2022年04月13日 10:31 弁護士ドットコム
職場でトラブルに遭遇しても、対処法がわからない人も多いでしょう。そこで、いざという時に備えて、ぜひ知って欲しい法律知識を笠置裕亮弁護士がお届けします。
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連載の第12回は「会社に労災申請を拒否されたら?」です。弁護士ドットコムの法律相談にも多数寄せられているこの相談。労災事故が起きたのにも関わらず、会社側が「これまで労災を使った人は一人もいない」などと拒否した場合、どうすれば良いのでしょうか。
笠置弁護士は「会社が協力してくれないという事情を説明することで、事業主証明を得ることなく労災申請を自分だけで行うことが可能になる」と話します。
労災隠しと思われる事案に関する相談が後を絶ちません。「会社で事故に遭ったのに、タクシーで帰るように強く言われ、病院でも転んだと申告するように指導された」「通勤時に事故した人はうちの会社にいるけど、その中に労災を使った人は一人もいない、労災を使うと大変なことになる、などと脅された」というご相談はよく耳にします。
新型コロナウイルス感染症に関しては特にひどく、職場でのクラスター発生の事実を隠ぺいしたいがためか、労災申請はおろか、健康保険組合の傷病手当金の申請すらさせてもらえなかったという相談も多数受けました。
日本における新型コロナウイルス感染症の累計感染者数は、2022年4月初旬の時点で670万人を超えており、その中には多数の業務に起因した感染事例が含まれているはずです。しかし、2022年2月末日時点までで、労災請求件数は約25000件にとどまり(累計感染者数の約0.4%)、労災認定件数も22000件にとどまっています。
これは、労災の給付まで受ける必要が特に高いといえる、長期の療養を必要とするような重症事案がそれほどは多くなかったこと、労災以外の政府や職場の支援が充実しており労災申請する必要まで感じていない方が多いと思われることなど、様々な要因を推測することができるものの、保健所の指導などを恐れた労災隠し事案が多数含まれていることは確実でしょう。
会社が労災隠しをしたいと考える動機は、(1)労災保険料を値上げされることを恐れているから、(2)労災事故を出したことで、元請けや発注元から今後の業務について不利益を受ける恐れがあるから、などが考えられます。
しかし、労災隠しは労働安全衛生法上罰則が定められている犯罪です。万が一労災隠しが労基署に発見されれば、刑事罰以外にも、様々な行政処分がなされることになります。このようなリスクがあることを知らないか、あるいはあまりにも安易に考えている経営者が多いのではないかと思われます。
仮に会社から労災隠しを指示された場合、これに応じてはいけません。会社から指示された隠ぺい工作に加担することで、労災の給付を受けることが難しくなりますし、会社に対して本来請求できるはずの損害賠償請求を行使することも難しくなってしまいます。それによって、最終的に経済的に困った立場に置かれるのは、他ならぬあなた自身やあなたのご家族であることを覚えておきましょう。
労災隠しを指示され、一旦応じてしまった場合でも、諦める必要はありません。例えば、労災事故の日に、会社の記録上出勤していなかったことにするという手口は代表的な隠ぺい方法ですが、その他の手持ちの証拠によって、実は職場に出勤していたことを立証できれば、会社の出勤記録は不自然ではないかということが裏付けられるわけです。実際に労災申請をする場合には、事故の状況や労災申請を妨害された状況を労基署に詳しく伝える必要があります。
「会社が労災申請をしてくれなかった」というご相談も耳にしますが、会社が労災申請書類の事業主証明欄に署名してくれなかったとしても、会社が協力してくれないという事情を説明することで、事業主証明を得ることなく労災申請を自分だけで行うことは可能です。労災申請書類自体も、会社に頼らずとも、厚生労働省のホームページから誰でもダウンロードすることができますし、最寄りの労基署の窓口で受け取ることもできます。
会社が労災申請手続への協力を拒否したり、妨害してきたというだけで諦めるのではなく、できるだけ早いうちに専門家に相談し、労災申請に向けた準備を進めることが大切です。このことが、あなたやあなたのご家族の生活を守ることにつながるということを覚えておきましょう。
(笠置裕亮弁護士の連載コラム「知っておいて損はない!労働豆知識」では、笠置弁護士の元に寄せられる労働相談などから、働くすべての人に知っておいてもらいたい知識、いざというときに役立つ情報をお届けします。)
【取材協力弁護士】
笠置 裕亮(かさぎ・ゆうすけ)弁護士
開成高校、東京大学法学部、東京大学法科大学院卒。日本労働弁護団本部事務局次長、同常任幹事。民事・刑事・家事事件に加え、働く人の権利を守るための取り組みを行っている。共著に「新労働相談実践マニュアル」「働く人のための労働時間マニュアルVer.2」(日本労働弁護団)などの他、単著にて多数の論文を執筆。
事務所名:横浜法律事務所
事務所URL:https://yokohamalawoffice.com/