2022年05月05日 12:11 リアルサウンド
VOICEROID「結月ゆかり」の中の人としても有名な声優・石黒千尋。声優としての活動だけでなく、ニコニコ動画やYouTubeにてゲーム実況配信を行うなど、配信者としても精力的に活動していた彼女が、2022年4月、突如“VTuberデビュー”を果たし、大きな話題となった。
今回は、そんな石黒本人にインタビューを行い、彼女の内に秘められたパーソナルな感情や考え、前例のない取り組みに果敢に挑んでいくマインドの根底にある想いに迫った。
・声優、石黒千尋がYouTuberになるまで
ーーYouTubeやニコニコ動画のようなカルチャーはご自身の声優という活動とは別に、いち視聴者として元々お好きだったんですよね?
石黒:そうですね。声優養成所を目指し始めたころからニコニコ動画を見ていました。当時は初音ミクさんが出始めの頃で、電子の歌姫誕生に「これはすごい!ペリー来航!新しい時代の幕開けだ!」と大興奮でした!毎日欠かさずニコニコ動画のランキングチェックしたり、“うぽつコメ”をするのが日課でしたね。ニコニコ動画は私の中で、もはや生活の一部でした。
ーーその時に印象的だった、ご自身に影響を与えてくれたクリエイターさんはいらっしゃいますか?
石黒:ボカロPさんだとazumaさんの「あなたの歌姫」という曲が今でもずっと好きです。VOCALOIDがまるで人間のように歌っていて、〈あなただけの歌姫なの〉という歌詞が合成音声としてのミクさんを一人の人格として捉えていて最高にロマンチックなんです。そこからikaさんの「みっくみくにしてあげる♪【してやんよ】」やデッドボールPさんの「1LDK」、そしてryoさんの「メルト」と一気にVOCALOID楽曲にハマったという感じです。
また、そのころにはゲーム実況者がニコニコ内で話題になり始めていて、幕末志士さん、ガッチマンさん、レトルトさん、キヨさん、牛沢さん……いまは「トップ4」と言われている方々のゲーム実況や、SofTalk系のゆっくり実況にハマりました。
ーー実況動画をご自身が投稿し始めたのは2017年ですが、そのタイミングにあえてやろう、と思ったのは何かきっかけがあったのでしょうか。
石黒:当時はすでに結月ゆかりさんのVOCALOIDとVOICEROIDが出ていたのですが、弦巻マキさんと結月ゆかりさんの組み合わせでの『マインクラフト』実況がとても流行っていて。私もその影響を受けて、『マインクラフト』にどっぷりハマり、プライベートでも『マインクラフト』を遊んでいたら友人から「そんなにゲームが好きなら、自分でもゲーム実況してみたら面白いんじゃない?」と言ってもらえて、「なるほど~!」と(笑)。あとはファンの方からも「千尋さんのゲーム実況が見たい」という声を沢山いただけたのも、ゲーム実況をする後押しにもなりました。
私の初めてのゲーム実況は、VOICEROIDの結月ゆかりさんの実況を参考に、「彼女のように落ち着いたトーンで淡々とゲームをするぞ!」と頑張っているので、是非見ていただけると、いまとの違いに笑っちゃうと思います。
・結月ゆかりとの出会いとキャリアの分岐点
ーーお話にも出た結月ゆかりについて、改めてお伺いさせてください。このプロジェクトに関わることになったきっかけや経緯は?
