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『妻、小学生になる。』中井芳彦Pが語る、奇跡が起きた舞台裏 鑑賞後のじんわりを目指して

2022年03月25日 06:31  リアルサウンド

リアルサウンド

『妻、小学生になる。』(c)TBS

 10年前に他界した最愛の妻が帰ってきた、10歳の小学生になって――。一見すると突拍子もないドラマに感じられるが、そこから見えてくるのは“愛する人を失っても進み続けなければならない”現実を生きる私たちの物語だ。


【写真】第1話~9話までの名シーン


 金曜ドラマ『妻、小学生になる。』(TBS系)が、3月25日についに最終回を迎える。妻の新島貴恵(石田ゆり子)が、なぜ小学生の白石万理華(毎田暖乃)に憑依する形で戻ってきてくれたのか。その意味を考えた主人公の圭介(堤真一)と娘の麻衣(蒔田彩珠)は、10年間できなかった前を向いて歩いていく決意を固める。しかし、まだ成仏できない貴恵の魂。そこへ今度は万理華が自分の意思で手を差し伸べるのだった。果たして、ラストにどんな奇跡を見ることができるのだろうか。


 そんな期待と、新島家や白石家との別れが近づく寂しさが入り交じる中、本作のプロデューサーである中井芳彦氏に話を聞くことができた。温かくも切ないホームドラマを描くことになった背景、「まさか」の連続が実現したキャスティング……と、リアルな奇跡が起きた舞台裏について語ってもらった。(佐藤結衣)


■「家族こそサスペンス」ホームドラマを描きたかった理由


――『妻、小学生になる。』は同名漫画が原作ですね。どういった形で実写ドラマ化しようと考えられたのでしょうか?


中井芳彦プロデューサー(以下、中井):私の中で、いつか家族をテーマにしたドラマを手掛けたいという思いがあったんですけど、なかなかそのアイデアを掴みかねているときに、偶然SNSを通じて『妻、小学生になる。』の漫画を見つけました。ちょうど『凪のお暇』(TBS系)をオンエアしているころでしたね。


――「いつか家族をテーマにしたドラマを」という思いには、何かきっかけがあったのでしょうか?


中井:『渡る世間は鬼ばかり』(TBS系)などホームドラマを手掛けてきた、石井ふく子さんという大先輩と編成部にいたときにお話したことがあって、そのときに「家族こそサスペンス」という言葉が印象に残っていたんです。それまで家族って「仲が良くて隣にいることが当たり前で……」と思っていたんですけど、家族って「近くにいるけどやっぱり他人で、どこかわからない部分があって……」と実はすごくサスペンスの存在になる、という考え方は非常に面白いな、と。


――なるほど。「家族」「ホーム」という言葉には、ほのぼのとしたイメージがありますが、誰よりも心乱される可能性のある存在ですもんね。では、漫画原作を実写ドラマ化するという点でのこだわりはありますか?


中井:主演を務めてくださった堤さんともお話したことで「原作はすごく面白かったけど、それを自分がやる意味はなんだ」と、考えていらっしゃって。私も、そのまま原作をなぞるような形ではあまりドラマ化する意味が見い出せないなと思っていました。そこでプロデューサー諸先輩方の原作もののドラマ化する番組をいくつか経験してさまざまな現場で学んだのが「同じタイトルだけど、ちょっと違う世界」であることでした。原作の持つ面白さに加えて、生身の人間が演じることで見せていくことができる感情の揺さぶりをオリジナルで作る必要があると思いました。なので、漫画原作をドラマ化する上では、原作のファンの方にも愛してもらえるキャラクターを盛り込みながら、生身の人間が生きる「もう一つの世界」として描くことを意識しています。特に本作は、原作もまだ連載している上に、全10話で完結していく必要がありました。なので、作者の村田椰融さんに「オリジナルのエンディングでもいいですか?」とお聞きしたところ、ありがたいことに「それはもうぜひ」とおっしゃってくださったので、原作サイドとドラマ制作陣との方向性が一致したのはすごく幸運でした。ただ、本作を実写化するに当たって最もハードルが高いなと思ったのは、やはり白石万理華を誰が演じるか、という問題でした。


■逸材・毎田暖乃をはじめとした、奇跡的なキャスティング


――万理華役を演じた毎田暖乃さんはオーディションで選ばれたんですか?


