2022年03月25日 22:41 弁護士ドットコム
「ひきこもりの人を自立させる」などとうたう「支援」業者によって暴力的に自宅から連れ出され、事実上の監禁状態に置かれたとして、元入所者の男性(30代)が550万円の損害賠償を求めた訴訟の判決が3月25日、東京地裁で言い渡された。同地裁は、男性を無理やり施設へ連行し、監視付きの部屋に閉じ込めたのは不法行為に当たるとして、施設を運営していたクリアアンサー(東京都新宿区、2019年に破産申し立て)に慰謝料など計110万円の賠償を命じた。
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ひきこもり当事者らを無理やり施設へ連れていく業者は「引き出し屋」などと呼ばれ、類似の団体による連れ出しが全国で起きている。弁護団は判決後、さらなる被害者を出さないよう、国が支援業者に規制を設けるべきだと訴えた。
原告男性によると、クリアアンサーが運営する「あけぼのばし自立研修センター」の職員らは2018年5月、突然自宅を訪れて男性に入所を迫った。男性が同意せずにいると、職員2人に力づくで車に引きずり込まれ、同センターの寮である地下の部屋へ連れて行かれて監視付きで8日間、閉じ込められた。
それでも入所に応じずにいたところ、精神病院の閉鎖病棟で3日間身体拘束を受け、約50日間にわたり入院させられた。男性は退院後、同センターでの生活を強いられたが、同年8月に弁護士らを頼り脱走した。
原告の男性は判決後、弁護団とともに記者会見し「施設では所持品を取り上げられ、職員には『稼ぎのないお前が悪い』と言われ続けた。隙を見て入所者仲間と相談機関を回ったが、誰にも信じてもらえず(担当者に)『悪いのはあなたじゃないか』と言われたことさえある」と振り返った。閉鎖病棟では、オムツをはかされてトイレに行くことすら許されないという、屈辱的な経験もしたという。
判決では、同センターの職員らが男性を無理やり連れ出し、地下室に閉じ込めて「万が一逃走しても、捜索願を出して見つけてセンターに戻されることになる」などと話して逃げられない状態にしたことを「移動の自由を侵害する不法行為」と認めた。
弁護団長の宇都宮健児弁護士は「たとえ(施設と契約した)親の了承を得ていても、本人の同意なく連れ去ったり閉じ込めたりするのは重大な人権侵害であり許されないと、明確にした判決。業者に警鐘を鳴らす効果が期待できる」と評価した。
ただ、判決は原告男性が退院後、同センターの職員に財布や時計などを取り上げられ、監禁状態に置かれたとの訴えについては、原告に逃げられないと思わせる面はあったとしながらも「自由に外出できる時間もあり、逃亡は可能だった」などとして退けた。
同センターをめぐっては今年1月、元入所者の女性が同様の連れ出しによって精神的苦痛を被ったとして、損害賠償を求める訴訟の判決があり、東京地裁は同センター職員と連れ出しを依頼した母親に、計55万円の賠償責任があると言い渡した。判決では女性が、はだしのまま部屋着姿で強引に連行され、見張り付きの部屋に入れられたことを不法行為と認定。女性は抗議の意思を示すため飲食を一切拒否し、入所2日目にICUに搬送された。
また同センターのほか、ワンステップスクール(若者教育支援センター)湘南校(神奈川県中井町)に入所していた20~30代の男性7人も2020年、強引な連れ出しや監禁の被害を受けたとして、損害賠償を求める集団訴訟を横浜地裁に起こした。
これらの施設以外の入所者からも、連れ出し被害を訴える声は相次いでいる。しかし自宅という密室で連れ出しが行われている上に、親が業者側に味方しているため被害立証に必要な書類を得るのが難しいといった理由で、泣き寝入りしている人が大半だ。
また、いわゆる若者の自立を支援する施設が、適切に運営されているかを監督する行政機関は、現時点では存在しないのが実状だ。宇都宮弁護士は「国や自治体の取り組みが不十分なため、間隙を縫って引き出し屋が横行している。業者を監視し、悪質な場合は排除できるような規制立法が必要だ」と強調した。
原告男性も「今この瞬間にも、無理やり施設に入所させられている人たちがいる。判決のニュースが彼らを励まし、可能なら誰かを頼って脱出するための力になってほしい」と願っていた。また男性は入院先の成仁病院(東京都足立区)に対しても、損害賠償を求める訴訟を起こしている。
ひきこもりや無職の子どもを持つ親の不安をあおり、「必ず自立させます」などと言葉巧みに契約を促すのが、引き出し業者の常套手段だ。多額の報酬を請求するケースも多く、クリアアンサーに1000万円以上を支払った親もいる。
またこうした親の多くは、行政のひきこもり相談窓口や支援機関を訪れた経験がある。しかしたらい回しにあったり、はかばかしいサポートを得られなかったりして、「最後の手段」として引き出し業者を頼ってしまうと、支援者は指摘する。
しかし親が救いを求めてこうした業者に頼っても、根本的な解決には至らないことが多い。現在行われている訴訟の原告の中には、業者に自分を託した親への憎しみから家族関係が悪化した人や、連れ出されたトラウマで精神状態が悪化し、その後の生活や仕事に支障が出ている人もいる。自分の意思で外に出たわけではないため「同じ時期に入所していた仲間が、退所後ひきこもりに戻った」という話も、原告たちからはしばしば聴かれる。
内閣府の調査によると、15歳~64歳でひきこもりに該当する人は115万人に上ると推計される。弁護団は「家族も含めると、数百万人がひきこもりに関わっている」として、引き出し業者に頼らずにすむよう、当事者・家族の支援も充実させるべきだと要望した。
(ライター・有馬知子)