2022年05月04日 09:51 弁護士ドットコム
「スプレーで目を狙った!やることしか考えてなかったですから!こういうふうに、2回か3回、スプレーをかけたんです。でも、こうやって押さえつけられたから、まずい、私の方がやられると、包丁を握って……!」
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証言台の前に座り、身振り手振りで興奮気味に語る被告人。話が途切れない。「順を追って聞いていきますからね」と弁護人がたしなめたが、その後も変わらず、まるで自分の行為を誇るかのように語り続けていた。
被告人は逮捕当時76歳。昨年(2021年)の夏に、東京西部の住宅敷地内にヘルメットを被って侵入し、40代の男性に催涙スプレーを噴射したうえ、持ってきていた包丁で男性の腹部を刺したという殺人未遂と銃刀法違反の罪で起訴されていた。被害者は被告人の娘婿。ふたりは親族である。
いったいなぜ娘婿にそれほどの恨みを抱いていたのか。今年3月に東京地裁立川支部で開かれた裁判員裁判では、自転車をめぐる“一方的な思い込み”が根底にあったことがわかった。(ライター・高橋ユキ)
被告人が娘婿を襲撃したのはこれが初めてではない。3回目だ。一度目は娘婿らの住む家に赴き、コンクリートブロックを窓ガラスに叩きつけて割り、警察沙汰になった。二度目は、娘婿の実家敷地で催涙スプレーを噴射したという。このとき傷害罪で起訴され、立川支部にて執行猶予判決を言い渡されていた。今回は、執行猶予中に起こした事件となる。
前回の傷害罪での裁判のとき、被告人は「今は、殺さずに済んでよかったと思っていますし、恨んでいません」と述べていたという。にもかかわらず、3度目の犯行に及んだ。当時の法廷での言葉について検察官に質されたとき、被告人は堂々とこう答えた。
「そういうこと言ってたね。建前と本音と、使い分けましたね」
二度目の犯行時の反省は“建前”で、実際には娘婿を恨み続けていたことになる。そこまでの強い恨みを抱くようになった出来事を問われると、被告人は語り始めた。
「きっかけは、ロードバイク。もう一台あるから、健康にいいからやってみないかと誘われた。嬉しいですよ!共通点ね。(娘婿は)器用な子で、組み立てたのを私にくれたんですよ」
ところが被告人の認識では、ある日「娘婿がロードバイクごと持ち去ってしまった」のだという。
「せこい、ひどいことするなと思いましたよ。親戚で……何てせこいことするんだと。腹立った。あいつは貸したっていうんだけど、ちゃんと断るべきじゃないかと言ってるわけ!」
娘婿は被告人に自転車を貸したつもりだったが、被告人はもらったと思い込んでいたようだ。そのために、持ち去られたと憤慨し、今でもその恨みが残っているのだという。
最初に、娘婿宅のガラス窓を割った事件を起こしたことも、被告人の中ではあくまでも“自分が被害者”ゆえの行動だった。
「ふざけんなよと話をするためだった。自転車の件、それしかない!ポチャンと投げたわけ。出てこいよと。ベランダの方に行って、出てこいよと言った。孫も娘も(家の中に)おるし、私から刺しに行こうと。向こうが出てきたら、話をすればいいだけのこと。なのに向こうは『怖い、怖い』と。『怖い』じゃないよ~。話をしないと、あとあと、尾を引くから。ケジメつけないと。でも出てこない!……」
一度目の事件すら、このように恨み節全開で語りが止まらない。さらにこのとき、警察に通報されたことにも強い怒りを覚えたようだ。
「仮にも親戚だよ!?それを警察に差し出すなんて、とんでもないこと」と、あくまでも家族の揉め事なのに警察沙汰にした娘婿がやはり許せなかったのだという。
恨みは増幅し、2度目の催涙スプレー噴射事件を起こす際には「その時、殺すって思った。私もその時死のうと思った」と、自分の身を捨てる覚悟すら持ち、包丁を携えていた。
検察官「一度目の事件、人の家のガラスをコンクリートブロックで割る……身内だけの問題じゃないと思いませんか? 今でも、身内のことだからと、通報したことをおかしいと思っているんですか?」
被告人「いや、一般的に、常識と思うと、娘の旦那っていう立場上、そこまでする必要あるかと」
検察官「話し合いができないよ、と思うんでは?」
被告人「話し合うべきですよ!話し合うべき!今もそう思う」
二度目の事件では娘婿に抵抗されたというが「仕掛けたのは私ですけど、老人をさ、踏んだり蹴ったりですよ」と、年上で、妻の父親でもある被告人にする仕打ちではないと強く語り続ける。
そんな被告人は法廷で、「官品」といわれる、黄緑色の作業着のような服を着ていた。これは家族や友人など、服を差し入れてくれる人がいない被告人が着ていることが多い。被告人には妻も娘も、また息子もいるのだが、黄緑色の服には家族との距離を感じさせる。
そしてやはり実際に、家族全員と距離ができていることも分かった。証拠によれば「妻は被告人のDVにより心を病み、入院した」といい、かつて同居していた息子家族は、被告人を残して出て行った。
検察官「奥さんや娘さん、息子さん家族……あなたに原因があって離れたのでは?」
被告人「そりゃそうです。価値観が違う。俺の価値観と、女房や子供の価値観は違う。今回それを初めて知った」
家庭の中で長らく、我を通して生きてきた結果、孤独な生活となった被告人。娘婿への筋違いの恨みも、寂しさゆえか。
しかし、寂しい生活に至った原因も、被告人自身によるところが大きい。そのうえ当の娘婿や家族からすれば、恐怖以外の何者でもない。実際に娘婿は証人尋問で「次は殺される」と強い恐怖を訴えていた。
公判では質問の終盤になっても、延々と娘婿への恨みを語り続けていた被告人。娘婿は被害者参加制度により法廷で被告人の発言を全て聞いている。
被告人「今回、2発ぐらい殴られた。俺が仕掛けたことだから、どうのこうの言いたくないけど、動けない状態にしといてボコボコはないだろ」
被害者代理人「2回殺せなくて悔しいという気持ちですか?」
被告人「2回失敗してるからね。俺も死にぞこなってんだよ!今も悔しいかって?……俺に向かって『こいつ』って言ってきたこと、まだ腹立ってる。そりゃ許せないと思いますよ。『こいつ』はねえだろう……」
もはや、きっかけの自転車だけでなく娘婿の全てが怒りの対象となってしまったように見えた。のちに言い渡された判決は懲役10年(求刑懲役13年)。80代後半で出所する。