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日本郵便「非正規の待遇上げ&正規の待遇下げ」提案、「同一労働同一賃金」の労使交渉はどうあるべきか

2022年03月17日 11:41  弁護士ドットコム

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同じ会社で働く正規雇用(正社員)と非正規雇用労働者の不合理な待遇差の解消を目指す「同一労働同一賃金」。安倍政権が推進したことで、広く認知されてきたが、波紋を広げるケースも出ている。


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今年1月、日本郵政グループが、正規雇用の有給の夏期冬期休暇を減らす内容を含む見直しを労組に提案していると朝日新聞が報じた。日本郵政グループ労働組合(JP労組)は弁護士ドットコムニュースの取材に対し「労働条件の不利益変更にあたるため、労組として反対し継続協議している」と回答した。



非正規と正規の待遇格差を縮めるために、正規の待遇を下げようとしている事例で、今後こうしたケースが増える可能性がある。使用者側の弁護士として、「日本版同一労働同一賃金の理論と企業対応のすべて」(労働開発研究会)の編著を担当した荒川正嗣弁護士に労使間の交渉のあり方や制度の問題点を聞いた。(ライター・国分瑠衣子)





●賃金の原資が限られる中、労使協議の上での正社員の待遇下げは選択肢の1つ

ーー2020年に最高裁が夏期冬期休暇、年末年始勤務手当、病気休暇、年始期間の勤務に対する祝日給及び扶養手当について、待遇差をつけることは「不合理な格差がある」と認める判決を出したことを受けて、日本郵政グループが、期間雇用社員の有給の夏期冬期休暇を付与する一方で、正規雇用の同休暇を減らす内容を含む労働条件を労組に提案していると報じられました。正規雇用の労働者にとっては不利益な変更になりますが、どう考えますか。



不合理な待遇差がある場合、理想的な解決策は非正規労働者の待遇を上げることですが、現実問題として賃金の原資は限りがあり、それをどう正規労働者と非正規労働者との間で分配するかという問題が絡みます。正規労働者の待遇を削るということも一つの選択肢かと思います。



日本郵政グループ最大の労組「JP労組」は、正社員だけではなく契約社員も加入していることがポイントです。



私は報道されている範囲でしか、同グループの労使交渉の推移や結果は分かりませんが、夏期冬期休暇等に関する提案についてはまだ交渉中である一方で、2018年4月、会社とJP労組は正社員(一般職)の住居手当を10年間かけて、毎年10%ずつ段階的に削減することを妥結したとのことです。



正社員にとって不利益変更ですが、この妥結の背景には交渉の結果として契約社員を対象とする別の手当新設等による待遇向上、同年の春闘で妥結した一時金により住居手当削減の対象となる正社員の年収が下がらないこともあったようです。



組合の中でも不利益な変更になる正社員と、格差があって問題だという契約社員との間で利害対立がある中で、なんとか内部で調整した上で、会社側と交渉して導いた結果ではないでしょうか。労使自治による待遇の見直しの例として評価できるものだと思います。



おそらく、今回の夏期冬期休暇等に関する提案についても、同様の内部での利害調整や他の待遇の向上等による着地が図られると思われます。



●労働組合がない会社でも意見集約はできる

ーー現実には、労組に加盟できるのが正規労働者だけだったり、そもそも労働組合自体がないという会社のほうが多いです。労組がない場合は、従業員の意見を集約しにくいのではないでしょうか。また、正規労働者だけの労組の場合、彼らに有利なように交渉が進められる懸念はないでしょうか。



組合がない会社でも、例えば、待遇見直しのためのプロジェクトを作り、各職場から労働者の代表者に参加してもらい、各職場での意見を集約してもらう、またはアンケートなどで労働者側の意見、ニーズを集約する、会社はそれを踏まえて、働き方も含めた制度の再構築を検討し、それについても労働者の意見を募るということが考えられます。



意見集約は正規労働者からだけでなく、非正規労働者からすることも当然必要です。会社側が一方的な基準を押し付けることでは、待遇差をめぐる問題の解決は困難であり、労働者の見直しへの参加を通じて、制度の透明性、納得性を高めていく必要があるでしょう。



待遇差を規制する旧労働契約法(以下、労契法)20条下ですが、再雇用をめぐって待遇格差を争った長澤運輸事件で最高裁は、労働条件のあり方については基本的に団体交渉等による労使自治に委ねるべき部分が大きい旨を述べ、基本給等の相違が不合理でないとする理由の一つとして、会社と労組間の交渉を経て、労働条件の改善が重ねられたことを判断要素の「その他の事情」に当たるものとして挙げています。



