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違反だらけの運転代行業界、「配車アプリ」がまとめて健全化 沖縄発・エアクルのプラットフォーム戦略

2022年03月12日 09:31  弁護士ドットコム

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フードデリバリーのウーバーイーツや、宅配のアマゾンフレックスなど、デジタルのプラットフォームを通じた個人事業主の働き方が広がりを見せているが、「AIの奴隷」と呼ばれるほど、世界的な巨大プラットフォームの上で翻弄されている面がある。


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そんな中、ニッチなプラットフォームも様々な分野で誕生している。社会課題の解決を掲げて、沖縄で創業した株式会社アルパカラボ(棚原生磨代表)の運転代行配車アプリ・AIRCLE(エアクル)もその一つだ。



運転代行業界は不適切な運行を強いられている業者が全体の8割に及ぶともいわれており、エアクルは業者を束ねるプラットフォームを整備することで、使いやすく、健全な運転代行を目指している。棚原代表は「焼畑農業のように市場を抑えるモデルではなく、参加してくれる事業者の人たちが創造的になることに大きな意味があります」と語る。(編集部:新志有裕)





●闇代行、表示義務違反、保険未加入、不明朗会計などが横行

沖縄出身の棚原代表は、大学院で教育工学を専攻し、人工知能系の研究室にて研究に携わる。教育系企業の会社員などを経て、2018年8月に沖縄でアルパカラボを創業。琉球大学とAIの共同研究開発を進め、運転代行配車アプリのエアクルを開発した。



運転代行を知らない人に説明すると、自家用車を運転して飲食店などを訪れ、飲酒した場合、自家用車を運転して自宅に戻ると飲酒運転になってしまう。そこで、運転代行業者を呼ぶと、業者は随伴車と呼ばれる車で利用者のもとを訪れ、1人が利用者の自家用車を運転し、もう1人が随伴車で後ろをついていき、利用者の自宅到着後に随伴車で引き上げていく仕組みだ。



では、なぜ棚原代表は運転代行に目を付けたのか。それは、沖縄の社会課題が凝縮されていたからだ。運転代行は全国的にみても、沖縄が突出して多く、全国の8457業者(警視庁まとめ)のうち、700以上の業者が沖縄で営業している。



これは沖縄には、飲酒文化があるにもかかわらず、電車やバスなどが発達していないことなどが関連していると考えられている。



しかし、運転代行には非効率な部分が多かった。飲食店で電話をかけて呼んだとしても、手配するだけで5分程度かかり、来るまでに1時間かかるケースもある。そして、何よりも、無届けの闇代行、表示義務違反、保険未加入、不明朗会計など、何からの不適切な運行を強いられている業者が全体の8割ほどと言われる「不健全状態」があった。





エアクルはこれらの問題の解決を目指した。AIを使ったアルゴリズムで、参加している業者に対して、効率的な配車をすることで、待ち時間は平均12分ほどに短縮された。さらに、運転教習所や全国運転代行協会とも連携。事前審査で保険加入をチェックしたり、品質の向上や、反社会的組織に備えた取り組みを進めたりすることで、健全化を図った。



棚原代表は、「運転代行業界の大半が個人事業主で、車両1台の業者が6割にのぼります。そのうえ過度な価格競争に晒され、最低賃金以下で働くブルーカラービジネスとして存在しています。面白いことに、違法状態についてはその知識がないだけで、指摘したら直してくれるという特徴があります。



価格競争により質の低下を招くような負の循環を脱するためには、簡単に健全化することで利益の上がる市場を提供して、利益を上げられる方向に変えていかないとダメだと思います。そのためには、プラットフォームを作ることが適していると考えました」と語る。



●自分自身「底辺」と蔑む人たちが変わっていくことにやりがい

エアクルはプロトタイプの開発やテストを経て、2020年5月にサービスをリリース。2021年3月にアプリのダウンロード数が1万を超え、2021年12月には沖縄以外の展開として、運転代行業者の多い福岡での事業展開も開始した。



現在のダウンロード数は29,000に達し、参画する業者も100業者210台を超えた。ビジネスモデルとしては、利用者が支払う金額の一部がエアクルに入る形になっている。





業者が増えることで起きるのが利用者と業者との間のトラブルだ。ウーバーなどと同じプラットフォームビジネスの考え方からすると、基本的には当事者同士で解決する話ではあるが、棚原代表は「運転代行業者に問題がある場合、絶対に注意を諦めません。それはビジョンにも関わる話ですから」と力説する。