中井:そうです。万理華役を探す上で、まず決定していた麻衣役の蒔田彩珠さんより身長の低い人がいいなと考えました。“外見は小さな女の子なのに、中身はお母さん”というチグハグな見え方が、母さんとして娘に化粧をしてあげるシーンがより印象的に描けるのではないかと思って。なので、蒔田さんよりも小柄な方なら、まずは年齢を問わずにオーデイションでお会いしました。それこそ中学生とか20代の方まで。ただ大人っぽくて演技の上手い子役の方もたくさんいらっしゃったんですが、この役は子どもながらの無邪気さを持ちながら「あ、本当に大人の人が入っているんだな」と思えるような表情も出せるかが重要だったので、なかなか理想的な方にお会いできず。そんな中、毎田さんの存在を知りまして。毎田さんは関西にお住まいなので「東京の仕事はやらないです」と言われていたのですが、どうしても諦めきれず一度お話してオーディションだけでも受けていただきたいとお願いしたところ、もう「この人しかいない」と(笑)。本人に「この作品なんですけど」と原作漫画をお渡しして、どうにかお受けしてもらえないかと祈っていたところ「ぜひやってみたい」というお返事をいただくことができました。こんなにハマる方がいるなんて、と今でも信じられない思いですね。


――オンエアのたびに、毎田さんの演技は大きな話題になりました。堤さんのインタビューでは現場に石田ゆり子さんが出番のないときにもいらっしゃっていたとお聞きしたのですが、それは制作サイドからのアイデアだったのでしょうか?


中井:いえ、石田さんご本人から「もしお邪魔じゃなければ立ち会いたい」とおっしゃっていただいたことでした。こちらとしてはそんなこと考えてもいなかったので、とてもありがたい提案で。とはいえ、石田さんから毎田さんに直接演技の話をするわけではなく、本当にたわいもない話をしながら、そっとお芝居をご覧になられている感じです。逆に毎田さんも出番がないときであっても石田さんのお芝居を見に来ていて。毎田さんが意識的に石田さんを真似ているわけではなく、本当に2人で貴恵という人格を作っているような不思議な感じでした。


――まさに憑依という形だったのですね。石田さんを貴恵役に、と思われたのは?


中井:企画した当初に、太陽のように家族を照らす素敵な笑顔のお母さんであると同時に、画面に映って5秒くらい見たときに「でも、この人亡くなってしまっているんだよな」って切ない気持ちにもなるような存在感がある方を……と考えたときに、石田さんのあの明るい笑顔が思い浮かんでオファーしました。これまで一度もお仕事をご一緒したこともなかったし、お母さん役を受けてくださるのかもわからなかったんですが、お受けいただいて。「まさか」という気持ちでした。


――堤さんとのコンビネーションも、すごく微笑ましいですね。


中井:「まさか」という点では、堤さんも同じで。かつて堤さんが主演された映画『クライマーズ・ハイ』がすごく好きで、堤さんが出演された番組のADをさせていただいたこともあったので、いつかお仕事をご一緒できたらと思っていました。『妻、小学生になる。』をドラマ化しようと思ったとき、真っ先に「堤さんで見てみたい」とご連絡させていただきました。「まさか受けていただけるとは」と嬉しかったですね。本当に理想的なキャスティングという奇跡が起きました。


■観終わった後のじんわりを目指して


――先ほど原作漫画とは「同タイトルのもう一つの世界」を描いているというお話がありましたが、本作はキャラクターたちについてもオリジナルの設定が多くありましたね。


中井:私も脚本家の大島里美さんや演出家のみなさんも、ちょっと笑えるエッセンスが好きで。なので本作も、そういうドラマづくりができたらと思いました。寺カフェのメンバーを筆頭にコミカルな展開を取り入れたのもそうした狙いからです。なかでも、神木隆之介さんが演じられた貴恵さんの弟・友利は、新島家に起きた家族の秘密をサスペンス的にひとつ外側からの視点で「どうなってるんだ?」と探る、「視聴者の目線に近い視線で見つめるキャラクターを1人作りたいね」と大島さんとオリジナルで作った重要人物でした。もともと原作では貴恵さんに姉妹がいる設定なんですが、弟にしたほうが、“圭介と万理華=おじさんと女の子”という「何なの? あのふたりは」とツッコミながら、万理華の正体を暴こうと友利が追いかけていく姿もまた“知らない男の人と女の子”になっている、という特大ブーメランが返ってくる面白い展開になるんじゃないかなと思って。また、この役を神木さんに受けていただけたのも驚きでした(笑)。


