トップへ

ソーシャルVRにNFTは不要なのか? バーチャル美少女ねむと考える、メタバースの“誤解”

2022年04月16日 12:01  リアルサウンド

リアルサウンド

バーチャル美少女ねむ

 3月19日に発売された、メタバースエヴァンジェリスト・バーチャル美少女ねむ初の単著『メタバース進化論――仮想現実の荒野に芽吹く「解放」と「創造」の新世界』。自らもメタバースのヘビーユーザーである著者によって伝えられる、メタバースの2022年時点の現状と、メタバースがもたらす「人類の革新」を記した本書は、早くも重版が決定するなど、大きな反響を得ている。


 そんな彼女も当初はVTuberとして出発しており、最初期のVTuberブームを経て、その後様々なメタバースを体験したことで、現在の位置にたどり着いたという稀有な経歴の持ち主だ。VTuberでもあり、「メタバース原住民」でもある、まさに「バーチャル」を体現する人物の一人と言えるだろう。


 そんな一人の「バーチャル美少女」が、大ボリュームの本書を執筆した経緯とはどのようなものだったのか。そしてメタバースや、バーチャルの世界をどのように見ているのか……1時間半に渡るインタビューから紐解いていく。(浅田カズラ)


【画像】インタビューに答えるバーチャル美少女ねむ


・「人類美少女化計画」から一貫してきた思想


――まずは、本書の執筆に至った経緯についてお聞かせください。「バーチャル美少女ねむ」というある種とがった存在に、技術評論社が執筆を依頼したという事実は、かなりインパクトがあります。技術評論社さんからはどのようなアプローチがあったのでしょうか?


バーチャル美少女ねむ(以下、ねむ):もともと、技術評論社さんでメタバースに関する本を出したいと思っていたそうです。そんな中で、noteが開催した「いまこそ知りたいVRとメタバース ~これから起きる未来とは~」を見ていただいたのがきっかけで、DMで執筆依頼をいただきました。


――あのイベントがきっかけだったんですね。ちょうど国内でメタバースブームが生まれつつある時期に開催されたこともあり、注目していた方は多そうです。


ねむ:それと、担当の編集者さんが、もともと私を知っていて、興味はあったそうなんです。とあるメディアで寄稿した記事がきっかけだったそうで……かなり攻めた記事だったのですが、中身は「人類が進化する」といういつもの私のノリで書いた記事だったので、その点も編集さん的にはよかったのかなと。


――その記事には心当たりがあります。そして、その記事も含めてねむさんの活動を長く見ていた身としては、「アイデンティティのコスプレ」「コミュニケーションのコスプレ」「経済のコスプレ」といった本書の内容は、以前から「ねむさんの持論」だったなと、比較的すんなり受け止められました。


ねむ:そう、これまで主張してきたこととあまり変わらないんですよね。違いがあるとすれば、「ソーシャルVR国勢調査2021」というデータや、他の人へのインタビュー結果があるので、単なるビジョンじゃなくて「事実として世界はこう向かっているんだよ」と示せたところですね。


――そういえば、こうしたねむさんの考え方は、いつごろから持っていたのでしょうか。時間をかけて変化していったことなどはありますか?


ねむ:VTuberとしてデビューしたときから一貫しています。もともと、VTuberを始めたときの活動コンセプトとして「バーチャルコスプレ」「声コスプレ」「経済コスプレ」と掲げて、「人間はバーチャルの存在へ転化して、より良い社会を作れるのである……人類美少女化計画」といったことを、デビュー動画から言い続けています。細かいところは変わっていますし、本を執筆するにあたってあらためて考えたところもありますが、メインの骨子はあまり変わっていません。


――Live2D時代の時からですか……! 余談ですが、ねむさんは3Dモデルをいつから所持していたのでしょうか?