トラブルの半分は「遠回りしたんじゃないか」「ぼったくりしたんじゃないか」という客の勘違いによるものだが、もう半分は運転代行業者のドライバーによるコミュニケーションの問題や、喫煙に代表されるマナー問題などがあるという。



棚原代表は「問題があれば運転代行業者を呼び出して、講習を受けてもらいます。法律やマナーを学んでもらって、最後に私から強く注意させて頂くこともあります。それでもダメな場合は仕方ないですが辞めて頂きますが、最後まで粘り強く説得しています」と語る。



逆に、利用者からの評価が高ければ、そのことを積極的に伝えることで、モチベーションの向上につなげる。



「『褒められましたよ』と伝えると凄く喜んで、自らサービスをよくするためのことを考え始めるんですよ。やっぱり、当事者が変わるから面白いです。僕が一番興味があるのは、焼畑で創り上げる市場ではなくて、沖縄で『底辺』と自らを蔑む人たちが、社会の中で役に立つようになって、目がキラキラして、地域に対して付加価値のあるサービスを創造することなんです。ワクワクを感じますよね」



「当日ドタキャン当たり前、規範意識の低い方が多い運転代行の世界で、過去に大手企業も似たようなサービスをやりましたが頓挫しました。僕らは丁寧に一人づつ口頭で説明し、粘り強く説明することに人を割くことで、理解を得ることが出来ています。良いサービスを一緒に創る価値観を共有することで共に利益を上げる、フェアな関係を築いて行けたらと思います」





●「料金を上げたい」と主張する声が運転代行業界には必要

プラットフォームを運営してきたことの成果として、業界の健全化や利便性の向上だけでなく、エアクル内において統一料金を設定できたことがあるという。通称、事業者が集まって化価格を取り決めるとカルテルに抵触する恐れがあるが、エアクルが間に入ることで法律に抵触せずに設定できるという。



これまでは初乗り料金3キロ1000円のケースが多かったが、2021年3月に統一料金を導入し、初乗り1キロ1200円、以降1キロごとに200円を加算する仕組みにした。今では初乗り1キロ1400円と大幅に上がっている。



ウーバーなどの巨大プラットフォーム上で働く人たちの報酬をめぐっては、「安価すぎる」と不満の声があがることも多いが、エアクルの場合、「僕らが望んでいるのはそこなんですよ」と語る。



「『料金を上げたい』と主張する声がこの業界には必要なんです。これまで業者ごとに安くなりすぎているケースもありました。計算すれば、その地域の相場と原価にマッチした料金設定にできるんです。運転代行業者の要望を受けて、値上げをしてきました。僕らが上げることで、エアクルに関わっていない他の業者も引き上げて、さらに僕らが上げるという興味深い現象も起きています」



「もちろん、運転代行業者には、値上げするならサービスの品質をよくするべきだと説明します。ただ、上げすぎると利用者が払えないので、結局は稼げなくなります。その説得と調整の役割を担うのがプラットフォーマーだと思っています。これは弊社の社会的責任であると認識しています」



●免許返納が難しい高齢者の運転代行など、広がる可能性

エアクルの事業拡大を通じて、福岡など他地域への広がりを狙う一方で、今後は適法性を確認しながら、運転代行業者を活用した新たなMaaS(Mobility as a Service)の構想も描いている。



その一環として、運転代行業者が、飲食店から利用者のもとに商品を届けるフードデリバリーの実験をした。また、ローカルな配送手段として、物流の世界にも視野を広げる。





さらに、将来的には、飲酒をした利用者だけでなく、免許返納が難しい高齢者にかわって、その高齢者が病院に行くための代行運転をしたり、子育て世代の自家用車の移動をサポートしたりして、地方の交通課題の解決にも取り組んでいきたいという。自家用車を保有するすべてのユーザーを運転から解放することを目指す。



棚原代表は「運転代行と新しいものを組み合わせることで、より事業の可能性は広がります。新しい地域課題の解決を運転代行業者が担ってもらえるようになるといいですね」と熱を込める。



AIを使ったプラットフォームというと、機械的に効率化を図っているかと思いきや、その内実は、人手を介したやりとりを交えて、健全化やサービスの改善につなげる「泥臭い」面が濃い。そういう「泥臭さ」があれば、利用者よし、働き手よし、プラットフォームよし、のバランスのとれた世界が築けるかもしれない。