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馬乗りになってDV、泣き叫ぶ子ども…事件の背後に潜む「アルコール依存症」、弁護士はどう介入する?

2022年04月24日 09:41  弁護士ドットコム

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子どもの前で暴力をふるわれたり、居場所をなくして家出したりするなど、アルコール依存症の問題に悩む家族は、さまざまな苦しみを経験している。ときには、DVや虐待、離婚などの相談で弁護士のもとを訪れることもあれば、警察が関わることもある。


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しかし、依存症についての理解はそれほど広まっておらず、本質的な解決に導かれない場合も少なくない。



●子どもの前で馬乗りで殴った義父、「事件化」への葛藤

編集部に体験談を寄せたユミさん(仮名・40代女性)は、アルコールの問題がある義父と同居している。



当初は「ただの酒好き」と思っていたものの、アルコールを飲むと暴言・暴力があることや、周囲に「いつもあんな飲み方なの?」と指摘されたことなどから、義父はアルコール依存症の可能性があるのではないかと疑うようになった。



特に問題があると感じたのは、昨年夏、当時6歳(小学1年生)だったユミさんの子どもが、玄関のポストに入っていた町内会の配布物を義父に手渡したときのことだ。



突然、義父が怒鳴り始めたため、ユミさんは話を聞こうと間に入った。すると、義父はユミさんに馬乗りになって殴る・叩くなどの暴行を加え、場は一瞬にして「修羅場」と化した。



一部始終を見ていたユミさんの子どもが泣き叫びながら「じいちゃん、やめて!」と言うまで暴力は続いた。義父はそのとき、飲酒していたという。



警察に相談したユミさんは、被害届を出すようにすすめられた。しかし、ユミさんは「事件化」ではなく、義父を治療や支援に結びつけてほしいと思っていた。





アルコール依存症を抱える人や、その家族の相談を受ける白木麗弥弁護士は「自助グループにつなぐなどのアプローチができる警察官がいたらよいと思う」としたうえで、現状では、警察に相談した場合、被害届を出して「事件化」することをすすめられることがほとんどだと語る。



「刑事事件になれば、自分を顧みる時間が多いので、自助グループや治療につながるきっかけになることもあります。ただ、家族には『大ごとにしたくない』という気持ちとの葛藤があると思います。依存症の家族に限らず、DVで悩む人に『110番通報してください』と伝えても、よほどのことがないかぎり通報しない人がほとんどです。



弁護士に相談した場合は、事件化するのではなく、『どのように安全に子どもと逃げるか』という相談に入ることがあります。子どもの前で暴言を吐かれたり、暴力をふるわれたりして、我慢の限界をこえ、相談に訪れるDV被害者は少なくありません」



●アルコールの問題を認めても「DV」を否認する人も

白木弁護士のもとには、離婚を考えていたり、夫婦関係を再構築すべきかどうかで悩んでいたりするアルコール依存症の家族が多く訪れるという。最近は、アルコール依存症当事者の代理人弁護士が「自助グループに通い始めた」「治療につながった」として、復縁を求めてくることも増えているそうだ。



「『アルコールの問題は解決に向かっているので、夫婦間は問題ない』という意味合いだと思います。依存症は『否認の病』とも言われますが、復縁の条件として通院などを提示されると、治療や支援につながる人も少なくありません」





アルコール依存症になった人すべてが暴力をふるうわけではない。しかし、暴力を伴う場合、ユミさんの義父のように飲酒中にエスカレートする場合もあれば、「飲酒していないときでもDVがあり、アルコールの問題だけではない」と訴える人もいるという。



「このような場合、不思議なことに、相手方はアルコール依存症については受け入れるものの、DVについては、かたくなに否認することが多いという印象です。中には、『DVは、理由もないのに暴力をふるうことだ。自分のしたことには理由がある』と主張する人までいます。DVにあたるか否かと理由の有無は、もちろん関係ありません。



このような人たちは、離婚調停でもDVを否定し続けますが、訴訟まで進むことは稀です。ほとんどの人が、ある日突然『今日だったら、調停成立してもいい』『離婚に応じてやってもいい』と言ってくる傾向にあります。訴訟になり、公になってしまう前に、自分でイニシアティブを取りたいのかもしれません。



相手方がこのように言ってきたタイミングを逃すと、調停が長引く可能性があるので、基本的に応じるようにしています。ただ、相手方はDVの問題には向き合えないまま調停を終える形になるので、同じことが繰り返されるおそれはあります」