石黒:当時私は大手声優プロダクションにジュニアとして所属していたのですが、母の体調不良や声優としての迷いもあり、プロダクションを離れることにしました。その後1年ほど母の手伝いをしながら過ごしていたのですが、そのタイミングで友人から、「こういったオーディションあるけど興味ある?」と声をかけてもらえて…それがVOCALOID・VOICEROID結月ゆかりのオーディションでした。
先ほども言いましたが、私もその時に自分が声優を続けていくのかどうか……物凄く悩んでいました。実際に過去3年間、介護福祉士という仕事をしていて、それが人の助けになる素敵なお仕事だなぁと思いましたし、母の病気の事もあり、このまま私も介護の仕事に戻ろうかな…と考えていた時にこのお話をいただいて、「これは最後のチャンスかもしれない。もし受かったら、もう一度声優をやれと神様が言ってくれてるんだ!」と思い直しオーディションを受けたところ、ありがたいことに「石黒さんに決まりました」とVOCALOMAKETSさんからお電話をいただき、声優としての活動を続ける決心をつけることができたんです。
ーー人生の分岐点に結月ゆかりさんがいたんですね。2011年以降は「結月ゆかりの中の人」という見られ方をされることが増えたと思います。その辺りはご自身でどう受け止めていたのでしょうか。
石黒:自分が“VOICEROIDの中の人”と呼ばれることに対して、すごく不思議な感覚がありました。VOCALOID・VOICEROIDって、私の声の音質を取っているだけであって、自分が演じているわけではないので声優ともまた違うアプローチですよね。もちろん、自分の声の一部ではあるから、喋っている声が私にそっくり!とも言ってもらえるのですが、それでもずっと不思議な感覚でした。
結月ゆかりさんは私が動かしているわけじゃなくて、みなさんがそれぞれの結月ゆかりさんを描いて動かしていて、それぞれに個性がある。それはもう石黒千尋が作り上げた訳ではないんです。「結月ゆかりの中の人の石黒さん凄い!」と言ってもらえるのは嬉しいのですが、私はそんな大したことはしてなくて、結月ゆかりさんを盛り上げてくれたみなさんと企画してくださったVOCALOMAKETSさんが凄い人なんです!と。(笑)なので大変恐縮してしまいました。
ーーなるほど。そういう感覚だったんですね。
石黒:はい。結月ゆかりさんはメジャーCDデビューをしたり、海外に行ったり、バージョンアップし続けていて、今もなおご活躍されています。私は、声優としての分岐点で結月ゆかりさんにこの場所に引き上げてもらっていて……結月ゆかりさんに感謝の念が堪えません。いまは友達でもあり、家族でもあり、業界の先輩みたいな感覚ですね。
・根底にあるのは“ものづくり”にかける想い
ーー現在は所属事務所を退所して、ご自身の会社を立ち上げられたんですよね。そちらの経緯についても伺えますか?
石黒:私がゲーム実況を投稿し始めた2017年は、オフィスアネモネという井上喜久子さんの事務所に所属していました。通常の声優事務所ですと、所属している以上、自分の声は商品なので自由にゲーム実況や歌ってみたなどの動画を上げることは基本NGとされています。しかしオフィスアネモネは私がやりたい方向性について親身に相談にのってくださり、それを許可してくださった素晴らしい事務所でした。
私はそのころから、演じるだけではなく「自分の作ったものを通してファンの皆さんに喜んでもらいたい!」という気持ちが強くありました。オフィスアネモネでのファンイベントも、「自分で制作させてください!」とお願いをしてイベントの会場を押さえたり、グッズの制作や発注、スケジュール管理、音楽制作依頼、タイムスケジュール管理など、すべて私ひとりでやっていましたね。
ーーそれはすごいですね。
石黒:こういう願望も、結月ゆかりさんと関わるようになってから出てくるようになりました。声優は、芝居という意味でキャラクターの個性を生み出すことは出来る一方で、そこから先のキャラクターのイベントやグッズなどの展開には関われないんです。でもニコニコ動画などで結月ゆかりさんを使ってみなさんが創作活動をしているのを見て、自分にも何かアプローチできるかもしれないと思い、ゲーム実況もそのひとつとして始めることにしました。私がゲーム実況をやることで、この界隈が盛り上がる一助になればいいなと。
ーーそこまで考えてのゲーム実況デビューだったんですね。
石黒:それらの経験を経て、自分の本当にやりたいことに挑戦したいと思い立ち、独立を選びました。快く送り出してくださったオフィスアネモネさんには大変感謝しております!
ーー声優という一つの肩書やキャリアにとらわれることなく、色々なものを作りたいと。
石黒:そうですね。今回の独立を機に、自由にものを作って発信していきたいです。こういった働き方も、いま、この時代にだからこそできることだと思っています。
・石黒千尋が“VTuber”として紡ぐストーリー
ーー独立というご自身の変化だけでなく、コロナ禍による動画プラットフォーム全体の盛り上がりなど環境の変化もあったかと思います。その辺りも踏まえて、どのように現在の活動に至ったのかお聞かせいただけますか?
