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内閣府出向中に東日本大震災、弁護士が被災前に伝えたい「被災者を助けるお金とくらしの話」#知り続ける

2022年03月10日 10:01  弁護士ドットコム

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2011年に起きた東日本大震災からまもなく11年が経つが、2016年の熊本地震や2018年の西日本豪雨などその間にも大規模な自然災害は発生している。日本に住む限り、自然災害への備えは欠かせない。


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自然災害への備えとは、災害を未然に防ぐ「耐震化」や「避難訓練」だけではない。災害後の被害発生をゼロにできればベストには違いないが、大規模な自然災害はそれを簡単に許してくれない。被災後の生活再建「復興」にも備えておく必要があるだろう。



東日本大震災の生活再建の実態について、被災者4万人の法律相談から分析し、「災害復興法学」を立ち上げた岡本正弁護士は「自宅を失い、仕事もできなくなり、生活再建しようとしても何から始めればいいのかもわからないという声に多く接した」と話す。



復興のために備えておくべき知識をまとめた 『被災したあなたを助けるお金とくらしの話』(弘文堂)の著者でもある岡本弁護士に、絶対に覚えておくべき知識や制度を聞いた。



●法律は「お役立ちアイテム」

——災害復興に深く関わるきっかけは何だったのでしょうか。



東日本大震災です。当時、内閣府に出向していて、震災をきっかけに国の災害対応や災害に関する新しい政策にも関わるようになりました。法律や制度など社会の仕組みを作ることで、あるいはそれを知ることによって、復興の実現や防災力の向上につながるではないかということを現場で実感しました。



また、弁護士として被災者の支援活動にも参画し、その経験を災害と法律、あるいは災害と政策という分野でなんとか活かしたいという思いもありました。



大きな災害に備えて、避難訓練などが様々な機会に実施されています。災害直後の命を守る行動が重要なのは言うまでもありませんが、同時に「災害後の人の生活」にも着目する必要があると思います。災害後には、多くの人たちが生活の再建に悩みを抱え、絶望的な状況に立たされているという事態も同時に発生しています。



でも、誰もが被災する中では、そういった状況はなかなか外から見えづらく、辛い状況にいる本人も声を上げづらいのです。悲惨な出来事に直面しているのに、なかなか支援が行き届かなかったり、どうしたらいいのか途方に暮れていた人たちが多くいることに、あらためて気づかされました。



——復興に欠かせないものといえば、まず物資や医療を思い浮かべる人が多いと思います。法律は復興においてどのような役割を持っていますか。



既存の支援制度などを正しく利用することは、被災後の生活を支えるためにもとても大事です。それら制度を定めているのが法律です。法律はいわば「お役立ちアイテム」として支援に利用できるものなのです。



ただ、そのためには事前に法律や制度について知っていないと上手に活用できないことも少なくありません。



法的な面での被災後の支援活動は過去に多くの弁護士がやってきたことですが、被災した方が事前に支援の仕組みを少しでも学んでおけば、より効果的な支援につながります。そのための教材や防災教育の場をより充実させたい。「被災したあなたを助けるお金とくらしの話」という本もそんな思いで作りました。



●せめてこれだけでも覚えておいてほしい「4つの制度」



——法律と聞いて、「難しそう」「ややこしそう」だと身構えてしまう人も少なくなさそうです。



確かにそうかもしれません。



私は東日本大震災後、「災害復興法学」という新しい学問の分野を立ち上げ、学術研究にも関わってきました。一方で、より多くの方々に法律のことを知ってもらうため、防災教育として法律の話をする際には、被災時の「お金」「住まい」「支払い」のことなど、皆さんの日常生活が災害時にはどうなってしまうのか?という、わかりやすい視点から説明を始めることで、興味を持っていただけるように話す工夫をしています。



医療従事者やソーシャルワーカーなど他の分野の専門家にも、災害の生活の再建に必要な知識の話などもしてきましたが、多くの方に興味を持ってもらえた実感はあります。



東日本大震災があったときは、法律の専門家などが、お金の話や暮らしの再建に関わる情報を広く被災者の方々にまとまった形でスムーズに提供できていたかというと、まだまだ試行錯誤の段階だったのではないかと思うんです。



