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花畑牧場のベトナム人労働問題 争点は「ストの正当性」、法的にはどう判断?

2022年03月16日 10:11  弁護士ドットコム

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生キャラメルで知られる「花畑牧場」(北海道中札内村)で発生した労働問題が話題になっている。


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ベトナム人労働者が「ストライキ」を起こしたところ、「不当な争議行為」だとして、会社側がリーダー格のベトナム人4人に計200万円の損害賠償を請求したというのだ。ベトナム人側は労働組合を結成して対抗。ストの正当性を主張している。



さらに3月14日には、会社側が3人のベトナム人を名誉毀損などで刑事告訴したことを発表した(受理は3月9日付)。タレントでもある田中義剛社長との話し合いの音声ファイルを都合よく編集してネットにアップしたとしている。



双方の主張は平行線で、警察まで絡んできたことから緊張感が高まっている。



●急に上がった水道光熱費

ベトナム人労働者を支援する「札幌地域労働組合」によると、発端は寮の水道光熱費問題だという。



毎月7000円が天引きされていたが、2021年10月から「実費制」になり、負担が増えたという。22年1月には倍以上の「約1万5000円」になっていた。



月40~50時間の残業をして、給料はおよそ20~21万円(額面)の労働者たちにとっては痛手といえる。事前に説明がなく、同意していないなどとして、会社側に抗議していたという。



組合側は、労働条件の不利益変更に当たると主張。対する会社側はコミュニケーション上の齟齬としている。



●「みんなは仕事を休みます」

会社側が発表している説明資料などともあわせると、「スト」が起きたのは1月26日。同社には135人のベトナム人労働者がいるが、このうち約40人が働く工場で、田中社長とベトナム人たちが直接話し合った。



ベトナム人たちは「(問題が)解決できるまで休む」と伝えたが、交渉は決裂し、「スト」を決行したという。その日の夜、水道光熱費が月7000円に戻ることが通知された。



「スト」を持ち出したのはこの40人だけでなく、前日の1月25日夜には、別工場で働く20人も会社側に対して、「みんなは仕事を辞めます」「みんなは仕事を休みます」などとLINEで表明していた。



ただ、会社側が工場の稼働予定を変更するなどして対応したものの、別工場のベトナム人は結局、26日も通常通り勤務したという。



●「スト」時点では労働組合に加盟していない

2月に入ると、(1)仕事をしなかった81人に対する懲戒処分(出勤停止7日間)、(2)「スト」のリーダー格4人に対する各50万円の損害賠償が請求された。



請求された4人は札幌地域労組に加盟し、現在の団体交渉に至っている。つまり、「スト」時点では、労働組合が結成されていたわけではない。



組合側は、各処分は「スト」への報復だと批判。対する会社側は、会社に労働組合はなく、事前に交渉の申し入れも受けていないとして、ストではなく、「就労拒否と職場放棄」「不当な争議行動」と主張している。



一般論として、ストは労働組合がないとできないのだろうか。また、事前の通告は必要なのだろうか。企業側で労働問題を扱う中村新弁護士に聞いた。



●法的な争点

今回の「スト」の主体は労組法上の労働組合ではなく、特定目的のために労働者が一時的に結集した「争議団」と解されます。



そこで、このような争議団のスト行為が、そもそも法的保護を受けられるかがまず問題となります。



●争議行為の法的保護

労働組合が行うスト等の争議行為が、以下の法的保護を受ける点については異論がありません。



(1)刑事免責



正当な争議行為は、刑法における正当行為として、強要罪、威力業務妨害罪等の犯罪の構成要件に該当する場合も違法性を阻却され、刑罰の対象とされません(労組法1条2項)。



(2)民事免責



正当な争議行為により生じた損害につき、使用者は損害賠償請求ができません(労組法8条)。正当な争議行為については、債務不履行責任ないし不法行為責任が否定されることになります。



(3)不利益取扱いの禁止



労働者が正当な争議行為に参加したこと等を理由とする懲戒処分等の不利益取扱は無効となり、使用者側が不法行為責任を問われることがあります。



これらの保護は、憲法28条により保障される労働基本権に基づくものであり、労組法上の規定は憲法28条の確認規定と位置づけられます。



そのため、労働者の経済的地位の向上を主な目的として結成された争議団による争議行為もこれらの法的保護を受けます(菅野和夫「労働法」第12版956頁、水町勇一郎「詳解労働法」1092~1093頁)。



●争議行為が法的保護を受けるための要件

これらの法的保護を受けるためには、争議行為が正当なものであることが必要です。具体的には、以下の3つの要件をみたす必要があります。



(a)争議行為が労働者の労働条件その他経済的地位に関する事項に関するものであること



(b)手続の正当性



(c)態様の相当性



●今回の場合

今回のストは、従業員寮の光熱費に関する規定ないし慣行の変更を発端としたものです。



寮の提供自体は福利厚生の一環と見うるものの、従業員の労務提供と密接に関連するものであり、特に今回のような外国人労働者の場合、寮に居住するか否かの選択権は著しく狭められるので、光熱費を含む寮費の値上げは労働者の経済的地位に影響を及ぼします。



したがって、(a)の要件は満たされます。



また、今回のストは消極的な労務不提供にとどまるものであり、有形力の行使等は伴わないので、(c)の態様の相当性も肯定されます。



問題となるのは、(b)の手続の正当性です。



事前の交渉を経ることがない争議行為や、抜き打ちストなどの予告がない争議行為は、手続の正当性を否定されることがあります。



今回のケースでは、労働者側と使用者側とで主張の食い違いがあるようです。



ストに至る前に労働者側が会社に是正を求めたが会社が交渉に応じる姿勢を見せなかったという事情があり、また、ストに入ることについて労働者から事前に予告があったか、ストを予期しうるような労働者側の発言を会社が事前に認識していたのであれば、(b)手続の正当性も肯定されうると思われます。



今回のストが法的保護を受けるのであれば、就労を拒否した81名に対する懲戒処分は不利益取扱いとなり、無効となります。また、民事免責により、リーダー格4名に対する会社の損害賠償請求も成り立たないことになります。



●労働委員会への救済申立てが可能か

労働組合員であることを理由とする不利益取扱い等については、不当労働行為として労働委員会へ救済申立てを行うことができます。



しかし、争議団の争議行為については、労働委員会への救済申立てまでは認められないとする説も有力です(菅野労働法 第12版1017頁)。労働委員会への救済申立てが否定される場合、不利益取扱いの効力等は民事訴訟で争うこととなります。



●会社が心がけるべき対応

組合未結成ないし組合未加入の場合であっても、一定数の従業員が争議行為に及ぶ予兆を感じた場合には、速やかに交渉をセッティングしてスト等を未然に防止するよう努めるべきでしょう。



また、労働条件の不利益変更が疑われるような取扱い変更を行う場合には、弁護士等の専門家と相談したうえで、事前の説明をきちんと行い過半数代表者の同意を得るなどの段取りを踏むのが安全です。



今回のケースでも、光熱費の取扱い変更について事前に労働者に説明して理解を得ていれば、このような事態にまでは至らなかったと思われます。




【取材協力弁護士】
中村 新(なかむら・あらた)弁護士
2003年、弁護士登録(東京弁護士会)。現在、東京弁護士会労働法制特別委員会委員、2021年9月まで東京労働局あっせん委員。労働法規・労務管理に関する使用者側へのアドバイス(労働紛争の事前予防)に注力している。遺産相続・企業の倒産処理(破産管財を含む)などにも力を入れている。
事務所名:銀座南法律事務所
事務所URL:http://nakamura-law.net/