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意識失った運転手の責任どこまで? 千葉の3人死亡事故で「無罪」が出た理由

2022年03月24日 10:21  弁護士ドットコム

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千葉県野田市で2019年3月に起きた、70代の男女3人が亡くなった交通事故で、千葉地裁松戸支部は3月7日、車を運転していた男性に対し、無罪判決を言い渡した。


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男性はいったん不起訴になったが、検察審査会で不起訴不当の議決が出たことを受け、再捜査の末に起訴されていた。



報道によると、男性は運転中に意識を失って歩道に突っ込み、3人をはねたとされ、「過失運転致死」に問われていた。



男性には以前から頭痛などの症状があり、裁判では、運転中に意識を失う可能性を予見できたかどうかが争われていた。



ネットでは、死亡事故の無罪に納得がいかない人もいるようで、「具合が悪いなら運転すべきではない」といった反応もある。判決について、星野学弁護士に聞いた。



●必ずしも「死亡事故=起訴」ではない

死亡事故を起こせば必ず起訴されるわけではありません。



たしかに、死亡事故で尊い命が奪われたという結果は重大です。しかし、運転者の責任の大きさはその結果の大小とは区別して考える必要があります。交通事故はその態様が様々であるため、死亡事故といっても必ずしも運転者の責任が重いと判断することができないケースがあるからです。



加害者が危険運転、無免許、酒気帯びなどの状態で死亡事故を起こせば起訴される確率は高くなります。これらを全て満たした死亡事故の起訴率はほぼ100%でしょう。



これに対して、被害者が飛び出しをしていたり、夜間に路上で寝ていたなど、被害者に落ち度があると評価される場合には起訴率は低くなります。また、被害者の遺族と示談が成立したり、被害者の遺族が加害者を許した場合などは起訴率が低くなります。



●裁判の争点になった「予見可能性」とは?

本件は、男性が運転中に意識を失い3名をはねて死亡させていながら、男性に過失がないとして無罪の判決が下されています。そこで、過失、特に本件で問題となった予見可能性について考えてみましょう。



同じく意識がなかった状態として居眠り運転を例に考えてみます。前の晩に徹夜して眠いのを我慢して車を運転したところ居眠りをして事故を起こしたとしたら、「事故時に意識がなかったのだから無罪だ。」とはなりません。



これは、睡眠不足で車を運転すれば居眠り運転をして事故を起こす可能性を当然に予想(予見)すべきだったのに、それをせずに車を運転したことが過失と評価されるからです。



しかし、知らないうちに誰かに睡眠薬を飲まされていて運転中に突然寝てしまい事故を起こした場合は、そもそも寝てしまうとは思ってもいないので、居眠り運転をすることを予想する機会がなかったことになります。



そのため、本件でも車を運転している際に自分が意識を失う可能性を予想できたかどうかが問題となるのです。



例えば、以前に頭痛を前兆として意識障害・失神をしていた経験があるとしたら、男性は車を運転している際に意識を失うかもしれないと予想するのが普通でしょう。



この場合には予見可能性ありとして過失が認められ、有罪になるでしょう。診察・治療の際に医師から意識障害・失神の可能性が指摘されていた場合も同様です。



これに対して、単に以前から頭痛に悩まされていたというだけでは、頭痛の症状がある人が意識を失うことは一般的ではありませんから、予見可能性がなく無罪の判決が下されることになります。



●「運転中止義務」はどこまで?

もちろん、体調が良くないときは車の運転を控えなければなりません。道路交通法第66条は次のように定め、過労運転等を禁止しています。




「何人も、前条第一項に規定する場合のほか、過労、病気、薬物の影響その他の理由により、正常な運転ができないおそれがある状態で車両等を運転してはならない。」(道交法66条)




同条は過労等による運転自体を禁止するのではなく「正常な運転ができないおそれがある状態」を禁止しています。しかし、正常な運転ができないおそれがある状態が具体的にどんな場合なのかは、あまりはっきりしません。



そのため、実際には「事故を起こしたのだから正常な運転ができない状態だったはず」と、いわば結論ありきで判断されてしまうおそれがあります。



すなわち、重大な被害が生じた交通事故ではその結果に引きずられ、重大な被害を生じさせた加害者には責任があるはず、したがって加害者は有罪であるという考えから捜査が行われ、「正常な運転ができないおそれがある状態」があったかどうかを客観的に検証するという態度が軽視される危険を生じさせます。



このように、どのような状態のときに運転が禁止されるのかが明確ではないことからすると、ふだんどおりの運転ができないときには運転を差し控えることが安全だということになります。



また、自分では過労等に気付かないこともありますから、途中で休憩を取ったり、速度を守って無理をしない運転をするためには、あらかじめ時間に余裕をもって行動することが必要だと思います。




【取材協力弁護士】
星野 学(ほしの・まなぶ)弁護士
茨城県弁護士会所属。交通事故と刑事弁護を専門的に取り扱う。弁護士登録直後から1年間に50件以上の刑事弁護活動を行い、事務所全体で今まで取り扱った刑事事件はすでに1000件を超えている。行政機関の各種委員も歴任。

事務所名:つくば総合法律事務所
事務所URL:http://www.tsukuba-law.com