労使自治の観点から、労使交渉の経過、結果を「その他の事情」として十分に考慮すべきという考えは、労契法20条の後継といえるパートタイム・有期雇用労働法(以下パ有法)8条でも妥当するといえます。労使で協調して決めたことは不合理性を否定する事情として重視すべきという旨の学者の意見もあります。



ただし、労組に正規雇用以外のパートや契約社員といった非正規の意見が入っていなければ重視のしようがないというところだと思います。ですから、いかに非正規労働者の意見も集約し、正規労働者との利害調整もしながら、見直しに反映していけるかが重要でしょう。



特に、職場において恒常的な労働力として非正規労働者が組み込まれているような場合、正社員は自分たちの待遇を守るのではなく、法律の定める諸要素からは説明がつかない待遇差を解消するために、どう原資を分かち合うかという発想にならなければ、なかなか話はまとまらないでしょう。



●問題のある「同一労働同一賃金ガイドライン」

ーー待遇差については、厚生労働省がまとめた「同一労働同一賃金ガイドライン」を見ましたが、どんな待遇差がダメなのかよくわかりません。



そもそも同一労働同一賃金という言葉がミスリードだと思います。この制度では賃金だけが対象になるのではありません。また、格差是正のためのメイン規制である「均衡待遇規制」は、職務内容や職務内容と配置の変更範囲、その他の事情に照らして不合理な差があってはならないとされており、単純なものではありません。



ガイドラインの中身にも問題があります。「問題になる例」、「問題にならない例」の記述は、正規労働者と非正規労働者の賃金その他の待遇決定の基準・ルールは同じという前提で書かれているからです。基準・ルールが異なる場合の待遇差については、注意書きで、パ有法8条の諸要素に照らして不合理であってはならない旨が述べられているのみです。



同一労働同一賃金といっても、そもそも日本では正規労働者と非正規労働者では賃金決定の基準・ルールが違うのが通常でしょう。非正規労働者の賃金は、契約で定まるものではありますが、担当する特定の仕事の対価として給与を払うという職務給的な側面があります。



そして、求人情報として賃金の水準が広く公開されており、各社は人材獲得のためにも他社の条件も考慮して賃金を決定するので、「外部労働市場」が形成されます。例えばエンジニアや保育士といったそれぞれの職種に時給●円という相場観があるイメージです(ただし、企業規模や地域等による差はもちろんあります)。



一方、正規労働者は勤務する会社それぞれが設けている独自の基準・ルールの下で仕事内容に加え様々な要素が絡んで賃金が決定されるという「内部労働市場」が機能しています。



このように正規労働者と非正規労働者間で賃金決定の仕方が分かれている中で、日本なりの同一労働同一賃金を入れようとした時に落としどころとして、限定的な場面で同一の賃金、待遇にしなければならないという「均等待遇」を入れつつ、多種多様な事情を総合考慮する必要のある「均衡待遇」になり、文字どおりの「同一労働同一賃金」ではない制度になったから分かりにくいことになっているのだと思います。



●福利厚生の要素が強い手当は廃止される可能性

ーー企業にとっては手をつけやすいのは手当なので、手当そのものを廃止する動きが強まるのではないでしょうか。



特殊作業に対する手当や、年末年始のような勤務の時期に着目した手当は、正規労働者の中でも全員ではなく、一部の者が従事する特定の職務等への付加的な対価として残るのではないでしょうか。



他方で、趣旨・目的が明確でないものや、パ有法8条の諸要素に照らして、待遇差の説明がつかないものは廃止されるでしょう。また、住居手当や扶養手当のような労働への対価ではなく、福利厚生の要素が強い手当は廃止されるかもしれません。



実際、住居手当を基本給に組み込むことで廃止した会社もあります。ただ、こうした福利厚生的な手当を毎月の生活費に充てている家庭は多く、会社側は完全に廃止する場合、不利益緩和の経過措置(一定期間をかけた段階的な削除や、削除分を補填する手当を一定期間支給する等)を考える必要があるでしょう。



労働法においては労使の合意が原則なので、労使間の話し合いや利害調整が求められます。個別に合意ができない場合は、就業規則の不利益変更という手段もありますが、やはり不利益緩和の経過措置を設けることのほか、労働者側に変更の必要性等について十分に説明することが必要でしょう。