――本当にすべてのキャスティングが「まさか」の連続だったんですね。


中井:本当にそうなんです。今となってはそれぞれの役が他の人ではちょっと考えられないくらい、ハマってくださって。万理華の母・千嘉役の吉田羊さんも「まさか」が実現したおひとりです(笑)。


――千嘉さんといえば、万理華の姿をした貴恵さんと2人暮らしをしているかのような光景も面白かったですね。


中井:第7話の「一杯やる?」と言うシーンは、原作にはない大島さんによるオリジナルの展開です。私も台本を読んでとても好きなやり取りです。


――「一杯やる」といってもミルクで(笑)。ドラマオリジナルの展開に大きく貢献した大島さんの脚本の魅力について教えてください。


中井:観てくださる方がどう感じるかをすごく大事にされています。お話しながらドラマっぽい作為的な表現や、どこかで観たことがあるような感じにしたくない、という熱みたいなものを感じます。ちょっとふざける力の抜け加減を見せながらも、1時間観終わった後にじんわりとくる。『凪のお暇』に続いて2作目ですけど、すっかり大島さんの書く世界観のファンです。本当に尊敬しています。


――エンドロールが一瞬で終わる感じも『凪のお暇』ファンとしては、懐かしい感じでした。


中井:ドラマにはいろいろな作り方がありますが、私はエンドロール=ドラマが終わっちゃう感じがしてしまうなと思っていて。スパッと終わったほうがむしろその余韻に浸れるような気がして、あの形になりました。そのまま一緒に観た人と、あるいはSNSで誰かと「どう思った?」みたいに語ってもらえたらなと。そうして同じ時間を過ごした方と、“いいものを観たな”と思ってもらえる時間が流れてくれたら嬉しいなと。


■ドラマの中でずっと彼らの日常が続いていく


――出番のないタイミングでも石田さんや毎田さんが現場に駆けつけるなど、仲睦まじい雰囲気だった現場ですが、最終回に向けて寂しさはありませんでしたか?


中井:先日、神木さんが一足先にオールアップを迎えたんです。現場では毎田さんが神木さんとよく一緒にInstagramのリールとかも楽しそうに撮ったりして慕っていたので、どうなるかなとちょっと気になっていたんですが、毎田さんがボロボロ泣いてしまって。やっぱり毎田さんは撮影のためにわざわざ東京まで来て頑張っていましたし、1人ひとり撮影を終えていく感じは寂しかったのかもしれないですね。


――いつかは別れがくること、だからこそ今を後悔なく過ごす、という点では、撮影現場そのものも、この作品が持っているメッセージともリンクするところがありますね。


中井:そうですね。本当にフィクションではありますが、縁があって家族のようになっているのは、傍から見ていてジーンと来るものがあります。そんな雰囲気になったのも堤さんの人柄かなと。本当にみんな楽しそうに仕事をされていて、「私、何もしてないな」なんて思いました(笑)。


――現場に石田さんが足を運んでいたからか、堤さん、蒔田さんとの家族として一緒に過ごした時間の積み重ねを感じました。


中井:私も第9話の圭介と麻衣ちゃんのシーンにも繋がっているなと感じました。すごくいいシーンが撮れると、現場でも思わずこみ上げるものがあって。でも、プロデューサーはこれが成立するかちゃんと見届ける責任があるんだ、と我慢するんです(笑)。それくらいこの作品に愛情を持って作ることができているのが幸せです。


――では最後に、最終回を楽しみにしている視聴者のみなさんにメッセージをお願いします。


中井:観た人それぞれが自分の人生に一瞬でもこのドラマが寄り添える、「明日も頑張ろう」と思える、それが今の時代のエンタメとしてやれることなのではないかと思っています。“ドラマチックで感動的なラスト”というよりも、ドラマの中でずっと彼らの日常が続いていると感じられるような余韻が残ればいいなと。そして、みなさんが階段を歩きながら、ふと圭介たちのことを思い出して「今ごろどうしてるかな?」なんて思ってもらえる作品になったらうれしいです。


(取材・文=佐藤結衣)