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金庫泥棒と疑われて「それでも僕はやってない」無罪判決なぜ出された ピザ店泥棒事件(♯1)

2022年05月08日 08:51  弁護士ドットコム

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働いていた宅配ピザ店の金庫から現金を盗んだとして、建造物侵入と窃盗の罪に問われた玉木公一さん(仮名=30代)に対して、京都地裁(赤坂宏一裁判官)は2021年10月27日、「犯罪の証明がなされたとは言えない」と無罪判決を言い渡した。


【関連記事:金庫には16万円残っていた「判決文に載らない無罪判決の理由」弁護士語る ピザ店泥棒事件(♯2)】



「被告人が犯人である可能性が高く」とまで書かれている判決文を読めば、玉木さんが「やったんだろう」という読み方をする人は少なくないはずだ。



しかし、玉木さんの弁護を担当した松渓康(まつたに・やすし)弁護士は、判決文に必ずしも大きく表れることのない主張が、裁判官の心証形成に役立ったのではないかと話す。



玉木さんは300日以上、身柄拘束され、その苦しさから「やってもいないことをやったと認めようとした」と振り返る。



弁護士が被告人とどのように向き合い、考えたことを裁判所に届けたか、そして無罪となった男性がその後どのように過ごしているか、全3回にわたる記事で紹介する。



まずは判決文の情報から、無罪判決が出された理由を読んでみてほしい。(編集部・塚田賢慎)



●chapter1 「事件」

事件は、2020年2月3日午前0時過ぎ、京都府内にある宅配ピザ店で起きた。営業終了後、何者かが侵入し、店内の金庫に入れられた3日分の売上(現金63万4000円)がなくなっていたのだ。



店のセキュリティは、(1)従業員用出入り口(出入り口)の鍵、(2)機械警備(センサーによる警備システム)、(3)金庫の鍵、(4)金庫前面扉に設置するセンサー、(5)出入り口付近を写す防犯カメラからなる。



閉店時に店長が機械警備をセットして出入り口を施錠していたが、犯人はその鍵を開け、機械警備を解除したことがわかっている。なお、防犯カメラはあったものの、録画機能が故障しており、そのことを知る者はいなかった。



機械警備は、出入り口の鍵を開けると鳴り始め、カードキーを使って解除する仕組みになっている。一定時間内に解除しないと、機械警備が異常を探知し、警備員がやってくる。また、機械警備を解除せず金庫を開けると、金庫に付けられたセンサーが反応し、やはり、機械警備が異常を探知する。



カードキー(出入り口扉の鍵、金庫の鍵と一緒に鍵束になっている)には固有番号が振られており、事件前後にカードキーを持っていたとされたのは、店長はじめ玉木さん含む従業員5人のみである。



事件当日、機械警備の解除によって検出されたのは、玉木さんに貸し出されていた「5番のカードキー」だった。



なお、事件発覚当時、センサーは外され、機械警備も解除されたままだった。



●chapter2 「カードキー」

裁判で最大の争点になったのは、5番のカードキーを誰が持っていたかだ。判決でもこのように言われている。



「結局、特段の事情が無い限り、その頃(事件があった2月3日午前0時15分)に5番のカードキーを所持していた者が窃盗の犯人であると推認される」



玉木さんは店のトラブルに巻き込まれ、2020年1月3日を最後に退職した。事件のちょうど1カ月前のことである。



2019年8月頃から管理していた「5番のカードキー」の行方について、玉木さんと店側の認識が異なっている。玉木さんは最後の出勤日に机の上に置いてきたと主張し、店長は玉木さんから返してもらっていないと否定する。



店長は、玉木さんに鍵の返却を電話やLINEのメッセージで何度か求めている。また、店長の意向を伝えられていたバイト仲間と玉木さんは、犯行5日前の1月29日に外でバッタリ会った際に「店長がお店の鍵返してって言ってはるので返してください」「わかりました」というやりとりを交わした。



●chapter3 「玉木さんのお金事情」

玉木さんには店と新聞配達のバイトで、月に21万円の収入があった。



しかし、事件当時、銀行口座の残高はほとんどゼロで、家賃や携帯電話料金の支払いは滞納することが多かった。また、消費者金融からは100万円足らずの借金を抱えていた。



事件前後の2019年11月~2020年4月まで、月の金銭収支はすべてマイナスで、特に事件の起きた2月の収支がマイナス約57万2000円と突出している。他の月は多くてもマイナス約7万9000円だから、2月の使い方が目立つ。



事件当日(2月3日)に、1カ月分の家賃を支払っているほか、携帯電話料金約11万円や、機種変更手続きに約16万円。自転車、パソコンの購入や借金の返済など、月末までに合計約74万5000円を使った。



●chapter4 「警察の動き」

事件が起きた日のうちに、店は警察に被害届を出した。そして、5番のカードキーが使われた履歴から、捜査線上には、玉木さんが真っ先に上がった。



警察は5月27日と10月6日の2度、玉木さんの自宅の捜索差押えをした。主な捜索目的は、5番のカードキーと被害金が入れられていたポーチを発見することだったが、いずれも発見されなかった。



