2022年03月26日 10:21 弁護士ドットコム
仙台市の市立小学校に通う男子児童がいじめを受けて不登校になったとして、市教育委員会は、いじめ防止対策推進法が定める「重大事態」と認定する方針だと報じられている。
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報道によると、小学1年生の男子児童は2021年12月、昼休み中に時間内に食べ終わらなかった給食を食べていた際、複数の児童にトイレへ連れて行かれ、背中や胸を殴られたり蹴られたりしたという。全身打撲、急性ストレス反応の疑いで全治4週間と診断され、それ以来50日以上欠席が続いているという。
後日、保護者が学校に対して事情を説明したところ、学校側は「遊びの中で起きたこと」「加害者側もたたかれた」などと回答。いじめを否定したという。
保護者はその後、市教委にも説明。市教委は学校からの聞き取りなどから校内でいじめがあったことを前提に、「重大事態」として調査するようだ。
「重大事態」と認定した場合、具体的にはどのような調査がおこなわれるのだろうか。また、調査の実施以外にも何か影響があるのだろうか。高島惇弁護士に聞いた。
——「重大事態」の認定は、学校の設置者または学校の裁量なのでしょうか。また、具体的にはどのように判断されるのでしょうか。
まず、重大事態の認定について、法文上は「疑いがあると認めるとき」と、学校の設置者または学校にて認定するかどうか一定の裁量があるかのように記載されています。
もっとも、文部科学省が公表している「いじめの防止等のための基本的な方針」において、「児童生徒や保護者から、いじめにより重大な被害が生じたという申立てがあったときは、その時点で学校が『いじめの結果ではない』あるいは『重大事態とはいえない』と考えたとしても、重大事態が発生したものとして報告・調査等に当たる」とされています。
真相が不明である申立て段階においては重大事態が発生したとの前提で調査に取り組むよう要請しており、認定するかどうかに関する学校側の裁量権を大幅に縮小する考えを示しています。
実際、最近の下級審判例(さいたま地裁令和3年12月15日判決)においても、重大事態の発生を認知すべきであったにもかかわらず、重大事態としての調査を怠るとともに調査の必要について教諭らへの指導を行わなかったとして、学校側の職務義務違反を認定しています。
そのため、少なくとも児童生徒側から重大事態としての申立てがなされた場合には、学校の設置者または学校としてまずは重大事態として一定の調査指導の必要性が生ずるものと解されるのであって、その意味で学校側の負担は非常に大きいかもしれません。
——「重大事態」と認定された場合、どのような調査がおこなわれるのでしょうか。
重大事態として認定された場合には、学校の設置者または学校のもとに組織が設置され、対象とされたいじめに関する調査などが開始されます。
この組織には、弁護士や精神科医、学識経験者などいじめ事案の関係者と直接の人間関係または特別の利害関係を有さない第三者を招へいすることが望ましいとされています。
ただ、必ず第三者で構成しなければならないわけではなく、教育委員会の附属機関や学校にて常態的に設置されている学校いじめ対策組織が母体となって調査するケースもあります。
調査方法としては、児童生徒へのアンケート、個別の聴き取り、LINEなどのスクリーンショットや音声データの収集などが考えられます。
しかしながら、これらの調査について法的な強制力があるわけではないので、仮に加害生徒らが調査への協力を拒否したり、LINEなどでのやり取りを削除した場合には、真相解明が難しくなりやすいという大きな問題が生じます。
——調査終了後、その結果はどのように扱われますか。
その他、重大事態として認定された場合、調査結果を教育委員会または都道府県知事に報告する必要があり、いじめの事実認定や学校対応の問題点、再発防止に向けた提言などを詳細に記載した報告書が作成されます。
この報告書は、その後加害生徒らまたは学校に対し損害賠償請求などの法的措置を講じる場合、そのまま証拠として用いられやすく、裁判所としても、調査報告書の信用性を否定する事情がない限り、事実関係に関する第三者委員会の調査結果に基づいて事実を認定することが多いです。
その点において、訴訟における立証の負担を大きく軽減できるため、いじめ被害を受けた児童生徒らの救済により資するものだと思います。
——2020年度の全国におけるいじめの重大事態の件数は514件でした。
重大事態の発生件数は年々少しずつ増加しているものの、いじめ全体の認知件数に比べると年平均で約0.1パーセントと極めて小さく、重大事態としていじめ被害を認定したことが未だにない教育委員会も存在しています。
深刻ないじめ被害が見逃されないよう重大事態としての認定件数がより増加すべきと考えますが、その一方で比較的軽微ないじめ被害までも総じて重大事態として認定されてしまうと、学校側の負担が過度に重くなってしまい通常の教育活動に多大な支障が生じるおそれも否定できません。
この辺りのバランスは非常に難しく更に議論を重ねる必要がありますが、重大事態の適切な枠組み設定やいじめ対応に向けた人員及び予算面での拡充を図ることで、取り返しのつかない被害が生じる前に学校などが介入できる仕組み作りを実現するのが、何より重要だと考えています。
いじめ防止対策推進法28条は、次の(1)または(2)の場合を「重大事態」と定めている。
(1)いじめで児童等の生命、心身又は財産に重大な被害が生じた疑いがあると認めるとき (2)いじめで児童等が相当の期間、学校を欠席することを余儀なくされている疑いがあると認めるとき
学校の設置者または学校が重大事態に当たると認定した場合、速やかに学校等の下に組織を設け、重大事態に関する事実関係を明確にするための調査をおこなうとしている。
国の定めた「いじめの防止等のための基本的な方針」によれば、(1)の「生命、心身又は財産に重大な被害」とは、児童が自殺を企図した、身体に重大な傷害を負った、金品等に重大な被害を被った場合、精神性の疾患を発症したなどのケースを想定。(2)の「相当の期間」については、年間30日を目安にするとしている。
【取材協力弁護士】
高島 惇(たかしま・あつし)弁護士
退学処分、学校事故、いじめ、体罰など、学校内におけるトラブルを精力的に取り扱っており、「週刊ダイヤモンド」にて特集された「プロ推奨の辣腕弁護士たち」欄にて学校紛争問題が得意な弁護士として紹介されている。
事務所名:法律事務所アルシエン
事務所URL:http://www.alcien.jp