●「誰でも避難できる安全な場所を」

家庭の中で起きていることは、外からは見えにくい。子どもの立場の場合、親の依存症問題の影響を受けながら、助けを求められない状況にいることもある。



体験談を寄せたサキさん(仮名・40歳女性)も、そのひとりだった。



サキさんは、小学生のころから酒を飲んだ父親が母親に八つ当たりしたり、両親が喧嘩したりする姿を見てきた。「言い争う声が耳に入るのが嫌で、布団を頭までかぶり、指で耳栓をして、喧嘩が終わるのを待っていた」という。



サキさん自身も怒鳴られたり、顔が腫れ上がるほどの暴力を受けたりした経験がある。徐々に、父親はアルコール依存症なのではないかと疑うようになった。



何度も家を出たいと考え、30歳前後のころは空になった酒瓶で父親の頭を殴り、そのまま家を飛び出したこともある。ホテルなどに宿泊できる状況ではなかったため、その日は夜中に家に帰った。



ある日、ついにサキさんは1週間にわたる家出をした。きっかけは、父親がサキさんに関することで母親に大声で説教を始めたことだった。寒い冬の夜、上着とカバンを片手に飛び出した。警察官に声をかけられ、その後、連絡を受けた両親が迎えに来たが、「捜索願は出されていなかった」という。





サキさんは、子どものころから、父親に関することを誰にも相談できなかったという。白木弁護士は、特に子どもの場合は「被害者」にも「加害者」にもなりうると指摘する。



「まずは子どもたちが避難できる『安全な場所』が必要です。現状は、児童相談所がカバーできる年齢をこえた場合の子どもたちの受け皿がほとんどありません。家庭に問題がある場合は、学業を諦め、仕事に就くという形で逃げるしかない状況の子どもたちもいます。



また、『DVの問題はここ』『虐待の問題はここ』などと縦で割ってしまうと、どこにもあてはまらず、あぶれてしまう人が出てきます。誰でもいったんは避難できる安全な場所が必要だと強く思っています」



弁護士は、少年事件で「加害者」となってしまった少年と関わることがある。白木弁護士も少年と関わる中で、非行の背景に親の依存症が潜んでいると感じることもあるという。



「親は『子どもがやったことだから、自分は関係ない』と思っていることがあるので、付添人である弁護士が深く介入しづらいという事情があります。親に依存症が疑われるときは、調査官から何か言ってもらえると状況は変わるかもしれないと考えています」



●「法律問題は、その人が抱えている問題の一部」

弁護士の中には、依存症について詳しく知らなくても、法律問題を解決しさえすれば「仕事はまっとうできる」と考えている人もいるそうだ。しかし、白木弁護士は「事件の背景に依存症があることは少なくない」と話す。



「法律問題は、その人が抱えている問題の一部でしかありません。表面的な問題はいったん解決するかもしれませんが、依存症の問題が解決しなければ、またトラブルになる可能性はあります」



白木弁護士は、NPO法人ASKが認定する依存症予防教育アドバイザーでもある。資格を取ったのは「依存症に関する情報提供をおこなう窓口になれる」と思ったためだ。



「たとえば、刑事弁護をやっていく中で、自助グループを紹介したり、『病院に行ってみますか?』と提案したりすることもあります。もちろん、社会に出た後につながる人もいますし、元に戻ってしまう人もいますが、きっかけは毎回提示していきたいと思っています。



依存症が疑われる人だけではなく、家族に家族会をすすめることもあります。中には『それは相手の問題であって、私の問題ではない』『なぜ、私が自助グループに行かなければならないのか』と思う人もいますし、なかなか問題に気づいてもらえない難しさもあります。でも、いつか気づきを得たときにつながるかもしれないので、窓口は案内しています。



弁護士に限らず、依存症の知識がない裁判官もいます。しかし、裁判所は、依存症に関する共同勉強会を提案しても、なかなか乗ってくれません。司法研修所など、全員が集まっているところで、依存症の授業ができるといいなと思っています」




【取材協力弁護士】
白木 麗弥(しらき・れみ)弁護士
1973年生、57期。企業内弁護士などを経て2010年からハミングバード法律事務所を運営し、家事(国際家事事件)、罪を犯した障害を抱える人の刑事弁護などを中心に活動する。ASK依存症予防教育アドバイザー第1期生として講師などの依存症予防教育にも従事している。
事務所名:ハミングバード法律事務所
事務所URL:http://www.hummingbird-law-office.com