ただ、その後発生した2016年の熊本地震や2018年の西日本豪雨などの被災地では、必要な情報や知識がより効率的に伝達でき、被災した方々に素早く活用されるようになってきたという実感があります。これは、弁護士業界全体が震災を経て情報提供のノウハウを蓄積した結果だと思います。



被災者が支援に関する知識を持つことは、物理的に暮らしを立て直すための助けとなるだけではありません。被災後の不安など精神面でのサポートにもなります。



——防災教育の場で、具体的にどのようなことを話すのでしょうか。



「この制度だけでも覚えておいてほしい」と必ず話すのは、(1)罹災証明書、(2)被災者生活再建支援金、(3)災害弔慰金、(4)自然災害債務整理ガイドライン(被災ローン減免制度)、の4つです。



(1)罹災証明書は、被災者支援を受けようとする際に、さまざまな場面で基準として用いられています。これがないと被災者として扱われないわけではありませんが、生活再建への第一歩ともいえる制度ですので、住んでいる自治体に発行してもらえるということまでぜひ覚えていてほしいです。



(2)被災者生活再建支援金は、一定規模の自然災害により住宅が被害を受けた場合に支払われる支援金で、現時点、住宅の損壊があった際に現金支援を受けることができる唯一の法制度です。



(3)災害弔慰金は、一定規模の災害で亡くなった方の遺族に最大500万円が支払われる制度です。制度を知らずに申請しない人も結構います。被災後の生活を助けてくれるお金ですので、忘れずに申請してもらいたいです。



(4)自然災害債務整理ガイドライン(被災ローン減免制度)では、破産とは異なった様々なメリットのある債務整理が可能です。様々な条件はあるものの、被災して住宅ローンなどの支払いに困ったときは、まずこの制度の利用を検討してみてください。



各制度の詳しい中身まではわからなくても、それぞれ制度の名称を覚えているだけでも違います。名称すら知らなければ検討することもできません。



利用した場合としなかった場合とでは、生活再建のスピードが全然違ってきますので、ぜひ覚えてほしいです。



●災害復興に関する法的な知識を「まとめる・伝える・備える」

——東日本大震災から11年が経ちました。今後はどのようなことに取り組んでいこうと考えていますか。



被災した方を助けるお金や暮らしの話を、ワークショップや勉強会などの場で、何百回何千回と草の根で繰り返していかなければと考えています。



また、小学生や中学生、高校生など若い世代にも、被災したときの悩み事は日常からすごく身近なものだということや、法律や様々な制度がいざという時に助けてくれるものだということをどんどん伝えていきたいです。



災害復興や支援に関わる専門家が、企業の研修や学校での教育の中にどれだけ自然な形で入って、被災時の助けとなる情報や知識を伝えていくことができるか。このことは私の中では大きなテーマとなっています。



まだ生活再建に役立つ法律や制度の知識が、国民全体の知恵として十分に伝わっているとは言えないと思います。効果的に伝えていくためにも、情報や知識がわかりやすくまとまっていることが重要です。本を作る際にも、これまでに接してきた被災者の何万件という声を分析し、欠かせないと思ったところを重点的にまとめました。



災害復興に関する法的な知識を「まとめる・伝える・備える」。これを一つのスタンダードな分野にしなければいけないと感じています。




【取材協力弁護士】
岡本 正(おかもと・ただし)弁護士
2003年弁護士登録。内閣府や日弁連の経験から「災害復興法学」を創設し、中央大学大学院公共政策研究科客員教授や慶應義塾大学法科大学院講師等を務める。企業・行政・地域への「生活防災」研修により「防災を自分ごとに」することを目指す。代表著書に「災害復興法学」(2014年慶應義塾大学出版会)。
事務所名:銀座パートナーズ法律事務所
事務所URL:http://ginza-partners.jp/