2022年05月13日 11:41 弁護士ドットコム
山口県阿武町が新型コロナで生活に困窮する世帯を対象とした国の給付金を誤って1世帯に4630万円振り込んだ問題で、町は5月12日、返還を拒んでいる世帯主の男性に対し、弁護士費用など計5116万円の支払いを求め、山口地裁萩支部に提訴した。
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給付金は、住民税非課税の世帯を対象とした支援事業に基づくもの。町職員が誤って1世帯だけが記載された振込依頼書を銀行に渡したことで、町内で支給対象となっている463世帯分の給付金4630万円が4月、この世帯に誤って振り込まれた。
報道によると、町は受け取った世帯に対して繰り返し返還を求めていたが、世帯主から「金は別口座に動かし、もう元には戻せない。逃げることはしない。罪は償う」などと伝えられたという。
花田憲彦町長は「町民の大切な公金です。なんとか取り戻したい」と語っている。
ついに司法の場へ持ち込まれることになったが、返還は実現可能なのだろうか。また、刑事事件に発展する可能性はないのか。本間久雄弁護士に聞いた。
——全額の返還を求める町側の請求は、法的にはどのようなものなのでしょうか。
民法703条は、「不当利得返還請求権」を規定しています。これは、法律上正当な理由もないのに、他人の財産または労務によって利益(不当利得)を受けている者に対して、それによって損失を被っている者がその利益の返還を請求することができる権利です。
今回のケースでは、世帯主が誤送金により本来手にするはずのことができない給付金4630万円を手にしており(法律上正当な理由なく他人の財産によって利益を受けている)、それによって町が損失を被っていることから、町は世帯主に対して不当利得返還請求権を行使することができます。
なお、得られる利益が不当利得であることを知っていながら利益を取得した者は、不当利得の元本全額のみならず、それに年3%の利息をつけて返還しなければなりません(民法704条)。
——世帯主が「もう元には戻せない」と話したとの報道もありますが。今後、給付金の回収は本当に実現可能なのでしょうか。
不当利得であることは世帯主も認めているようですし、報道などで伝えられている事実関係からすれば、町側が勝訴する可能性は高そうです。勝訴すれば判決に基づき預金口座等の世帯主の財産を差押えできるでしょう。
ただ、たとえ世帯主が争わずに欠席判決になるとしても、判決が出るまで提訴から通常数カ月はかかりますので、その間に世帯主が給付金を費消したり隠匿してしまうと、回収は極めて困難になります。
差押え等の強制執行のために債務者に財産を開示させる「財産開示」という制度があり、2020年の法改正で実効性が以前よりも出てきましたが、基本的には債務者の自己申告ベースの制度であるため、これによって直ちに回収が図られるということにはならないと思います。
そのため、世帯主の差押財産を保全するために、判決前に給付金の送金先の銀行口座等の世帯主の保有財産を「仮差押え」する必要があります。これにより、世帯主は判決確定前であっても仮差押えされた財産を動かすことができません。
ただ、世帯主が話しているという内容のように、既に給付金を別口座に動かしてしまっていたりすると、送金先の銀行口座を仮差押えしたとしても空振りに終わってしまうでしょう。
——他に何か法的な手段はあるのでしょうか。
債務者が不誠実な対応に終始したり、財産隠匿の恐れがある場合は、債権者から破産申立てがなされることがあります(債権者破産)。
債権者破産が申し立てられると、破産管財人が選任され、債務者の財産状況を調査することができます。
破産管財人の調査権限は破産法で認められたものですので、給付金がどの口座に動かされたのかといった破産管財人からの問い合わせに対して、銀行も応じるものと思われます。
これによって、世帯主が口座に入った給付金をどのように移動させたのかについて流れがわかり、破産管財人が債権者(町)への配当に回すべき財産を確保することが期待できます。
今回のケースについても、状況次第では債権者破産が検討されても良いかもしれません。
——誤振り込みされた金銭を返還しなかった場合、刑事責任を追及されることはあるのでしょうか。
最高裁平成15年3月12日判決は、誤った振込みがあることを知った受取人が、その情を秘して預金の払戻しを請求することは、詐欺罪(刑法246条)の欺罔行為に当たり、また、誤った振込みの有無に関する錯誤は同罪の錯誤に当たるとして、錯誤に陥った銀行窓口係員から受取人が預金の払戻しを受けた場合には詐欺罪が成立するとしました。
この判決によれば、今回の世帯主が口座に入った給付金を銀行の窓口で引き出したり他の口座に送金したりした場合は、詐欺罪に問われる可能性があります。
また、ATMで口座から給付金を引き出した場合は窃盗罪(刑法235条)、ネットバンキングを用いて他の口座に送金した場合は電子計算機使用詐欺罪(刑法246条の2)に問われる可能性があります。
【取材協力弁護士】
本間 久雄(ほんま・ひさお)弁護士
平成20年弁護士登録。東京大学法学部卒業・慶應義塾大学法科大学院卒業。宗教法人及び僧侶・寺族関係者に関する事件を多数取り扱う。著書に「弁護士実務に効く 判例にみる宗教法人の法律問題」(第一法規)などがある。
事務所名:横浜関内法律事務所
事務所URL:http://jiinhoumu.com/