ねむ:MMD(MikuMikuDance)モデルは活動開始当初から持っていたんですけど、2018年の後半ぐらいに「VRoid」ができてからはVRoidアバターを使っていたと思います。「VRoid」というかVRMは、この本の中でも推していますね。


――「なりたい自分になる」ためのアバターの統一規格として、VRMはかなり評価されていますね。実際、プラットフォームを超えて同じアバターを使う上で、重要な要素だと思います。


ねむ:よく、「アバターをプラットフォームを超えて使う仕組み」作りの文脈で、なぜかNFTを取り上げる人がいますけど、アバターのインターオペラビリティ(相互運用性)というのはNFTと全く関係ないんですよね。単純に規格をどうやって作り、広げていくというだけなので、今回しっかりと書いて誤解を解いておきたかったところです。


――NFTについては、本書の中でも「メタバースはNFT・ブロックチェーンのことではない」とはっきり断言していましたね。あれもすごい大切な宣言だなと。


ねむ:あの章はいろいろな人に喧嘩を売っている章ではあるんですけどね。ただ、この本は「いろいろなメタバースがあるよね」とごまかすのではなく、「私の考え」としてはソーシャルVRこそがメタバースと言えるのですよ、という定義をしっかりと書いておきたかったんです。とはいえ、私の考えだけでは説得力もないので、『バーチャルリアリティ学』などを色々と引用した結果、バーチャル学会の会長に帯コメントもいただくという。


――素晴らしいじゃないですか!


ねむ:狙ってやったわけじゃないですけどね!


・技術はすでにある。覚悟はあるか?


――本書の特徴として、複数のソーシャルVRがメタバースの一例として取り上げられていますが、いずれもある程度ニュートラルな取り上げ方をされていますね。


ねむ:私は「メタバース」というのは「経済性とコミュニケーション性を兼ね備えた、人生を送れる仮想空間」だと思ってるので、あんまりプラットフォームにはこだわりはないですね。収録などで他の人が入らない状況だったら、「NeosVR」が映像もきれいで、フルボディトラッキングやアイトラッキングなども使えるし、最適なんですよ。でも人と会いたかったら「VRChat」に行くし、ほかの人と配信をするときは「バーチャルキャスト」を使うし、ライブを開催するときは「cluster」に行く。そういう使い分けをする人って少ないと思うんですよね、


――たしかに、どちらかというと一つのプラットフォームに居着いている人が多い印象です。「VRChat」の住人はずっと「VRChat」にいる、というように。


ねむ:たとえば「Unity」とかで色々作るのが好きな人は「VRChat」にいると思いますけど、私はあまり自分で作ったりするのはあんまり好きではないんですよね。どちらかと言えば文化とかに興味があるんですよ。おかげで客観的にいろんなプラットフォーム、ソーシャルVRを見れるので、「いろんなソーシャルVRがあって、メタバースというのはこういうものなんだよ」と達観した視点で書けたのはよかったです。ちなみに内容自体も、私以外の各ソーシャルVRのユーザーに読んでもらい、違和感がないかどうかダブルチェックはしています。


――ご自身のnoteでも、NFTメタバース「The Sandbox」へ行ってきたレポートを記されていましたよね。あれを読んで、まだアルファテストの段階というのは驚きましたが……。


ねむ:裏取りのためにメタバースを名乗っているサービスは一通り試したんですが、「The Sandbox」は当初2021年中にサービスインするという話だったのに、行ってみたらまだやってなかったのはビックリしてしまいましたね。ソーシャルVRをやってる身からすれば、こんなに住人がたくさんいて盛り上がっている空間がすであるのに、まだサービスインしていない住人が一人もいないメタバースの土地を買うことが盛り上がっているのは、衝撃的ですよね。でもマーケティング的にはうまくいっていて、メタバースと聞くと「あのNFTで土地買えるやつでしょ」と、NHKにすら言われていますから。


――NFTなんかなくてもワールドは作れるし、ワールドのインスタンスは無限に立つのに(笑)。メタバースに「土地」が必須だと誤解されているのは残念です。


ねむ:NFTはいらないどころか、「VRChat」や、各種ゲームやソーシャルVRの配信サービスである「Steam」では禁止されていて(笑)。ただ、個人的には禁止はやりすぎだと思ってます。「NeosVR」では仮想通貨の取引システムが内蔵されているんですけど、Steamでの一件を受けて一部が使えなくなっちゃったんですよ。NFTのとばっちりですよね。NFTは個人的にはぶっちゃけどっちでもいいけど、仮想通貨を取り引きできなくしてしまったのはメタバースにとってよくないと思っていて。やっぱり、ここで遊んでいるだけだとあんまり意味ないと思うんですよね。


