている企業ほど)ニーズにたどり着くには時間がかかる。だからこそ、そこをサポートする仕組みがあれば」と話した。営業力を強みとしている企業ならまだしも、アイデアや技術が先行していたり、エンジニア=創業者である企業も現在は少なくない。そんななかで、営業のトスアップを行なってくれるような官民がいれば、たしかに魅力的だと思える。このことについて、吉岡氏は「LINE Fukuokaの案件はFGNからのつながりで提案・獲得につながった獲得できた。営業経験がない自分たちもFGNのサポートで案件をいくつも紹介してもらった」と語った。そういった意味で「仕事を支援する」という機能のある組織はすでに存在しており、あとは起業家と自治体・大企業の両者が、どのようにこのパイプを活用していくかにかかっているともいえるだろう。


 そうして議論が活発化するなか、榎本氏はまったく違った見地から「みなさんは会社が生き延びるためにはということを話されている気がするのだが、アメリカの方々と話していると『こういう世の中にしたい』という哲学が先行しているスタートアップが多くなってきていることに気がついた」と重要な指摘をする一幕も。たしかに世界のスタートアップは現在大企業に成長した会社を含め、メッセージ性の強い企業・起業家が少なくない。これは「ノブレス・オブリージュ」の精神が浸透しており、世の中を良くする人や会社に投資するVCやユニコーン企業が多いのも一因があるだろう。榎本氏はそれらの背景を踏まえ「哲学に投資するくらいのゆとりや、失敗してもいいという環境づくりができれば起業家や仕事は増える。仕事とお金はあくまで哲学の枝葉である」と、起業家側がそれらのメッセージを発信すること、企業や自治体もしっかりと共感し、相応の支援を打ち出すことが重要であると提言した。


 銀行側もビジネスマッチングの重要性は認識しているようで、「スタートアップに関わらず、お客様同士や地場企業とスタートアップを繋ぐ役割は本来、金融機関に求められている」と吉村氏は語った。これについては次のトークセッションで大幅に言及されているので、そちらを楽しみにお読みいただきたい。


 最後のトークテーマは「福岡のスタートアップがさらに活気付くには?」。小島氏は「起業家を増やすこと」、森川氏は「挑戦できる環境、失敗しても良い環境」、吉岡氏は「カリスマスタートアップーーとんでもない一番星・成功例を作り、色んな人の心に火がつけること」と述べた。森川氏の発言は先述した榎本氏の言葉ともリンクするが、やはりセカンドチャンスができる環境づくりは大きいし、それが激戦区・東京と比べた時の優位性に繋げやすいと思える。榎本氏は吉岡氏の意見に賛同し「スター企業がでることは大きい。東京ではないということを魅力に感じ、日本国内に広げるのではなくアジアに、海外に広げていく視点の企業には適していると思う」と語った。


 今回のトークセッションを聞く限り、その舞台は整いつつあるように感じる。冒頭で紹介した「The Company DAIMYO」も、西日本シティ銀行とタッグを組み、『NCB創業支援サロン』の創業カウンセラーも常駐しながら、創業支援やマルチロケーションのサポート、店舗利用者とのビジネスマッチングを行なっていくなど、“場所”が大きな役割を担うことで、勢いはさらに加速するに違いない。


 次ページでは、トークセッション二幕目の模様を紹介したい。


 トークセッションの二幕目「銀行に求められる創業支援」には、イジゲングループ株式会社 代表取締役社長の鍋島佑輔氏、株式会社PECOFREE 代表取締役の川浪達雄氏、キャンプ女子株式会社の橋本華恋氏、株式会社西日本シティ銀行 ビジネスサポートセンター福岡 創業カウンセラーの吉松博臣氏が登場。モデレーターは一幕目と同じく、株式会社Zero-Ten Park 常務取締役の勝呂方紀氏が務めた。


左から鍋島佑輔氏、川浪達雄氏、吉松博臣氏、橋本華恋氏。


 イジゲングループ株式会社、株式会社PECOFREE、キャンプ女子株式会社の三社に共通するのは、いずれも西日本シティ銀行が創業支援をした企業であること。


 イジゲングループ株式会社は、大分・福岡・宮崎の3拠点を持ち「企業のDX支援」を行う会社。傘下にはクリエイティブの会社やソフトウェア会社などが存在し、西日本シティ銀行とは提携関係にある。株式会社PECOFREEは、食堂の会社の取締役を務めていた川浪氏が、コロナ禍に直面したことで起業した学校への配達を行えるモバイルオーダーサービス「PECOFREE」を運営する会社。イジゲングループとのジョイントベンチャーでもある。キャンプ女子株式会社は7年間一般のサラリーマンとして勤務した橋本氏が「キャンプのある豊かな生活」を多くの人に届けるべく起業。いまでは7万人超のフォロワーを誇るインスタグラムアカウントを中心に多岐にわたる事業を手がけており、アウトドアやファッションを盛り上げている。


 また、西日本シティ銀行の創業支援に関する取組みも吉松氏から語られた。専門スタッフ・創業カウンセラーが常駐するNCB創業応援サロンを大名と小倉に設置しているほか、創業期の企業が抱える幅広い資金ニーズに対応しており、借入期間は最長10年まで設定できる。CAMPFIREとタッグを組んだクラウドファンディング事業や、NCBベンチャーキャピタルとは共同でエクイティの支援を行っているほか、PR TIMESと連携したプロモーション補助なども行なっている。


