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『カムカム』と『おかえりモネ』は正反対の作品? “視聴者と物語”に発明的な仕掛け

2022年03月06日 07:31  リアルサウンド

リアルサウンド

『カムカムエヴリバディ』写真提供=NHK

 『カムカムエヴリバディ』(以下『カムカム』、NHK総合)は時間の見せ方が上手いドラマだ。


【写真】明日の『カムカムエヴリバディ』第88話シーン


 藤本有紀が脚本を手掛ける『カムカム』は、「NHKのラジオ英語講座」を聴いてきた祖母、母、娘の親子三世代「100年の物語」を描く。


 物語は日本でラジオ放送がはじまった1925年(大正14年)に安子(上白石萌音)が生まれる場面から始まり、1944年(昭和19年)に生まれた安子の娘・るい(深津絵里)、1965年(昭和40年)に生まれたるいの娘・ひなた(川栄李奈)へと引き継がれていく。


 『カムカム』は、ヒロインが変わるごとに物語の印象が大きく変わっていく。安子編では戦争によって翻弄された女性の悲劇が描かれた。劇中では1925年~1951年という26年間の月日が流れる波瀾万丈の物語となっていた。


 対してるい編の中心となるのは、1962年の大阪。描かれるのは、るいとジャズミュージシャンの大月錠一郎(オダギリジョー)のラブストーリーだ。最終的に京都に引っ越し、回転焼き屋をはじめた二人に娘のひなたが生まれたところで、るい編は一区切りとなるのだが、描かれるのは、豊かになっていく日本で青春を謳歌する若者たちの姿で、安子が生きた激動の時代と対になっている。


 一方、ひなた編は、安子やるいの時代と比べると何倍も自由で平和だが、将来進むべき道を自分で見つけなければいけないという、豊かな時代ならではの困難がコミカルなタッチで描かれている。


 安子編、るい編、ひなた編は、これまで朝ドラが描いてきた時代(戦時下、高度経済成長期、80年代以降)と、三世代のヒロインを、3つに分けて描いている。


 女性の物語を紡ぎ続けてきた多くの朝ドラにおいて、祖母・母・娘の物語を描くことは定番化している。橋田壽賀子脚本の『おしん』や渡辺あや脚本の『カーネーション』のように、ヒロインの年齢の変化によって見せてきた作品もあれば、宮藤官九郎脚本の『あまちゃん』や前クールに放送された安達奈緒子脚本の『おかえりモネ』のように、ヒロインの物語の途中で両親の過去を描く作品もある。


 これまでの朝ドラの手法で描くのであれば『カムカム』は、『おかえりモネ』のように、ひなた一人を主人公にして、るいや安子の過去の話を途中で展開していたのかもしれない。
しかし、藤本有紀は、3人の女性を主人公にするリレー形式で物語を進めた。その結果、3本の違うテイストの朝ドラが一つに融合した「朝ドラの集大成」のようにみえることが『カムカム』の独自性である。


 今、考えると『おかえりモネ』は『カムカム』とは正反対の作品だった。


 『おかえりモネ』は、2010年代という時代設定や気候変動といったテーマこそ最新のものだったが、物語構造自体は朝ドラの王道で、ヒロインが成長していく姿や人間関係の出来上がっていく様子をゆっくり丁寧に描いていた。


 対して『カムカム』は時代背景や設定こそ朝ドラの王道だが、物語の見せ方が大きく違う。100年の歴史を描いているため『カムカム』は、物語のスピードが早いように見える。しかし、1話1話は良質の短編のようで、観ている時は15分が1時間に感じる濃厚さとなっている。近年の朝ドラが1週間単位で話の流れを作っていたのに対し、『カムカム』は時間の流れが変幻自在だ。1話の中で時間が1年過ぎる回もあれば、るい編のように1962年の出来事を延々と描くこともある。緩急が絶妙で、時間の流れがデザインされているからこそ、観ていて飽きないのだろう。


 また、安子編、るい編、ひなた編はそれぞれ呼応しており、安子編に登場した音楽や小道具が、るい編、ひなた編で再登場する。一方で、親子関係の描かれ方は大きく変化しており、それは役者の見せ方に強く現れている。


 たとえば、安子編が終わると安子を演じた上白石萌音は退場し、るい編で入れ替わる形で深津絵里が登場した。対してひなた編では、ひなたを演じる川栄李奈が登場しても、るいを演じる深津絵里は退場しない。幼少期に母と別れたるいが、母としてひなたの側にいることの意味はとても大きい。だが、本作はその意味を強調しない。


 状況説明はニュース番組に任せ、心情を流行歌に託して描く『カムカム』は台詞で説明しない場面が多い。その多くは、るいの過去に関係する出来事だが、ここまで『カムカム』を観てきた視聴者は、彼女に何があったのかを知っている。この“視聴者だけが事情を全て知っている”という状況を生み出したことこそが朝ドラとしての『カムカム』の最大の発明ではないかと思う。


 ひなた編の面白さは、ひなたの背後に、安子とるいの物語が透けてみえることだが、自分の両親や祖父母にも、安子やるいが経験したような物語が存在するのではないかと想像してしまう。大なり小なり、人は秘密の過去を抱えている。たとえ肉親であっても、そのことは口にしないで、墓場まで持っていく人の方が多い。


 語られずに埋もれていった物語が、人の数だけあるのだと『カムカム』は教えてくれる。


(成馬零一)