2022年03月13日 09:41 弁護士ドットコム
「最近、昇進・昇格を断ったことを理由に懲戒処分ができないかという相談が増えてきました。店長や課長への昇進・昇格を断る人が増えているそうです」
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使用者側の労働事件を主に扱う向井蘭弁護士が2月下旬、Twitterでこんな投稿をしたところ、1万件を超えるリツイートがあり、リプライや引用リツイートなどで体験談や意見がたくさん寄せられた。
例えば、以下のようなコメントだ。
「仕事量が増えました。残業代もありません。でも、給料上がりました。1万円…中学生のお年玉?」
「課長への昇進断ったら『島流し』で有名な所に異動させられたんですが これってもしかして懲戒処分的な…」
「過去にそういう誰も昇進したがらない職場にいた事があります。大体そういう職場は昇給したら責任と仕事量だけが数倍になるのに、対価となる給料は微増、下手したら据え置きなんて事が珍しくなかったりします」
このような反響について、投稿主である向井弁護士は「今の管理職のあり方をみんなおかしいと思っているということでしょう。経営者に対する警鐘と考えてもいい」と語る。詳しく聞いた。(編集部:新志有裕)
ーーそもそもなぜこのような投稿をしたのでしょうか。
最近、立て続けに「昇進・昇格を断ったことを理由に懲戒処分ができないか」という相談がきたんです。これから増える可能性があると思ったので投稿しました。
ーーなぜこんなにも拡散されたと思いますか。
世の中の働いている世代に刺さったんでしょうね。「昇進を断ったからって懲戒処分されるなんてもってのほかだ」と考えている人が多いのでしょう。そうは言っても、こんなに反響が大きくなるとは思いませんでした。
ーー寄せられた声をどうみていますか。
大きく2つに整理できます。1つは自分の好きな仕事に専念したいというものです。もう1つは、昇進昇格に伴って「管理職」になると、業務や責任は重くなる一方で、残業代が出なくなる、給料が上がらない、というものです。特に残業代の出ない「名ばかり管理職」問題に言及する声が大きかったです。
ーー従業員が、残業代を含めて、労働基準法に定められた労働時間や休日などの制限を受けない「管理監督者」(労基法41条2号)にあたるかどうかは、職務内容や責任・権限、勤務実態によって判断されるものであり、企業が定める「管理職」とは必ずしも一致しないはずなのですが、「管理職=管理監督者」として扱っている企業が多いということでしょうか。
少なくとも店舗営業を行っている大企業の店長職ではほとんどないはずです。「名ばかり管理職」が問題視された日本マクドナルド事件の判決(2008年)以降、たとえば大手居酒屋チェーンでは、店長を管理監督者として扱わず、残業代を支払うようになっています。
ーーそれにも関わらず、課長や店長といった現場のリーダーを管理監督者として扱っている企業があるということでしょうか。
まだ存在していて、みんなおかしいと思っているからこそ、今回、1万件もリツイートされたんだと思います。「名ばかり管理職」がまだまだ世の中に蔓延していて、それがもうバレているし、我慢の限界にきているんだと思います。
ーー実際に、昇進や昇格を断った場合に企業が懲戒処分をすることは可能なのでしょうか。
異動には業務命令の側面がありますが、それを断ったからといって処分はできない、というのが私の考えです。
まず、先ほどから出ている「名ばかり管理職」のような、違法性を伴う異動であれば、懲戒処分は当然無効になるでしょう。
ーー今回、違法性のある「名ばかり管理職」の問題だけでなく、責任の重さの割には給料が上がらない昇進・昇格に否定的な声も目立ちましたが、これを断ったとしても、企業は懲戒処分にできないのでしょうか。
企業が業務命令として、「部長の仕事をしなさい」という命ずること自体はできるのですが、単純な異動と異なり、責任も重くなり、一定の不利益も事実上生じるので、断ることで命令違反になったとしても、懲戒処分や解雇には直結しないと考えています。
ただ、日本の労働法では、昇進・昇格を断る人なんて当然いない前提で動いてきたので、議論もほとんどされていません。難しい論点ですね。
これまでは、昇進・昇格を断ることで会社にいづらくなって、結局は辞めてしまうこともあったようですが、それは会社にとっても損失です。断る人が2、3人出てきたら、その人が悪いというより、会社のやり方や仕組みに問題があると考えないとまずいでしょうね。
ーー責任が重くなるなら、給料や待遇をそれにみあった形で上げていくしかないのではないのでしょうか。
今回、反応してくださった人たちは、自分が今やっていることに対して、お金がきちんと払われるべきだという、ごく当たり前の話をしているのだと思います。職務内容や責任に応じて報酬を決める「ジョブ型」の賃金がこれからは受け入れられるようになるのではないかとも感じました。
これまでの日本企業の「メンバーシップ型」では、「メンバーなんだから、しばらく勤め続けていれば給料も上がっていくから我慢しなさい」という理屈が通用したんだと思います。確かに、かなり長い間、勤め続けていれば、最終的には恩恵がありました。
でも、会社が働く人たち、特に若者の将来を保証できなくなっている今の状態で、大して給料が上がらない昇進・昇格をしたところで、「滅私奉公なんてふざけるな」という感覚になるのも納得できます。
今回の私の投稿への反応を見ていても、これまで恩恵を受けてきた、年齢が高いと見られる人ほど「昇進・昇格を断るなんてけしからん」という意見が目立ち、一方で若い世代ほど「断ったら懲戒処分されるなんてひどい」という感じでしたね。
ーー人事制度を抜本的に見直す時代だということでしょうか。
業務や責任と報酬のいびつな関係が、何十年と言われてきて、みんなついに我慢できなくなってきたという感じなんだと思います。
それから、「仕事ができる人が管理職になる」という前提もおかしいと思います。管理職には向き不向きがあるし、プレイヤーとして結果を出しているのなら、より高度なプレイヤーとしてずっと働くことだってありだと思います。
そういう意味でも「ジョブ型」を取り入れていかないとダメでしょうね。
「名ばかり管理職」や「待遇の悪い管理職」問題など、今回のツイートに対するみなさんの反応には、考えさせられることが多かったです。
【取材協力弁護士】
向井 蘭(むかい・らん)弁護士
東北大学法学部卒業。平成15年弁護士登録。経営法曹会議会員。企業法務を専門とし、特に使用者側の労働事件を数多く扱う。企業法務担当者に対する講演や執筆などの情報提供活動も精力的に行っている。
事務所名:杜若経営法律事務所
事務所URL:http://www.labor-management.net/