2022年05月07日 11:11 弁護士ドットコム
1985年の第1回の放送から、昭和・平成・令和と3つの時代にわたり毎週土曜日のお昼に放送されてきたTV番組「バラエティー生活笑百科」(NHK)が、2022年4月9日で37年間の歴史に幕を閉じた。
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法律問題を考える構成作家として約34年間にわたり同番組に関わってきた筆者が、どのようにして番組が作られていたのか、インターネットがなかった時代の苦労なども含め振り返る。(放送作家・ライター/湯川真理子)
番組を担当して、1年、2年と経過するにつれ、少しづつではあるが法律的にはどう考えるのかということがわかってきた。
今まで知らないままで過ごしていたことが、法的にはこういう風に考えるんだということがわかると、結構面白くなってきた。知らない法律を見つけるたびに、「へえ、そうなんだ」と思うのと同時に、「問題にできるかも」と喜んだものだ。
たとえば、再婚後、再婚相手と自分の子どもは親子になるが、養子縁組をしなければ、子どもは再婚相手が亡くなった際の遺産を相続できない。「へえ~」。
結婚するときにした「毎月レストランへ行く」という約束は取り消せるのか。夫婦間の約束はいつでも取り消せる。「なるほど」。
貸したものをなかなか返してくれないからといって、勝手に持って帰ったら窃盗罪になる。まったく返却してくれない漫画が友達の家にあったからといって勝手に持って帰ったらダメなんだ。「ほお~」。
贈与は口約束ならいつでも取り消せるが、"書面"による贈与は取り消せない。書面で「リンゴをあげます」「ありがとう。いただきます」というやり取りがあれば、「やっぱりあげない」とはいえないことになる。
では、メールだとどうなるのだろう。メールは書面なのか。メールが頻繁に使われるようになった頃に提案したのだが、当時、判例が見つからず、これまた弁護士を困らせた。
筆者はてっきりメールは書面だと思ったのだが、どうやら書面による贈与には当たらないようだ(合っていますか?)。しかし、メールを印刷したら書面になるんじゃないのかな。みなさんはどう思いますか?
実は、番組内では、「言った」「聞いていない」とか、「やった」「やっていない」などの言い争いは扱えない。だから、「お金を貸した」「いや借りた覚えはない」というような揉め事は扱わなかった。真実が見えないので、答えようがないからだ。
他にも扱いにくい法律がある。たとえば、抵当権だ。事業をしている方にはなじみがあるかもしれないが、番組で扱う場合は抵当権とはから説明しなければならないし、楽しい設定にはなかなかできなかった。
また、細かい状況設定がなければ表現できない騒音トラブルや交通事故も頻繁には扱わなかった。
交通事故では、違法駐車していたトラックに視界が悪い状況で車がぶつかったというシンプルな設定で取り上げたことはある。「駐車違反の反則金を払う必要はあるが、事故に結びつく違反ではない」「停まっているだけだが、事故との因果関係はある」というように見解が分かれやすいからだ。
その代わり、相続にかかわる問題や婚約、結婚、男女間のトラブル、家の売買やリフォーム、賃貸など不動産トラブル、騒音以外の近隣トラブル、金銭トラブルなどは、よく登場した。
セクハラやパワハラは、1989年に日本で初めて職場でのセクハラを問う裁判が起こされるなどして、平成になって世間に広く知られるようになったが、番組ではセクハラもパワハラも簡単な状況設定では判断できないため、筆者の記憶では一度も取り上げることはなかった。
その点、消費者トラブルは、新たな手口がどんどん出てきた。ネット販売が増えれば、さらに新たな手口が生まれた。
規制するたびに手を替え品を替え生み出される騙しの手口は、法律とのいたちごっこを繰り返した。
最近では、一方的に商品を送り付けられた場合(ネガティブ・オプション)は、直ちに処分しても良いという法改正がおこなわれた。開けても捨てても身に覚えのない荷物は代金を請求されても払わなくていい。
以前はカニの送り付け、名簿の送り付け。コロナ禍にはマスクが大量に送りつけられたようだ。筆者は、法改正されたことを知るや否や、すぐに番組の企画として提案した。
宅配便は、今では「置き配」なども普及しているが、以前は届け先が留守だったら隣の家に荷物を預かってもらうこともあった。ご近所が絡めば、トラブルが生まれる。
筆者「冷蔵庫に入れていたお隣の預かりものを旦那が勝手に食べた」 同僚「人のものを食べたら弁償するしかないでしょ」 筆者「じゃあ預かった荷物を渡すのを忘れて賞味期限が過ぎた」 同僚「忘れた方が悪いよね」 筆者「預かった荷物を玄関に置いていたら泥棒に盗まれた」 同僚「それは…あれ、どうなるんだろう」
今なら追跡調査も可能だし、配達員は携帯電話を持っているので、連絡すれば再配達してもらえる。筆者は、一度他人の宅配便を受け取ったことがある。よくよく見ると、住所が少し違うのだが、もう少しで開封して食べるところだった(品名はお菓子)。
だいたい、こんなことあったらどうなるんだろうと「起こりうるかもしれない」ことを想定して考えるのだが、本当にそんなことがあるかどうかを確認することも多々あった。
筆者「古本屋で500円で買った本に5万円札が挟まれていた。もらっていい?」 ディレクター「黙ってたらバレない」 筆者「そんな答えはあかんでしょ」 ディレクター「届けたりするかな?」 プロデューサー「そんなことって、ほんまにあるの?」 筆者「さあ、そんなラッキーな経験はないです」 プロデューサー「じゃあ、古本業界で本当にそんなことがあるかどうか調べてみて」
古本屋に報告して返すべきか、それとも500円で買ったものに入っていたのだから購入者のものになるのか。古本屋の組合に電話で問い合わせてみると、笑いながらこんな答えが返ってきた。
「実は結構よくあるんですよ。本を販売するときに確認はしているはずなんですがねえ」
本を売った元の所有者がわからない場合は、遺失物として警察に届け、所有者が出てこない場合は、古本を買った人のものになる。黙っておかないで、ちゃんと届けてくださいね。
自分の身に置き換えたり、周りに起こりそうなことなら、「へそくりで買った宝くじが当たる」というありそうでなかなかないトラブルもずいぶん取り上げてきた。
それでも、時代はどんどん予想外の展開を見せ、法律は変わらなくても今までなかったトラブルが起こり始めた。これほどインターネットが普及するなんて、昭和の頃は考えてもいなかった。番組に関わることで、時代の流れの速さを身をもって感じていたのだ。
(この連載は不定期更新です。続きは後日掲載します)
【筆者プロフィール】湯川 真理子(ゆかわ まりこ):和歌山県田辺市出身。大阪府在住。放送作家・ライター。バラエティー、情報番組、音楽番組、ドキュメンタリー等、幅広いジャンルのテレビ番組に関わる。著書『宝は農村にあり 農業を繋ぐ人たち』(西日本出版社)。