担当した警察官は、1回目の捜索の際、財布に入った現金約3万円のほかは、玉木さんの自宅に現金がなかったと証人尋問で証言した。



玉木さんが自宅にタンス預金を置いていたと主張していたのに対し、検察はそれを否定していたからである。



しかし、裁判所は「1回目の捜索差押えは、証拠品等を捜索するために意欲的に行われたものとは考えることはできず、現金等を能動的に捜索したとは思われない」と警察官の証言の信用性を認めなかった。



以下のような事情があった。



・捜索差押えが被害届から3カ月以上も経過していた。
・「犯行に関する内容が記載されたパソコン」が差押対象のリストに入れられているのに、室内のパソコンを差し押さえようとした形跡すらない。
・捜索差押調書は極めて簡単なものだった。さらに、捜索差押えの経緯の詳細について、起訴から6カ月後(2021年4月27日)まで報告書が作成されなかった。



●chapter5 「裁判所の判断(カードキーは誰が持っていた?)」

さて、改めて確認すると、裁判の最大の争点は、事件が起きた頃、5番のカードキーを誰が持っていたかだ。



当時の持ち主は玉木さんだと主張する検察は、その根拠に4つの事情をあげた。



(1)玉木さんが2019年8月頃に預かった。
(2)店長に返却しなかった。
(3)鍵の返却を求める店長からのLINEメッセージを無視した。
(4)店長からバイト仲間を通しての鍵返却の催促に「わかりました」と答えた。



裁判所はすべて「認められる」としたが、それでもなお「カードキーを返したとする玉木さんの主張を排斥するには足りず、合理的疑いが残存する」としている。



トラブルに巻き込まれて辞職した玉木さんが鍵を店長に直接渡さず、机に置いて行ったというのも不自然ではない。5番のカードキーが机の上に置いてあったなら、使用方法を知っている他の従業員が、それを使って玉木さんの犯行に装うことができるという考えも不自然ではない。



また、LINEメッセージの無視と、鍵を返していないことに直接のつながりはない。さらに、バイト仲間からの催促に「わかりました」と答えても、それが何に対して「わかった」としたのか明らかではない。



●chapter6 「裁判所の判断(極端な出費をどう捉えるか)」

今回の裁判では、目撃証言のような犯行を直接証明できる証拠(直接証拠)がなく、犯行を推認させる事実(間接事実)の存否とその推認力が問題になった。



検察は、事件日以降に相当額の出費があったことで、玉木さんが犯人と推察されると主張した。



これに対し、玉木さん側は、数十万円のタンス預金を使ったものだと主張していた。さらに、当時はうつのような状態で、好きなことをして自宅の現金を使ってしまってから自殺を考えていたとする。



しかし、裁判所は、玉木さんが、消費者金融からの借入れなどをしていたことから、ある程度の現金を手元に置いていたとの主張には極めて強い疑問があるとした。



また、犯人が玉木さんだとして、自殺を考えていた人間が盗んだ金の使い道としてまず初めに自宅の賃料を支払うというのも不自然で、自殺についても実行に移そうとした形跡はないと判断した。



ただし、玉木さんがパソコンなどの購入までには犯行日から数日空いており、他の入手先から資金を得た可能性を完全に除外できないし、ましてや、支出の出どころが不明であるから犯人だといえるかといえば、「その証明力は相当低い」とした。



●chapter7 「結論」

結局のところ、玉木さんを犯人だとするためには、他の従業員が5番のカードキーを所持していた可能性を除外する必要がある。そのためには玉木さん以外の従業員に「犯行の可能性がないこと」「事件後に相当額の出費をしていないこと」などを証明しなければならない。



しかし、検察は、玉木さんを起訴した2020年10月22日の午前9時半頃~午後2時頃にかけて、カードキーを渡されていた3人の従業員に、電話で聴き取りをしただけで、その信用性には相当の疑いが残った。



「被害状況・店のセキュリティの事情を総合的にみると、玉木さんが犯人である可能性が相当に高く、自然な流れのようにも見えるが、それでもなお、玉木さんが犯人でなければ合理的に説明することができない事情があるとは言えず、玉木さんが犯人であることについて合理的疑いがあるというべき」



「犯罪の証明がなされたとは言えないから、刑事訴訟法336条により無罪の言い渡しをする」



●初回接見で弁護士が覚えた「ある強烈な違和感」

判決文からわかる無罪言い渡しの理由をここまで説明してきたわけだが、担当した松渓弁護士は、裁判官を納得させるために「逮捕された玉木さんと初めて接見したときに感じた『違和感』」を裁判で届けた」という。続編の記事では、判決文に表れない「ある主張」を弁護士が解説する。



(判決文だけではわからない「事件の裏側」♯2はこちら。玉木さんの告白♯3はこちら。全3回)




【取材協力弁護士】
松渓 康(まつたに・やすし)弁護士
民間企業で勤務後、地方自治体に招かれ、行政改革で実績を残す。仕事をしながら司法試験に合格して弁護士になった現在は、企業法務だけでなく、離婚・相続など個人の法律問題でも親身でスマートな解決策を提供している。今後、力を入れて取り組む課題は中小企業の事業承継。国の認定経営革新等支援機関、京都弁護士会の遺言・相続センター運営委員会委員。
事務所名:あかとき法律事務所
事務所URL:http://www.akatoki-law.com