――本書でも取り上げたソーシャルVRも多くは、決済機能などがあまり充実していませんよね。「NeosVR」が一番進んでいる印象です。


ねむ:「バーチャルキャスト」だったら「THE SEED ONLINE」を経由してアイテムの売買などはできますけど、”サービス単体で”お金を稼ぐことができるのは「NeosVR」だけなんですよ。なにかをしてもらった対価としてお金を払うことができるのは画期的だと思うので、それができなくなってしまったのは残念ですね。ここでお金を稼いで暮らしていけなければ「人生を送れる仮想空間」とは呼べないと思うんですよ。


 私は長い目で見ているので、いずれ仮想空間でのお金のやりとりが当たり前になれば、「Steam」でも解禁されると思っています。「Steam」も世界的プラットフォームなので、いったん風当たりの強いNFTだけでなく仮想通貨は丸ごと禁止にしておこうと考えているのかなと。とはいえ、「サービスを提供して、お金を稼いでいいんだ!」と胸を張って言えるようになるのは、健全な発展をする上ですごく大事なことだと私は思っています。


 あと、「Steam」で仮想通貨の禁止が議論されるようになったそもそもの原因は、ゲーム内での賭博問題だと言われているんですよね。お金が絡んで、訴訟問題になっているので、それが大きいのかなと。でも、「仮想通貨は賭博ができるから悪か?」と言われると、個人的にはちょっと神経過敏すぎると思うんですよね。それって突き詰めていくと「じゃあ、現実世界でお金のやりとりをするのは違法なんですか?」となるじゃないですか。


――それを言い出してしまうと、究極的には現実世界でも商売ができなくなってしまいますね。


ねむ:なので根本的な問題は、私たち人類が仮想空間で生きていく「覚悟」ができているかという、ただそれだけの話なんですよね。技術などはもうそろっているので、あとはみんなで仮想空間でお金のやりとりをするようになれば、みんな仮想空間で経済活動をするようになり、どんどん仮想空間が人生の主体になっていくと思うけど……「君たちにその覚悟があるのか」ということなんです。私は「覚悟完了」しているので、すればいいじゃん!と思っているんですけど、もちろんみんなそういうわけにもいかないと思うので、まだ時間がかかるのかなって感じですね。


――最終的には人間の問題になると。


ねむ:そう! この本の究極的なメッセージであり、骨子ですね。それが一番伝えたかったところです。


・メタバース時代の日本の未来と課題、そしてメタバース原住民の実情


――直近では「VRChat」が大幅なアップデートを行い、アバター表現にかなりの改革が起きつつある印象があります。ねむさんは最近のソーシャルVRについて、特に執筆の最中から変わったなと思うことってありますか?


ねむ:あまりないですね。「VRChat」は「Phys Bone」で多少は変わると思いますけど、重要なのはそういう些細なところではなくて。本質的なところって設計思想だと思うんですよね。「VRChat」だったら「VRM?そんなの知らないよ。Unityで全部やりゃいいじゃん」みたいな感じじゃないですか。今回のアップデートって、その方向性がもう一段進んだだけなんですよね。


――言いたいことがよくわかりました。たしかにプラットフォームとしてのカラーはまったく変わってないですね。


ねむ:一方で、「cluster」はこの半年で大きく変化したと思います。以前はもっぱらイベント用のプラットフォームだったけど、いまは住んでる人が前よりも増えたんですよ。なので、本の中での書き方には若干悩んだんですよね。まだ住人もそこまで多くはないので、「今後に期待!」というような書き方で落ち着きました。


――「cluster」はアバターの制限も解放や、ワールドクラフト機能の追加あたりが大きいでしょうか?