石黒:事務所に所属している時は、ファンの方と直接顔を合わせてのイベントができていたんですが、コロナ禍で一気に難しくなりましたね。独立してからは「結月ゆかりMμ(ミュー)プロジェクト」を立ち上げて動いていたのですが……。
ーーリアルなライブイベントがなくなってしまった。
石黒:はい。リアルなライブとVRライブを予定していたのですが、リアルなライブが二回キャンセルになってしまい、まずはVRライブをメインで作っていくという事になりました。この事でしばらくは対面で活動できる機会が少なくなるなと肌で感じましたね……。そのころ、実況者さんだけでなく、芸能人、声優がYouTubeに動画をアップし始めていて、「この先はインターネット配信やVRを通して世界へ発信するのも当たり前になるんだ」と感じました。
また自分自身、結月ゆかりMμのVRライブの制作に携わるうちに、自分の表現に使えるようなアイディアがたくさん出てきたり、いろんなクリエイターさんとも知り合えたことで、やりたいこと・できることが増えてきたんです。ノウハウが蓄積されてきたし、自分の環境も整ったので、一念発起してVTuberとしてデビューさせていただきました。
ーー配信でもお話しされていましたが、VTuberという文化が好きだからこそ、今回の“VTuberデビュー”も「バーチャルYouTuber」ではなく「VoiceTuber」としてのVTuberだそうですね。
石黒:そうなんです。私はバーチャルの姿に名前がついているわけではなく、自分自身の「石黒千尋」という名前にバーチャルのアバターがついた状態なので、これは「バーチャルYouTuber」ではないだろうと(笑)。しかも声優として活動してきて、自分の名前のそのままでVTuber活動というのは前例もあまりないことなので、これまでにない名乗り方をしようと思いました。声優でもあり、VTuber文化が好きだからこそのVoiceTuberですね(笑)。
ーーそうしてバーチャルの姿を得た現在の石黒さんは一人のタレントでもあり、経営者でもある。今後について色々なことを考えられていると思いますが、そのあたりはどうでしょうか。
石黒:今回の“VTuber化”は、以前から私を知ってくださっている方、またこれから知ってくださる方に、飾らない石黒千尋自身を届けたいという気持ちから始めました。アバターを身にまとうことで、より親しみやすさを感じて頂けたらと…!会社を立ち上げてから私自身は黙々と制作を続けていて、世間から見ると「石黒千尋ってどんな人なの?」「何をしてるの?」という状態。でも、これからの時代は知ってもらう事に価値が生まれる時代。私の人となりを知ってもらって、そこで信頼を得て、商品を買ってもらう時代になっています。
私が現在制作しているVRライブや歌なども、どれだけ思いを込めて作っているか、というのをリアルタイムで見てもらい、そこから興味や関心をもって頂けたらと思います。結月ゆかりMμのVRライブや、音楽制作、動画など、みなさんに届けたいものが沢山ある。そういった発信の場を確立するために今後YouTubeチャンネルをホームとしてしっかりと築き上げようと思いました。
ーーなるほど、石黒さんにとってYouTubeは自身のストーリーを作る場所なんですね。今回VTuberの姿を得ることで変化した部分はありますか?
石黒:いままでは立ち絵で配信をしていたのですが、VTuberになることで瞬きや目の動き、表情の変化を見てもらえるようになりました。ファンの方からのコメントに対して笑ったり反応したりできるので、以前より意思疎通できているなぁと感じています。そういった意味でもVTuberデビューして良かったなと思っています。
ーー今後VTuberになったからこそ出来ることやコラボなど、やってみたいことはありますか?
石黒:以前、リアルでガッチマンさんが出演されていたゲーム実況の番組に出させていただいたことがあって、またいつかガッチマンさんとゲーム実況をしてみたいというのが一つの目標です。
ーーお二人とも活動を経て、最近になってVTuberの姿も獲得した、共通点がありますね。
石黒:ニコニコ動画ゲーム実況の先駆者さんであるガッチマンさんがVTuberの世界でも活躍されて、歌も歌って、イベントを開催して……という一連の流れ……素晴らしいですよね! 個人勢の方だと犬山たまきさんも佃煮のりお先生という社長・イラストレーターの顔も持ってらっしゃって、本当に尊敬できる方なので、いつかコラボさせていただければ嬉しいなと思っています!
・石黒千尋の”ガワ”に込めた決意とは
ーーリアルなイベントができるようになったら、考えていることはありますか?
石黒:コロナ禍が落ち着いてきたら、結月ゆかりMμのリアルライブをやるというのはもちろん、石黒千尋自身もリアルのライブやイベントをやっていきたいですね! 現在のVTuberのアバターは私が衣装を着て、歌うことを想定して、現実世界でも実現できるように、あえて人間離れしていないデザインにしてもらいました。私もいつか、このデザインの衣装を着てみなさんの前に立って、顔を合わせてお話をするのが目標ですね! 庭師さん(ファンの名称)と思いっきりハイタッチしたいです!
ーー今後はどのように活動していきたいですか?
石黒:通常どおりの雑談配信やゲーム実況はそうですが、今回のVTuberデビューを機に、リアルな肉体では表現できなかったことにもチャレンジしていきたいですね! VTuberだからこそできることも沢山あると思うんです! 魔法をつかったり、空を飛んだり、変身したり(笑) 。あと、VTuberさんのお友達も沢山増やしたいですね! 大手事務所のVTuberさん、個人のVTuberなどなど、みなさんとも分け隔てなくコラボもできるようになりたいです。
いまの時代だからこそできる事を、楽しくのんびりふんわり発信していく。2次元と3次元を行き来しながら日々進化し続けていく石黒千尋を、これからも一緒に楽しんでもらえたら嬉しいです!
(取材・文=中村拓海/構成=midori)