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ユニクロ潜入記者、今度は「トランプ陣営」に 現地で目撃した「民主主義のもろさ」

2022年03月06日 09:41  弁護士ドットコム

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ユニクロやアマゾンに潜入し、労働実態を明らかにしてきたジャーナリストの横田増生さん。次の取材先に選んだのは、ドナルド・トランプ大統領(当時)の選挙現場だった。


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このほど発売された『「トランプ信者」潜入一年』(小学館)では、2020年のアメリカ大統領選でボランティアとして共和党に潜入。千軒超を戸別訪問して、アメリカ人の「本音」を探った。



黒人差別に反対する「BLM(Black Lives Matter)」運動やトランプ氏落選後の議会襲撃など、銃弾や催涙スプレー飛び交う現場にも足を運び、アメリカのいまを描いている。



取材を通し、横田さんが感じたのは「民主主義のもろさ」だったという。(編集部・園田昌也)



●訴訟リスクも考えた「潜入手口」

大学卒業後、ジャーナリズムを学ぶためアメリカに留学したことがある横田さん。大統領選はかねてから取材したいテーマだったという。



2019年12月に訪米すると、真っ先に運転免許証を取得した。ジャーナリストビザつきのため、怪しまれず潜入するにはパスポート以外の身分証明書が必要だったからだ。潜入取材は入り口が肝心なのだ。



「トランプは2016年の大統領選で、マスコミに情報をリークした選挙スタッフを訴えているんです。これは下手を打てないなと。でも、実際には免許すら確認されずに採用されちゃった。あまりにもあっさりで、拍子抜けでした」



ちなみに横田さんは『ユニクロ潜入一年』(2017年)で、採用面接をクリアするため、離婚・再婚で名字を変えている。



今回は過去に取材で渡航したときと同じほうが都合が良いと考え、名字を「横田」に戻したという。短期間に同じ相手と、2回も離婚・再婚したことになる。



●「トランプの帽子」をかぶって戸別訪問

横田さんがボランティアになったミシガン州はもともと民主党の地盤だった。しかし、2016年の大統領選では共和党のトランプ氏が僅差で勝利した。



そんな「激戦区」でトランプ氏に投票するかどうかなどを聞いて回るのが横田さんの役割だ。この共和党側のアンケートに絡めて、正規の「取材」では取り繕われてしまう有権者の「生の声」を引き出そうと試みた。



言語への不安は少なかったという。留学経験があるうえ、「こまかい前置詞を聞き取ろうとすると眠れるから」と、就寝時に英語のオーディオブックを流すことが20年以上の習慣になっていたからだ。



取材では何より聞くことが大切。支持者には「大統領のどこに満足していますか?」、反対派には「どこを変えたら投票を期待できますか」「評価できる点は1つでもありませんか」などと笑顔で質問していく。



「支持者からもらったトランプの帽子をかぶって訪問したら、良くも悪くも反応があって…。ネットでトレーナーやTシャツも揃えましたよ。『同志よ』と熱く語りかけられたこともありますし、中指を立てられたこともありました」







●反対派から「説教」される

話を引き出すため、トランプ氏のニュースはまめにチェック。YouTubeの演説動画やメディアによる文字起こし、ファクトチェックなど、ネットの情報も駆使した。



こうした情報は特に、反トランプ住民から「論戦」をふっかけられたり、「トランプの手伝いなんかやめろ」とさとされたりしたときに役立った。



「しめた、もっと説教してくれと(笑)。そういうときは、トランプが言いそうな反論をすると、たくさん話してくれる。大体こちらが言い負けちゃうんですけどね」



トランプ氏側のボランティアではあったが、マスクを着けていたからか、罵声をあびることはあっても、危険な目にあうことはなかったという。訪米直後に起きたコロナ禍は想定外だったが、かえってコロナやBLM運動への対応など、トランプ氏をめぐる話題は増えた。



こうして訪問先は千軒に到達(インタビューへの回答はうち3割ほど)。車移動だと時間がかかるので、住宅密集地をねらって数を稼いだという。この辺りの工夫は、過去に潜入したヤマト運輸やアマゾン倉庫をほうふつとさせる。





●なぜアメリカ人は陰謀論が好き?

戸別訪問のほか、トランプ氏の演説先などをまわり、ジャーナリストとしてトランプ応援団へのインタビューも試みた。



「トランプを支持する人にもそれなりの理由がある。丸ごと賛成できなくても、損得勘定で支持している人も多いんです。人工中絶や銃規制、国民皆保険はアメリカでは大きな論点。トランプは、これらに反対する人たちからの厚い支持を得ています」



取材した中には、「Qアノン」と呼ばれる陰謀論者たちも。



「アメリカは合理主義の国だから、意図しないことがおこると『おかしいなりに理由があるはずだ』となる。世界の背後には神がいるというキリスト教の国でもあるので、誰かが裏で悪だくみしているという発想と親和性があるという指摘があります」



こうした流れに拍車をかけているのが「2045年問題」だという。近い将来、アメリカで白人が少数派に転じる。勢力を増す非白人や外国人への不安が、一部白人を陰謀論に向かわせているという分析があるそうだ。



そして、政策や発言、ときには「ウソ」によって、そうした層への支持を広げてきたのがトランプ氏だった。ワシントン・ポストによると、在任期間中の「ウソ」は3万回ともいわれる。



●「120年ぶり高投票率」が意味するもの

約1年間の取材を通して横田さんが感じたのは、トランプ氏について「中間の立場」はほとんどなく、「好きか嫌いか」で二分されるということだった。



大統領選の結果をみると、コロナ禍で郵便投票が多かったこともあり、投票率は120年ぶりに66%を超えた。



「民主主義では投票率は高いほうが望ましい。でも、この投票率は『相手を当選させたくない』というアンチ票で生まれたものでもある。歩み寄るのではなく、反発しあう。民主主義と対極の結果という側面もあります」



●「民主主義は極論でもろくなる」

トランプ氏の落選をめぐっては、2021年1月6日に「トランプ信者」がワシントンDCの連邦議会議事堂を襲撃する事件も起きた。バイデン氏の勝利が正式に認定される日だったからだ。



横田さんは「防弾チョッキ」を着て、この現場も取材。選挙結果を否定する暴挙に、「今日、アメリカの民主主義が死んだ」と取材ノートにメモした。



だが、日本の民主主義にも危うさを感じるという。たとえば、コロナひとつをとっても、「ゼロコロナ」を求めるような政府批判と、「コロナはただの風邪」という逆張りのような意見が大きく拡散されている。



「民主主義は極論で、もろくなる。中間がないとマズいですよ。アメリカにいたから思いますが、世界的にみれば日本のコロナ対策は比較的うまくいっている。良いところは良いとしたうえで、課題を解決していかないといけない。でも、ツイッターなど、SNSでは極論が増幅されているでしょう。周囲の人は議論に入る気が起きず、話題自体を避けるようになります」



横田さんは、民主主義には話し合い、歩み寄ることが大切だと強調する。そして議論のためには、正確な情報(ファクト)が欠かせない。



しかし、対立相手を極端に敵視するあまり、「課題解決」ではなく、「論破」が目的化すると、ウソをつき、ウソを疑わないようになってしまう恐れがある。



民主的に選ばれたトランプ氏が、対立陣営への敵意やウソ(フェイク)で民主主義を危うくし、深まった分断がその崩壊を加速させるーー。横田さんが追いかけた「トランプ劇場」は、極論が民主主義の土台を揺るがす過程でもあった。