ねむ:私はそれより、フレンドリストができたことと、ワールドの入室権限ができたところが大きいかなと思いました。いままでそれがなかったので、知り合いとこっそりおしゃべりができなかったんですよ。そんなのほかのソーシャルVRからしたら当たり前じゃないですか。


――たしかに。イベントプラットフォームとしては不要な機能でしたからね。


ねむ:そのあたりは加藤さん(クラスター株式会社 代表取締役CEO・加藤直人氏)の意思を感じましたね。いままで「VRChat」とかに対して一歩引いていた感じがあったんですけど、あのアップデートで「うちはメタバースをやるんだ」という意気込みを感じたんですよ。今後「cluster」に関しては評価が変わると思います。


――「バーチャルキャスト」もアップデートが続いていますし、「DMM Connect Chat」という新顔も登場していて、国産ソーシャルVRも盛り上がりそうですね。


ねむ:というか、国産ソーシャルVRって悪くないんですよね。「バーチャルキャスト」もシステムとしてはめちゃくちゃよくできていて。ちょっとテッキーなところがあるので、住むにはまだちょっとという感じですけど、配信ではいまだに一番使いやすいソーシャルVRであるのは間違いないです。メタバースは日本にとってすごいチャンスだと思ってるんですよ。VRMを生み出したのも日本ですし。


 ただ、いざ経済産業省が「よし、メタバースやるぞ」となっても、「NFTが~」と言い出してガッカリしてしまいました。そんなのに手を出さなくても、日本にはもう芽生えているものがあるんだから、そこに投資してくれるだけでいいのに。そのへんの温度差は残念ながらあるなと。


――NFTもまた注目されている技術なので、まだ致し方ないところはあるかと思います。投機目的からか不正確な持ち上げ方をされがちですが。


ねむ:NFT自体は別にそこまで発展性のある技術ではないんですよ。「ブロックチェーンで作ったトークンにURLなどを書き込んで個人間取引できる」というだけなので、世間で言われているようなアートの所有権を証明する機能や違法コピーを防ぐ機能も一切存在しません。実際の便利さは、いまイメージされている100分の3くらいかなと。バブルは近いうちに弾けると思います。


――話は変わりますが、メタバースエヴァンジェリストとして活動する中で、これまでVRもVTuberもメタバースも知らない人と接し、教える機会も増えたと思います。体感として、そうした人たちの理解度はどう思われますか? また、直近で変化は感じますか?


ねむ:以前よりだいぶマシになったと思います。昨年末はひどかったですからね。「NFT=メタバース」みたいな感じで。メディアからインタビューを受けた人は多分同じような感じだと思いますが、ここ最近はだいぶ落ち着いてきています。「NFTの話も……したほうがいいですか……?」と恐る恐る聞くと、「いや、NFTとかいいんでメタバースの恋愛の話とかお願いします!」と言われ、安心するという場面も増えています。


 とはいえゼロになったわけではなくて、「やっぱりNFTの話もしてほしいんですよ」という話もありますね。でも、これらは本来全く別の技術なので「合わせて語る意味ないよ」と言っています。むしろ視聴者がNFTとメタバースを関連するものと誤解してしまうリスクの方がはるかに大きい。NHKの「令和ネット論」でもサブタイトルが「NFT&メタバース」だったんですが、「ぶっちゃけ『NFT』取ったほうがいいですよ?」って言っちゃったんですよね。


――そこまで言っちゃったんですか!


ねむ:さすがに取るのは無理だったみたいですけど……収録の時にプロデューサーの人に「私、NFTのときは黙ってますね、空気悪くなると思うんで」と言ったところ、「いや、ここは議論してもらう場所なので、ねむさん的に懸念があればどんどん言ってほしい。空気とか気にしなくていいので」と言ってもらえたので、いま(インタビューで)したような話はガンガンしてきました。カットされる可能性はありますけど、フラットに取り扱ってくれるかなと。


(編注:結果的に、ねむの発言したNFTのリスクや誤解についても地上波で放送された)


――それはいい流れかもしれません。議論も許容してもらえる空気になってきた、ということですものね。


ねむ:とはいえ、NHKはやはり「一般目線」だと思うので、世間の認識は「NFTもメタバースもわからない」という状態だと思いますし、NHKがそういう文脈で取り上げるのもある程度は仕方ないかなと。少なくとも、無理やりつなげて取り上げられることもなくなってきたので、だったら私はそういう文脈の中で「メタバースのおもしろさ」を広められるのであれば、それでいいかなって思います。Twitterでも「NFT! メタバース!」みたいな人もいますが、そういう人でもとりあえずメタバースにつれていけばいいんじゃないかなと思いますけどね!


(取材・文=浅田カズラ)


【後編へ続く】