2022年04月03日 09:41 弁護士ドットコム
東京ディズニーランド(千葉県浦安市)で着ぐるみをかぶってショーなどに出演していた契約社員の40代女性キャストが、上司からのパワハラで心身に苦痛を受けたとして、運営会社オリエンタルランドに対し330万円の損害賠償を求めた訴訟の判決が3月29日、千葉地裁であり、内野俊夫裁判長は会社側に88万円の支払いを命じた。
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「夢と魔法の王国」を舞台におこなわれた異例の労働裁判。判決文からは、キャストの厳しい競争関係と雇用への不安が浮かび上がる。
判決文によると、原告の女性は「東京ディズニーランド」のキャラクター出演者として、2008年に1年契約を結んだ。基本時給は1630円。契約は自動更新ではなく、契約期間中におこなわれるオーディションで合格した場合に限り、次年度の契約が締結されることになっていた。
さらに特記事項として、疾病や事故により契約後の業務遂行が難しいと判断された場合、契約は解除されることになっていた。
女性の契約はその後、1年ごとに更新されていたが、2013年2月にある事件が起こる。女性が来場客と記念撮影などを行う「グリーティング」をしていたところ、男性客から故意に右手の指を折り曲げられ負傷したのだ。女性は全治7日間のねんざと診断された。
会社側は閉園まで男性客の捜索をおこなったが、結局発見されることはなかった。その後、女性が上司に労災申請への協力を求めると、心の弱さを指摘するものともとれる発言があった。
それから、女性は仕事への恐怖や会社への不信感を抱くようになり、過呼吸の症状が出るようになった。病院では「ストレス性障害」と診断されたが、それでも、出演者として働きながら治療を受けることを望んだ。
こうしたこともあり、女性は配役について希望を述べることが多くなった。ただ、過呼吸の症状が出ることはできる限り人に知られないようにしていたため、他の出演者からは不満も出ていた。
女性は理解を得ようと60人ほどの同僚に対し、自分の事情を説明し謝罪する手書きの手紙を書いた。一部からは無理解であったことを謝罪されたが、その手紙を破り捨てた人もいた。
女性は2018年7月から現在まで、首のヘルニアやねんざなどを理由として休職している。
判決はまず、キャストの人間関係に着目。「友人関係があったとしても潜在的には競争関係にあり、来期の契約や員数に限りがある配役をめぐる軋轢を生じやすい性質がある」と指摘した。
さらに、雇用契約が自動更新は行わないとしていることとあいまって、「雇用の継続に関する不安を生じやすい性質がある」と述べた。
女性側は、複数のパワハラを受け、うつ症状を発症し、出演者間の「カースト」に基づいた職場いじめを受けて著しい精神的苦痛を受けたと主張していたが、内野裁判長は証拠がないことなどから却下した。
また、2016年1月の懇親会で、女性が職場におけるいじめについて相談した際の上司の「金もらってさ、おまえら大人なんだから、ちょっとくらい我慢してやってるんだから、商売」「俺はエンターテイナーとしたら、金もらってやってんだから、ちょっとは我慢しろよ」といった発言についても、「社会通念上相当性を欠き違法性となるまではいうことはできない」と判断した。
一方、職場環境を調整する義務違反については、「他の出演者に事情を説明するなどして職場の人間関係を調整し、配役について希望を述べることで職場において孤立することがないようにすべき義務を負っていた」と指摘。
それに反して会社側が職場環境を調整しないまま放置したことで、「女性は周囲の厳しい目にさらされ、著しい精神的苦痛を被った」と認定し、オリエンタルランドに慰謝料80万円(弁護士費用8万円)の支払いを命じた。
判決は、個別のパワハラについては的確な証拠がなく認められない、または、一部の言動については、社会通念上相当性を欠き違法ではない、と判断されたものの、一連の経緯について安全配慮義務違反があると指摘した。
労働問題に詳しい徳田隆裕弁護士は「パワハラ被害者の救済が拡大される可能性がある点において、画期的な判決だ」と評価する。
「パワハラの言動の立証ができなかったり、パワハラの違法性が認められなくても、仕事内容の調整の義務違反、または、職場の人間関係の調整義務違反を根拠に、損害賠償請求が認められる余地があるということです
私が調べた限りでは、過去の裁判例において、今回の判決のように、安全配慮義務の具体的な内容として、『その時々の原告の心身の状況に応じて、原告の仕事内容の調整を行い、又は職場の人間関係など職場環境の調整を行う義務』としたものは見つけることができませんでした」
徳田弁護士によると、パワハラや職場のいじめを理由とする損害賠償請求訴訟における、慰謝料の金額は、自殺事案を除き、おおむね10万円から150万円の範囲内におさまっているという。
そのため、今回のようにパワハラの言動の認定がされず、パワハラの違法性も否定されたにもかかわらず、慰謝料として80万円が認められているのは「他の裁判例と比較して、慰謝料の金額としては、高い方だ」と話す。
キャストになることは「子どもの頃からずっと憧れてやっと叶えた夢」と話す女性。大好きなディズニーの仕事と過酷な労働環境との間で、引き裂かれるような思いをしてきた。
代理人の広瀬理夫弁護士によると、提訴後に会社側から原告側に対して情報管理の徹底に関する社内ルールを守るよう求める内容の書面が届いたという。女性は「恐怖で何も発することができませんでした。ただ、押さえつけることでいじめを隠してもなにも解決しないと思って戦ってきました」と振り返る。
女性が加入する「なのはなユニオン」の鴨桃代委員長は、「キャストの中には自分の労働条件を話すことさえも守秘義務違反になるのではないかと思い、ユニオンに相談に来ても、具体的な事実を話すことに恐怖を抱く人もいる。それが労働問題に目をつぶらせるという結果に繋がっているのではないか」と話す。
うつを発症してからも、1日も休まず出勤していたという女性。苦しい中でも支えとなったのは、「つらいけど頑張って来てよかった、ありがとう」と笑顔で言葉をくれた同じ病気のゲストだったという。女性は会見で涙を堪えながら訴えた。
「出演者がどんな気持ちでエンターテインメントを提供しているか。それは会社に一番分かってほしかったです。ディズニーが悪いのではなく、悪いのは労働環境を是正していないオリエンタルランドという会社です」