また、手当等で待遇差がある場合でも、いきなり手当等を削除をするのではなく、まず①職務の内容、②職務の内容及び配置の変更範囲、③その他の事情を確認して、待遇差の理由が一応説明できるのかの検討が必要です。



その点が難しければ見直しが必要ですが、①、②を見直すこと(いわば「同一労働同一賃金」の「労働」の見直し)でも対応できないかは検討すべきでしょう。「労働」と「賃金」をセットで見直すことも選択肢の一つです。



●多様な人材の活用に見合った待遇を考えることが問題の本質

ーー格差是正のためには何が求められるのでしょうか。



現行の規制下で、各企業なりに正規労働者と非正規労働者間での待遇バランスを図り、制度の透明性、納得性を高めるために、労使協議をし、労使自治をしっかり機能させていくこと、それを促進することで均衡・均等規制問題に対応すべきだろうと考えています。



社会的格差の是正をより進めると考えるにしても、今以上の法規制を重ねるよりは、政策的に別の仕組みが必要ではないかと思います。



究極的には、企業が多様な人材を確保、活用していくため、昔ながらの正社員一択ではない多様な働き方のメニューを設けて、それぞれの働き方、言い換えれば多様な人材の活用の仕方に見合った待遇を考えていくのがこの問題の本質ではないかと思っています。



<補足:日本版「同一労働同一賃金」>単に同じ仕事をすれば同じ賃金をもらえるという制度ではない。その内容は賃金のほか様々な待遇に関する、均衡待遇規制(不合理な待遇差の禁止)と均等待遇規制(差別的取扱の禁止)の2種類の規制である。パート労働者及び有期雇用労働者(以下「パート・有期労働者」)については、パートタイム・有期雇用労働法(以下「パ有法」)8条が均衡待遇規制について定めている。同条は、同一事業主に雇用されている通常の労働者(無期雇用労働者を指し、正社員が典型)とパート・有期労働者との間で、待遇差がある場合に、それぞれの①職務の内容(業務と業務に伴う責任)②職務の内容と配置の変更範囲③その他の事情に照らして、その待遇差が不合理なものであってはならないとしている。 つまり、逆にいうと、上記①~③に照らして、均衡(バランス)を欠いた不合理なものと評価されなければ、待遇差があること自体は認められるということだ。また、「労働(業務)」が同一か否かは考慮要素の一つだが、問題となる待遇の趣旨、内容によっては、業務内容が待遇の実施の有無や内容に関連性がないか希薄である故に、それが同一でなくとも待遇差が不合理とされることもある(例えば、通勤費用を補助する趣旨で支給される通勤手当等)。 他方で、均等待遇規制はパ有法9条が、パート・有期労働者の①職務の内容と②職務の内容及び配置の変更の範囲が、同一事業主に雇用される通常の労働者と同一の場合(②は①が同一となった時点で同一であるだけでなく、同時点から雇用が終了するまでの将来にわたって同一であると見込まれることが必要と解されている)は、待遇に関する差別を禁じ同一の待遇としなければならないと定めている。 均等待遇規制は上記のように限られた場面で問題になるのに対し、均衡待遇規制は①~③の事情を総合考慮して待遇差が不合理な相違か否かを判断するものであるために日本の正規・非正規格差是正のための規制としてはメインといえる(なお、派遣労働者についても、派遣元との関係でパート・有期労働者であれば上記パ有法の規制が及ぶが、これに加えて派遣労働者特有の均衡・均等待遇規制も設けられている)。 同一労働同一賃金は第2次安倍政権が進め、2018年に成立した働き方改革関連法の目玉として盛り込まれた。パ有法や労働者派遣法などの改正で、大企業では2020年4月、中小企業は2021年4月から施行されている。 2018年と2020年にはパ有法8条の前身である旧労働契約法(以下「旧労契法」)20条のもと、無期雇用労働者と有期労働者の間の手当、休暇、賞与や退職金などの待遇差をめぐり争った合計7つの事件に対し、最高裁判決が出された。 この7つのうち3つが日本郵便の裁判で、基本給や賞与、住宅手当や夏期・冬期休暇など多くの待遇差で争われた。最高裁はこのうち夏期冬期休暇、年末年始勤務手当、病気休暇、年始期間の勤務に対する祝日給及び扶養手当についての「労働条件の相違は不合理である」との判断を示した。