 この回はまず、「西日本シティ銀行との連携で役立ったエピソード」の話題からスタート。鍋島氏は「ビジネスマッチングを毎週くらいの頻度でしていただいたことは大きかった」、川浪氏は「コンテストで最優秀賞をいただいて日経新聞に掲載されたことで、他メディアからの取材も増えた」、橋本氏は「西日本シティ銀行さんのアプリに広告を載せてもらい、LINE友だち登録が1000人から7000人に増えた」ことを挙げた。第一幕の方でマッチングの重要性には触れたこともあり、ここで興味深い事例は川浪氏と橋本氏が挙げた“プロモーション支援”だろう。銀行が支援するのはあくまでお金で、そこに人脈をつなげることの重要性が大きいと触れたばかりだが、広報的な支援まで加わるとなると、起業家にとってはこれ以上ないサポートとなる。そういった広義の支援をしてくれる地銀がいるというのは、スタートアップを福岡でやる大きなメリットのひとつであることは間違いなさそうだ。


 続いての「スタートアップ企業が真に求めている銀行のサポートとは?」というトークテーマについて、鍋島氏は「”真に”となるとお金の話は切り離せない。スタートアップは短期間で急成長させなければならないため、キャッシュやエクイティは絶対に必要」、川浪氏は「食品関係の事業をやっている以上、総合商社などと取引が生まれることは大きい。頻繁に担当者さんがオフィスにいらしてくださり紹介もいただけるので、それらをあらゆる企業にできると大きい」、橋本氏は「次の事業をやるとなったときの資金のサポートと、達成可能になるような計画立案を二人三脚でやってもらえる環境」と挙げた。このテーマについてはそれぞれが熟考し、悩みながら答えているように感じたうえ、回答も三者三様で面白い。各社の企業が持つ特徴や手がける事業のジャンルなども大いに影響していそうだが、やはり銀行には資金面での絶対的な支援はもちろん、あらゆる役割が求められる時代になったといえるのかもしれない。


 最後のテーマは「銀行はどうすればスタートアップ起業の良きパートナーになれるのか?」というもの。川浪氏は「立ち上げ当初の苦しい1~2年目のスケールするまでの期間を担当さんが二人三脚でサポートして”良きパートナー”であってくれた。今後もこの場所を通して支援をしていってほしい」、橋本氏は「逆にスタートアップがどうしたら銀行のよきパートナーになれるかを考えたい。どうしたら出資したいと思えるかを各自が考えるべき」と、それぞれ現状の支援に満足していることを明かした。ここで興味深かったのは鍋島氏の「良きパートナー=良き相談相手であること。経営者は孤独で辛い立場でもあるので、そこで距離が近い相談相手になっていただけることは大きい。もう一つはやはりお金。スタートアップの元になるお金の部分や、最近の連帯保証を外そうという取り組みなど、どんどん起業家のリスクヘッジをしてくれることで、グッと距離が近くなるのでは」という発言。吉松氏は「基本的には保証人に頼らない形でいきましょうということで、財務型・担保型・金融機関支援型を推奨しているが、スタートアップでなかなかそこの型に嵌めることは難しい」とフォローしたが、たしかにこれが実現すると起業へのハードルはさらに下がりそうな試みだ。


 これを受けて、吉松氏は「私どもが考えているのは、スタートアップ企業さんを含めてソリューション・リレーションのベストミックスが大事だということ。スタートアップ企業に限らず創業前と創業時・創業後にそれぞれのフェーズとニーズがあって、変化していく。そこをベストミックスでご提案・サポートをタイムリー・スピーディーにさせていただくことが、良きパートナー構成を作れることになると思う」とこのテーマについて締めた。たしかに、起業家が抱える課題は人それぞれで、業界ごとに越えなければいけない壁は微妙に違ったりしている。もちろん審査をクリアしなければならないという壁はあるが、受け持った銀行側が柔軟に対応するという姿勢を示してくれることは、現在頑張っている起業家にとっても、これから起業を考える人たちにとっても非常に心強い。


 最後に、今回取材した「The Company DAIMYO」だけでなく、「The Company」は福岡中心部を根城にする起業家のほか、福岡の中心部で拠点を設けたい県外企業も対象にしているという。大企業のサブ拠点としても活用できるので、東京とは空気を変えて、この豊かな空気で醸成された福岡のスタートアップとコンタクトを取ってみたいという企業は、ぜひ活用することをおすすめする。(中村拓海)


■施設概要
「The Company DAIMYO」
受付時間:平日9:00-19:30 (土日祝定休日)
TEL:092-600-0910
延床面積:約250坪
住所:福岡県福岡市中央区天神2-5-28 天神西通りセンタービル5F・6F (総合受付6F)
アクセス:福岡市営地下鉄「天神駅」、 西鉄「福岡(天神)駅」


〈プラン別月額料金・利用時間(税込)〉


・フリープラン、固定ブースプラン、オフィスプラン共に契約時、事務手数料(月額利用料の1ヵ月相当額)が必要。
・オフィスプランは契約時、敷金(月額利用料3ヵ月相当額)が必要。
・オフィスプランの電気利用料は別途請求。


■関連リンク
「The Company DAIMYO」公式WEBサイト:https://thecompany.jp/multi-location/daimyo/